江戸に住む祖父母のもとを訪ねて田舎から出てきたのは、私が十三歳の時のことだった。
 天人の文化の影響を受けて一気に機械化や近代化が進んだ、それまで住んでいた田舎と同じ日本とは思えないような街で、私は二人の経営する甘味処で売り子をしている。いまや言わずと知れた看板娘。いずれは私も祖父から調理を教わり、店を継げるようになるのが目標だ。

 そんな平穏な売り子ライフが一年を過ぎた頃、ご近所のお寺に、江戸を守護するための浪士組が招集された。
 攘夷志士とそう変わらぬ柄の悪い浪士たちの集まりに、最初はご近所さんたちも眉を顰めていたけれど、彼らが組織としてまとまり始めると徐々に受け入れられていった。
 その後どこぞのお偉いさんの護衛任務のため公儀お抱えとなり、名を真選組と改め、屯所を現在のところに移され、彼らは江戸の警察として恐れられるようになる。

 私が真選組一番隊隊長沖田総悟と出会ったのはその頃。

 酔っ払った攘夷志士に店先で絡まれ、やれ団子を出せ酒を出せ(酒はないって言ったのに)挙句の果てには「俺たちから金を巻き上げるのか」と声を荒げられ。

 どうでもいいから早く出て行ってくれと思いつつ、その三人の浪士の気が済むのを待っていた時だ。

「大体こんな不味い団子を出すこの店の気が知れねぇよ!!」

 ――という一言に、若かりし血気盛んな小娘は、それはもうキレた。

 浪士たちが喚いていたのは外の席だ。
 緋毛氈を敷いた床几を占領してぎゃーすか酔っ払っていた彼らに、先程出したお茶を、私はなんにも考えず勢いよくひっかぶせた。

 浪士たちが目を剥いて私を見つめて、通りを歩いていた人々の視線もこちらに集中する。

「これ以上酒に酔っ払ったクソ親父どもに割く時間も出す団子もないわよ! 攘夷志士を名乗るならとっととそれらしいことをしに帰れッ!!」
「小娘ェェェいい度胸じゃねェか!!」

 激昂した浪士の一人が刀に手をかけた。店の内外から悲鳴が上がる。

 覚悟していた衝撃も、痛みも訪れなかった。

 咄嗟に瞑ってしまった瞼をそろりそろりと開けてみると、私を庇うように、黒い制服を着た少年が立っている。
 振り下ろされた浪士の大刀を事もなげに鞘で受け止め、彼は「いやァ」と間の抜けた声を上げた。

「さすがは攘夷志士様サマじゃねーか。こんなつるぺたの小娘に刀を向けるたァ、見下げた報国の志士だこって」

 がしょん。
 物騒な音が聞こえたと思ったら、彼は肩にバズーカを載せていた。
 え、なにそれ。

「「「えっ」」」
「そーんな悪いお兄さんたちは、真選組が逮捕しちゃうゾ」

 慈悲の欠片もない指先が引き金を引く。
 ちゅどーん、と冗談みたいな轟音とともに浪士三人組が吹っ飛び、数メートル先で派手な爆発が起こって建物が木端微塵になった。爆風で髪が乱れる。着物の裾のはためきが収まるより早く、彼はくるりと振り返る。

 ……逮捕っていうか、飛んでいきましたけど。

「おい、みたらし一皿」
「はあ、…………少々お待ちくださいませ」



 その日から彼、沖田総悟はほぼ毎日うちの店に顔を出すようになった。
 祖父の作る団子や祖母の淹れるお茶が気に入ったらしい。

 沖田総悟という名を聞いたのは出会って一週間後、同い年だと判明したのはひと月後。栗色の髪の毛に端麗な顔立ち、まるで王子さまみたいな外見を裏切る腹黒っぷりに気付いたのは半年後。
 我ながら遅い。
 真選組のあらましを聞いたのは十か月後で、彼が人を斬るさまを初めて見たのは一年後のことだった。

 そんな付き合いがもう三年は続いている。

 客足が引き始めて、陽が傾くと、私も祖母も祖父もちらちらと窓の外に視線をやってしまう。
 黒い制服を着た栗色の髪の毛の少年の姿が通りの向こうに見えたら、いそいそとお茶やみたらし団子の準備を始める。
 サディスティック星の王子さまが慣れたように外の床几に腰かけたら、タイミングを見計らってお茶を出す。

