クローゼットの中身を眺めて、買ってもらってからまだ一度も着ていないワンピースを引っ張り出した。
 中学生になってから、特に不登校に突入してからは外出なんてほとんどしなかったし、高校生になったらバレー部に入部してなおさら外出の機会が減った。何かほしいものがあったら学校帰りか部活帰りにちょっと寄り道すれば事足りたし、休日も大抵は部活があったから。
 ひらりと翻る、爽やかなアイスブルーのワンピースに袖を通す。

「なんか……心許ない……?」

 すっかりジャージに慣れきってしまった。すーすーして足元が涼しい。

 靴下を履いて一階に下りると、洗面所で髪を整える。幸いにも寝癖はついていないから、ブラシで梳かしてクリームを塗りこんだ。クラスの可愛い女の子たちはメイクの話をよくしているけれど、わたしはそんな高尚なものにはチャレンジできないので、色付きのリップを唇にのせるだけ。
 そこまでしたところでインターホンが鳴って、お母さんが「けんまくん来たよ!」と叫んできた。

「わー! はい! もうちょっと待って!」

 今日は珍しく──そう本当に珍しく、研磨と二人でお出掛けだ。

 お互いインドア派でそんなに外出は得意じゃないし、外に出るといったらてつくんも交えて三人でバレーする程度。しかし今回てつくんは「俺パス。一応勉強しなきゃな」と若干白々しい素振りで欠席を申告した。
 そういうわけで、新しく発売するゲームを買いに行きたい研磨と、新しく発売する本を買いに行きたいわたしで出掛けることになったのだ。
 部活はお休み。普段は全国出場経験のあるバレー部が優先して使わせてもらっている第一体育館を、バスケ部が大会で使うことになったからだ。体育館が使えないならそれなりにやれるメニューもあるけれど、このあいだ遠征したばかりだし、たまには体を休めようということになったみたい。

 洗面所を出て玄関へ向かうと、薄手のパーカー姿の研磨が廊下に腰を下ろしていた。

「おはようっ。かばん取ってくるからちょっと待っててね!」
「はーい。……べつに急いでないから。それより転ばないでね」
「うんっ」

 慌てて階段を駆け上がり、部屋に戻ってショルダーバッグを肩にかける。ああ、今ので髪が乱れた気がする、もともとそんなに気合いを入れてセットしたわけじゃないけど。
 転ぶこともなく玄関まで辿りついて、シューズラックからスニーカーを取り出したところで、お母さんがリビングから顔を出した。

「ふたりとも気をつけてね。あんま遅くならないように!」
「はあい」
「はあい。……夕方までには、帰る。から」

 と、答えたのは研磨だ。まあゲーム屋さんに行って本屋さんに行って、カフェで休憩したとしても、わたしと研磨じゃどう頑張ってもそれくらいで気力の限界だと思う。研磨も早く帰ってゲームを始めたいだろうし。
 お母さんが苦笑しながら「梓のことよろしくね。行ってらっしゃい」と手を振ると、行ってきます、と研磨は小さく手を振り返した。……なんか、ちょっとかわいいな。

 普段制服や音駒ジャージで往復している最寄り駅までの道を、私服の研磨と並んで歩くのは変な感じだ。

「ゲーム屋さんと本屋さん、同じビルだし、すぐ済んじゃうね。お昼ごはんくらいは食べて帰る?」
「うん。……なにか食べたいものある?」
「……よくわかんない」
「だよね。マックとかでいっか」
「じゃあ、アップルパイ食べよ」
「うん」

 クラスの子たちが、テレビで見たどこが美味しそうだとか雑誌に載っているここに行きたいだとか話しているのはたまに聞くけど、わたしも研磨もあんまりピンとこないのだ。
 調べておけばよかったかな? まあいっか、なんでも。

「ほかに、どっか行きたいとこあるなら、行くけど」
「……でも研磨早く帰ってゲームしたくない?」
「それは正直したいけども」

 ですよね。むしろ急にそんなこと言われたからびっくりしちゃった。

「でもまあ、出掛けることってそんなないし、たまには梓の用事につきあえってクロが」
「てつくん余計なことを……。面白がってるよね?」
「面白がってるね。研磨と梓がデートするんだ〜〜って夜久くんと海くんに嬉しそうに報告したらしいよ」
「もー。人の恋路をからかう中学生か」
「中学二年生なんでしょ。永遠に」

 どうでもよさそうにつぶやいて、研磨は小さくあくびをした。

 普段と反対方向の電車に乗り込むと、車内はほどほどに混んでいて、並んで座れそうなところは見当たらなかった。隣をちらりと見上げると、研磨はわたしのショルダーバッグのひもを引っ張って、閉まっているほうのドアまで歩いていく。ドアに背を預けるようにして立たされた。
 研磨はわたしを周りから隠すような位置で、座席の手摺に寄りかかる。バッグのひもから外した手をパーカーのポケットに仕舞って、瞼を伏せた。

