隊員Eの観察



《井實理世:ユズルくんあとで作戦室来る? 昨日カップケーキいっぱい焼いたから食べにきてね!》

 というメッセージを受信していたことに絵馬ユズルが気付いたのは、狙撃手の訓練が終わった直後のことだった。
 ここ最近よく喋るようになった同級生狙撃手との話の傍ら、《いま訓練終わったよ》と返信をする。
 続けて《いっぱいってどのくらい?》と送ると、ややあって既読がついた。すぐに一枚の写真が送られてくる。丁寧にラッピングされた袋のなかにカップケーキが仲良く二つ入っている、それが山になっていた。一体何があってこんな量になったんだろう。

「写真ブレてる。珍しいな」

 初期影浦隊の万能手である彼女は、諸々の理由で部隊を抜けたが、もともと隊長と幼なじみだし仲がいいし同居しているという故あってよく影浦隊に出入りしている。おおらかな気性で大体なんでもウェルカムな人だから、二人ほど増えたところで気にはしないだろう。

「雨取さんと夏目さん、甘いもの好き?」

 先程の訓練内容について楽しそうに話している二人に訊ねると、すき、ととてもいい笑顔が返ってきた。



 作戦室の扉を開けたところ、珍しく静まり返っていた。
 理世がああしてメッセージを送ってきたのだから、色んな人が集まってわいわいおやつタイムでもしているだろうと思ったのに。おかしいなと思いながら左手側のこたつスペースを見やると、隊長である影浦が寝転がっている後ろ姿が見えた。
 こたつテーブルの上には、先程写真で見たカップケーキの山。

「カゲさん、さっきあやさんからメッセージもらったんだけど……」

 影浦がのそりとこちらを振り仰ぐ。
 まるで「静かに、」とでも言いたげな視線に思わず声を潜めた。足音が立たないよう近付いてみると、寝転がる影浦の胸元に額を押しつけるようにして眠る、井實理世その人がいた。

「……寝ちゃったの?」
「かれこれ二時間だ。このクソ寝坊助」
「じゃあ写真送ってきたのカゲさんなんだ」

 ……ということはつまり二時間ずっとこの体勢ということで。
 もともと懐に受け入れた相手に対して面倒見のいい人ではあるけれど、客観的に考えてどうみても可愛いその光景を前に、ユズルはにやつく顔面を手で隠した。でも多分サイドエフェクト的にばれてる。
 理世は影浦の服に指を引っ掛けてくぅくぅ寝こけていた。
 猫のように体を丸めた理世をひっつけたまま、影浦は暇そうに携帯端末をいじったり、手の届く範囲に置いてある雑誌を眺めたりしている。テレビをつけていないのも配慮か。律義だなと思う。起こしたって理世は文句を言わないだろうに……。

「カップケーキもらってっていい?」
「家にも山ほど残ってんだよ、何個か持ってけ」
「なんで急にそんな焼いたのかな」
「知らねぇ。気分だろ」

 多分カゲさんも付き合わされたんだろうな、家だとあやさんは車椅子のはずだから。その様子を想像するとまたちょっと可愛くて、さすがに影浦が「ユズル」と睨んできた。

 影浦はたまに、本当に極まれに、理世が生きていることを確認するかのように彼女の挙動をじっと見つめていることがある。
 きっとユズルが作戦室に来るまでは、しずかに、しずかに、上下する理世の肩を眺めていたのだろう。
 そうなってしまった二人の過去を、ユズルはほんのちょっとだけ聞きかじっていた。
 ユズルはあまり詳しく覚えていない第一次大規模侵攻、理世の家族の喪失、心と体に残った傷痕、二人がここに到るまでの日々。

 だから影浦がいつもの牙をひそめて穏やかに理世のそばにいるのを見ると、よかったな、と思う。
 よかったな、このふたりが離れ離れにならなくて、ほんとうに。

 ……とかなんとか思っていたのがバレたのか、影浦が急に頭をがしがし搔きながら「アアァァこのクソ理世起きやがれ!!」と理世のほっぺたを引っ張りはじめた。ごめん。ごめんあやさん俺のせいだ。

「痛い痛い痛いなに!? なんなの!?」
「テメエのせいだぞ全部! フザけんな!!」
「も〜〜せっかくいい夢見てたのにぃ。まさとのせいで全部忘れたぁ」

 だからさぁ、誰か来てその光景を見たらみんな微笑ましいなって思うに決まっているんだから、そうなる前に起こせばよかったのに。カゲさんてほんと、もう……。
 呆れ半ばに、そして巻き込まれないようにそそくさと作戦室をあとにすると、影浦の怒鳴り声だけが聞こえていた同級生二人が「だ、大丈夫?」「けんか?」と心配していた。
 大丈夫だいじょうぶ、放っておいたらすぐ仲直りするから。



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