「いらっしゃいませ、沖田さん」
「おう」
「みたらし団子でいいです?」
「おう」
「はぁい。少々お待ちくださいませ」
「相変わらず客いねェなこの店」

 お客さんのいない暇な時間帯を見計らって来ているくせに、しらじらしい。

 店内に戻ってみたらし団子一皿と、おまけのおはぎを載せて沖田さんのもとに戻る。
 隣に座ってそれを差し出すと、彼はきょとんとしておはぎを指さした。

「なんだこれ」
「おまけです」
「へぇ? 毒でも入ってんのかい」
「失礼だなぁ。サービスですよ」

 沖田さんはまずみたらし団子を掴む。
 のんびりと頬張る彼の横で、私はぽつりぽつりといつも通りに他愛のない話を始めた。
 昨日の晩ご飯のこと、見たテレビのこと、今日来たお客さんのこと。沖田さんは生返事を寄越したり、相槌を打ったり、無言でお団子を頬張ったりして聴いている。

「そういえば沖田さん、神楽ちゃんと知り合いなんですね」
「……なんでチャイナの名前がお前の口から出てくんだ」

 途端に嫌そうな顔になった彼は、ぐでーんと床几に寝転がった。
 沖田さんの話をした時の神楽ちゃんと全く同じ顔なのが笑える。

「神楽ちゃんたまに銀さんと一緒に来るんですよー」
「旦那とも知り合いかよお前ェェ」
「いたっ叩かないでください」

 行儀の悪い姿勢でお団子を完食した沖田さんが、今度はおはぎに手を伸ばしたのを見て、内心どきりとした。
 あんこときな粉一つずつ。

「仲いいんですか?」
「いいわけあるかあのクソチャイナいつか潰す」
「けんかするほど仲がい痛い痛い痛い腕が折れる」
「滅多なこと言うんじゃねェ。弾みでクソ不味いおはぎ作る手折るとこだったじゃねーか」
「痛い痛いいた……え」

 我に返った瞬間、ぎりぎりと私の右腕を折らん勢いで握り潰していた彼の手が離れていく。
 素知らぬ顔でおはぎ二つ目も口に放り込んだ沖田さんは、「まっず」とその端麗な王子様顔を歪めた。

「……えぇぇぇ不味かったですかぁぁぁおばあちゃんは上手って褒めてくれたのにそもそも何で私作って解ったんですかぁぁぁ」
「バーサンとてめーのキャリア比べてんじゃねーや。手から滲み出る塩分が違げーよ塩分が。あと六十は年くってから出直して来なせェ」
「いや塩分関係ない」

 不味いとか言いながら二つともちゃんと食べてくれる姿にきゅんとしながら(多分その感想もただの天の邪鬼だと思うけれど)、少し遅れてから沖田さんの言葉の意味に気付く。
 ぱちぱちと瞬き、伸びをしながら起き上がる彼の横顔を眺めた。

「……六十年後も食べてくれるんです?」
「てめーがそれまで生きてりゃな」

 あんまりつっついたら怒られそう。
 突っ込んだ質問は控えることにして、にやにやしながら、指先についたきな粉を舐める沖田さんから視線を逸らす。

「……つーかバーサンあんだけニヤニヤしてたら気付くっつの……」
「なんか言いました?」
「ニヤニヤ笑うんじゃねェ不気味なんだよって言いやした」
「ぶ、ぶきみ!?」

 ショックを受ける私の隣で、沖田さんはお財布からちょうどの金額を取り出して、ぽんと私の膝の上に置いた。床几の上に置いていた大刀を腰に佩き、「じゃーな梓」とぶっきら棒に右手を振る。

「そのおはぎ客に出すんじゃねーぞ。死人が出らァ」
「じゃあ沖田さんだけ出しますね!」
「キャーやだこの子俺を殺す気だわ、おまわりさーん」
「おまわりさんあなたです」

 しらじらしい表情でそんなことをやりとりをして、彼は今度こそきびすを返した。
 堪えきれなかった笑みを零す。

 私の「ありがとうございました」を背中で聴いて、沖田さんはいつも通りだらだらと、屯所へと戻っていった。