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「メリークリスマス」
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突然だけど、前世のわたしはそれなりの年数を生きたそれなりの女性だった。
つまり世間で大人が子どもをだまくらかしているクリスマスというイベントにおいて、サンタクロースという存在は必ずしも赤い服を着た白人のおじいちゃんではない、ということを知っている。
しかし今世の両親や兄にとって、わたしはただの可愛い娘。
小学何年生になるまでは、起きたら枕元にプレゼントがあるわくわく感を楽しませてもらおうと思う。
毎年クリスマスは天乃家御幸家合同でパーティーを開くことになっている。
二十四日に天乃家のリビングに集まって、両家のお母さん作のご馳走とわたし作のケーキを食べて、男性陣から女性陣へプレゼントの贈呈。解散した翌朝、枕元にサンタさんからのプレゼントが置かれていて、何をもらったかかずくんと見せっこし合う。そこまでがパーティーである。
「これ生クリームゆるくね?」
「文句があるなら食べなくてよろしい」
「ちょっ、食べるって! おい!」
小学三年生のクリスマスのことだ。
ディナーを終えて、二人で炬燵に入ってぬくぬくしながらケーキをつついていると、テレビのバラエティ番組の司会者が『メリークリスマス! イブですが!』と満面の笑顔になった。
「……そういえばかずくん、今年はサンタさんに何頼んだの?」
「えっ?」
声を引っくり返しながら返事をした彼の手元で、ケーキが無残に倒れる。
なにやらわたしの質問に対して相当動揺したようだ。
不思議に思いながら首を傾げていると、かずくんは「あ――えぇっと」とだらだら冷や汗を流しながら目を逸らす。
「お、俺はその……新しいバット」
「へぇ、いいね。そういえばバットはお兄ちゃんのお下がりだったもんね」
「あ、ああ。えぇっと、その、英は?」
「……なんでそんなに動揺してるの? かずくん怪しい」
ごとん!
と音を立てたのは、食卓の方で晩酌をしていた大人たちのお猪口だ。御幸家の夫婦がそれぞれ手にしていたお猪口と徳利を落としたみたい。
幸い中は空だったようだけど、うちの父と母が「おい大丈夫か」「割れてない!?」と大慌てである。
心なしか全員、顔色が悪いような。
わたしは眉間に皺を寄せて、かずくんを見つめた。
なんだってわたし一人が仲間外れにされているんだ。
「なに隠してるの……?」
「いやっ、なんも隠してなんかねーよ!?」
「かずくんって自分が思っている以上に隠し事が下手よ? キャッチャーがそんな簡単に動揺しちゃ駄目じゃない」
「…………」
ぷに、と人差し指でそのふっくらとした頬を押してやると、唇を尖らせたかずくんが「うるせー」と拗ねた。可愛いなぁ。
「お兄ちゃん。メリークリスマス。イブだけど」
パーティーが解散したその夜、寮に電話をかけて兄に繋いでもらうと、疲れ果てた様子の兄が『おう、メリークリスマス』と溜め息をついた。
兄の通う青道では、昨日から冬合宿に突入しているのだ。
「今年のケーキは上手にできたよ。かずくんには生クリームの固さに文句をつけられたけど」
『あいつは相変わらずお前に厳しいな……』
苦笑い気味の兄の後ろで『女? 女か!?』『クリスマスイブに女と電話!?』とやかましい声が聞こえてくる。
それに辟易した様子の兄にちょっと笑いながら、電話をかけた本題、かずくんを始めとするわたし以外のみんなの不自然な態度について切り出した。
「――っていうわけで、かずくんたちの態度がおかしいんだけど、お兄ちゃんは何か知ってる?」
『…………』
長い長い沈黙が流れた。
これは兄も知っているな。
負けじと沈黙を返してやる。
何分でも相手になるつもりだったけど、背後の部員たちが飽きもせずからかってくるので、兄も耐えられなくなったようだった。
『英。お前は俺よりも九つも年下のくせにやたらと頭がよく、人の顔色もよく伺える、とっても聡明な俺の可愛い妹だ』
『なんだ妹か』『あのいつも可愛い可愛いってデレてる妹か』と背後から落胆の声。
『そんなお前ならもう解っていると俺は踏んでいるんだが――サンタさんは、実は多忙すぎて一晩に世界中の子どもの家を回れているわけではない』
言葉を選んではいるが、言いたいことは解った。
それはだいぶ前から知っている。
むしろ兄がサンタさんを信じていた頃すでに知っていた。
「…………つまり、なに、そういうことなの?」
『そうだ。一也は先日、前々からなんとなく勘付いていたサンタさんの正体に気付いてしまった。あそこのおじさんおばさんは隠し事が下手くそだからなー、押し入れのプレゼントが見つかったんだそうだ。むしろ今までよく隠したなと俺は思う』
「あはは……」
言葉も態度も不器用なおじさんに、そそっかしくてちょっと天然なおかあさん。
二人を反面教師にしてか、かずくんはとてもハッキリものを言うし、(わりと抜けている一面もあるけど)表面上しっかりしている。確かにあの両親にこの子どもで、よくここまで隠したものだ。
『だが一也は、お前がサンタさんをサンタさんと信じていると信じている』
「それでわたしの夢を壊さないようにしてくれてたのね……」
『そういうことだ。あいつ、わざわざ俺に電話までしてきたぞ。『どうしよう完吾兄ちゃん、サンタさんの正体を知っちまった。英には絶対隠さないと』だそうだ』
「……どうしよう可愛い……」
悶絶しながら頭を抱えたわたしをなんとなく悟ってか、兄は呆れたような声で『っつーことだから、しばらく騙されてやれ』と電話を切った。
部屋に戻って、さっきのパーティーでかずくんにもらったプレゼントを開ける。
ラッピングの中から出てきたのは可愛いスノードームだった。きっとおかあさんと一緒に選んでくれたんだろうな。
かずくんとプレゼントを交換しだしてから今年で三年目になる。
いくら家族ぐるみのお付き合いといったって、嫌でも男女のあれこれを意識させられる成長期や思春期を迎えたら、今のように仲良くしてもらえるとは限らない。
わたしはかずくんのことを、かつて熟読して心ときめかせていた物語の登場人物であったらしいことを差し引いても、大切な幼なじみだと思っている。できるだけ長く一緒にいたいとは思うけど――きっと離れる時もくるだろう。
ちょっと切ない気分になりながら、スノードームの中のサンタさんを見つめた。