音駒高校男子バレーボール部は、四月当初時点で三年生が三人と二年生が十一人の十四人体制だ。ここにマネージャーの梓を入れて十五人。大会規定では全員メンバー登録できる人数だけど、猫又監督が就任してからは常に十人前後がベンチ入り、残りは応援席というかたちになっている。
 早くて六月、遅くて一月、いずれにしろ黒尾たちが引退することを考えると、当たり前だが新入部員がほしい。

「背が高くてバレーの巧いやつ、なんて贅沢言わねーからさ。二年と同じくらいの人数ほしいよな」

 とぼやきながら部活動紹介の原稿を捏ね回していた黒尾は、『女子マネがいる』というステータスを出し惜しみすることはなかった。
 結果、壇上に引き摺り出された梓の死にそうな横顔を見ながら、研磨はキリキリする胃をおさえている。

「野球部のみなさん、ありがとうございました! 続いて男子バレーボール部です!」

 梓はこの世の終わりのような顔で、生徒会総務に渡されたマイクを手に、舞台の上手に立っている。
 希望を胸に(かどうかは知らないが)音駒へ入学してきた新入生たちの視線は、真っ赤な音駒ジャージを着込んだ梓に過集中していた。そりゃ「続いて男子バレーボール部です」って言われて女子が出てきたら、ああ女子マネいるんだな、ってとりあえず見る。当然だ。
 黒尾から渡された原稿を一瞥して、梓はポケットに突っ込んだ。

「……こんにちは。男子バレーボール部です……」

 説明がはじまると、練習試合用の赤いユニフォームを着た海と福永がオーバーハンドでトスを上げる。
 発表の流れは至ってシンプルで、梓が原稿を読んでいるあいだ、部員連中が壇上で対人パスをしたりスパイクを打ってレシーブしたり、というもの。黒尾と夜久、海と研磨、福永と山本の三組だ。人数が多すぎても邪魔なので、コンスタントに試合に出ているこの六人になった。
 そわそわと梓の後ろ姿を眺めながらトスを上げる研磨に、黒尾と海は無言でウケている。

「わたしたち男子バレーボール部は、現在三年生三名、二年生十一名の計十四名で活動しています。活動場所は主に第一体育館、基本的に水曜日以外の毎日放課後、十九時まで練習しています。……」

 ──大勢の前に立ってマイクを持つなんてありえない! 無理! 死んじゃう!
 と最初は断固拒否していた梓だったが、黒尾の粘り強い説得のすえ首を縦に振った。「だーいじょうぶ! 他の誰がやるより梓が読むのが一番イイ、絶対!」と両肩を掴んで口説き落とし最終的に「ハイ」と言わせた黒尾には、詐欺師の才能がある。絶対。

「チームの目標は全国大会出場です。近年、東京都で男バレ強豪というと井闥山・梟谷の二校が挙げられます。たいへんな強敵ですが、ここ数年敗けっぱなしなので今年こそ勝ちます。音駒は繋ぎのバレーを代々継承してきたチームで、ゆえに決定力の低さが課題となっていました──」

 黒尾の意地も垣間見える紹介の内容が、後半にさしかかったところで対人パスは終了。夜久だけを梓の立つ上手に残して、あとのメンバーは下手へ移動していく。研磨がトスを上げて、スパイカーたちがストレートとクロスを交互に打ち、音駒が誇るスーパーリベロがそれを拾う、という筋書きである。
 まずは黒尾。メンバーのなかでは最長身、高さと角度のあるストレート。きれいなAパス。
 次は海。威力が強いというよりは器用で速いクロス。これもAパス、さすが夜久。
 続いてエースナンバーの4番を貰った山本は得意のクロス、だったのだが、

「あっ」
「おっ」

 きゃあ、と新入生たちから悲鳴が上がった。マイクを握って一生懸命に喋る梓の後ろ頭に向けて、夜久の取りこぼした──というか打ち合わせていたコースを逸れたボールが跳ね上がって飛んでいく。
 当たる! と誰もが身構えたが、梓はマイクを持っていないほうの掌で、ボールを柔らかく受け止めた。

「初心者も大歓迎。ルールもレシーブも一から丁寧に教えます。背の高さは、あれば当然有利ですが、絶対的不利ではありません。ちょっとでも興味があれば第一体育館に来てください」

 梓がこちらを振り返ることはなかった。
 周辺視の端や床を打った音でボールが逸れたことに気付いて、喋る口を止めないままボールを受け止めた。そのうえ手首のスナップで研磨のもとへワンバン返球してきたのだ。
 戻ってきたボールを研磨はアンダーで上げた。最後の福永はきれいなストレート。夜久の完璧なディグは軌跡を描いて、黒尾の手の中に収まった。

「私たちの代で必ず、全国に行きます!」

 黒尾がハッと堪えきれない笑いを零す。「なんだよあれ。カッケェな」
 梓は最後まで原稿を見ることはなかった。最初の死にそうな顔はどこへ置いてきたのか、新入生たちをいちいち見渡しては、花が咲き零れるような声で謳う。

「一緒に戦ってくれるあなたを、第一体育館で待っています」

 ありがとうございましたっ、と語尾を跳ねさせながら頭を下げた梓へ、割れるような拍手が贈られた。
 半分はおそらくスピーチ中に見せたノールックパスへの称賛だ。本人は無意識だったのか憶えていないのか、目をぱちくりさせながら総務へマイクを返却している。
 黒尾は弾けるような笑顔になって、梓の肩に腕を回した。黒尾はいつも、自分以外の誰かが活躍したとき一番嬉しそうにする。


EINE KLEINE



 ──で、これは放課後、梓と一緒に部員募集のポスターを貼りに行った、福永から聞いた話。
 梓は基本的にはしっかりしているけれどたまに抜けている。このときは何か考え事をしていたみたいで、職員室前に到る階段を一段踏み外し、慌てた福永に腕を掴まれたそうだった。
 梓の両腕から十五枚ほどのポスターが花びらのように舞い落ちる。
 ちょうど階段下を歩いていた男子生徒にそのポスターは直撃し、「わあああなに!?」「わあああごめんなさい!」という悲鳴が廊下にこだました。

「ビックリしたー! なんだこれ、ポスター?」
「わ、わあ、ごめ、ごめんなさい、お怪我は」
「え? ヘーキヘーキ大丈夫……」

 足元に散らばるポスターを拾おうと屈んだ男子生徒は、慌てて階段を下りてきた梓を見上げて目を丸くした。

「あ! 男バレのマネのひと!」
「うえっ……あ……ハイ?」

 梓は困惑しきりだったらしい。退場したあとで聞いたら「え、ボール飛んできたの? 研磨に返球? 全然憶えてない、バレーのくだりになったあたりから喋る方に夢中で」ということだったので、自分がなぜ認知されているのかわからず戸惑ったのだ。
 ポスターを拾い終えた男子生徒がぐわっと立ち上がる。
 薄い灰色の髪、グリーンの瞳、外国の血が流れていそうな彫りの深い顔立ち──そして、梓より頭二つ分ほども高い長身。
 のちに大型ルーキーと目されることになる、灰羽リエーフとの出逢いである。

「俺が音駒バレー部を全国につれてってやりますよ!!」
「…………」

 ──正直、「やべーの来ちゃったかも……」って思った。
 と、後日梓は述べている。


Prologue:Calmato