 東京には色んな容姿の人がいるけど、高校生くらいで金髪にしている研磨はやっぱりちょっと目立っていた。他の乗客からちらちら視線を集めているのに気付いて、ちょっと居心地悪そうに身じろいでいる。
 本当に、なんで金髪にしてきたのかな……。たまに研磨の発想がよくわからない。
 まあいいか、もう金髪の研磨にも慣れちゃった。
 そう思っていると、近くの座席に座っていた男の人と目が合ってしまった。
 さりげなさを装って顔を逸らしたけど、視界の端にまだこっちを見ている様子がなんとなく映っている。……な、なんだろう、どこか変なところあるのかな。いや多分、気にしすぎというか、向こうには他意はないどころか別にわたしを見ていたわけではない可能性もある、けど、

「……どうしたの」
「え、うん?」
「それ。癖」

 研磨が静かに見下ろした先にあるのは、胸元を掴むわたしの手だ。
 正確には、首から提げたお守り袋をワンピース越しに掴んでいる手。不安になったらすぐにお守りを探してしまうのが癖なのだ。

「あ、えと……大丈夫。なんでもない」
「……いつもつけてるけど、中身なんなの?」

 研磨に訊かれてどきりとした。
 中身は、大昔に研磨にもらったもの。きっと本人も憶えていないんじゃないかと思う。そんなものを後生大事にして、わざわざ首から提げて、勝手に心の拠り所にして頼っているというのは、我ながら引くほど重い。重すぎる。到底本当のことなど言えはしない。

「だ、だいじなもの……」
「ふーん。そう」

 興味があるのやらないのやら微妙なテンションで研磨がうなずいたとき、電車が左右に揺れた。油断していてよろめくと、研磨が腕を掴んでくれる。
「ありがと」「うん」と──なんとなくそのまま研磨の手は下りてきて、わたしの指先をゆるい力で握った。

「……つめた」
「う。けんまは意外とあったかいよね。低体温ですみたいな顔してるけど」
「どんな顔?……男だからかな」

 ぽかぽか、というほどではないけれど、自分でもヒンヤリしていると自覚のあるわたしよりは温かい手だ。わたしの場合は多分、外出に緊張しているというのもあるんだけど。
 研磨はそのことに気付いているのかいないのか、そのまましれっと普通に手をつないできた。

 ……いくら研磨でも、外で手をつなぐという行為に特別な意味があることくらいは知っているはず。
 そしていくら幼なじみとはいっても、研磨がなんの意味もなく人の手を握ることは、多分ない。
 許されている、のだと思う。特別な意味を、この距離を。

「……はぐれたら置いて帰るからね」
「えええ……。死んでも放しません……」
「がんばって」

 研磨はにんまり笑う。てつくんほどではないにしろ、研磨もたまに意地悪してイキイキすることがあるのだった。
 電車が目的地に到着した。ドアが開いて、降車するときちらりと後ろを振り返ってみたけれど、さっきの男の人はもうこちらを見ていなかった。やっぱり普通に目が合っちゃっただけだったんだな……。悪いことをした気分になって、ひとり落ち込んだ。
 もうちょっと、こう、堂々とできるようにしたいなあ。

 改札を抜けると、地元とは比べものにならないほどの混雑に襲われた。
 たくさんの話し声が音の波のように押し寄せる。わんっと頭の中に反響するその音に目を瞑ると、研磨はつないだ手を強く引っ張った。
 そうだった、はぐれたら置いて帰られる。
 別に初めて来たわけでもないし、一人で帰ろうと思えば帰れるけれど、研磨と一緒のほうが断然心強い。

 ……まあ研磨も人混みはあんまり好きじゃないから、実際はやたらおどおどした二人がおどおどと人混みを流されつつグッタリしてビルに辿りついた感じになったけど。

「思ったんだけど」
「なに」
「わたしたち、東京都民、むいてない……」
「それはおれも思う」
「音駒のあたりはまだ静かだけど、このへんって本当にすごいよね」

 いつもは寄り道のときはてつくんもつきあってくれることが多いから、わたしと研磨はあの一八七センチの陰に隠れて歩いている。彼は自販機より大きいため、人混みを歩くときに避けてもらいやすいのだ。てつくんいつもありがとう。
 へろへろになりながら本屋さんで目的の本を購入し、その下の階にあるゲーム屋さんで目的のゲームを購入する。レジで支払いをする研磨はもう気持ちがゲームに飛んでいて、わくわく顔になっていた。
 わたしもこんな顔で支払いしていたのかなあ。
 買ったばかりのゲームをボディバッグに仕舞った研磨は、「はい」と右手を差し出してきた。

「……あ、ハイ」

 左手を差し出すと、あんまり強くなく握られた。今日はほんとに徹底的につないでくれるつもりだ……と、もはやちょっと面白くなりながら研磨についていく。
 まあね、今日はてつくんがいないからね。
 ひとつ年上の彼がいるときは、わたしも研磨も「まあてつくんが(クロが)いるし」って油断しちゃうふしがあり、実際てつくんはアレコレ世話を焼きたがる。大きいから目立つし、はぐれてもてつくんが見つけてくれるのだ。でも今日は二人きりなので、この東京砂漠ではぐれたら致命的。この手がわたしたちの生命線だ。
 とはいえ、

「……べつに、はぐれてもちゃんと一人で帰れるからね?」
「その前に携帯があるから合流できるよ」
「あ、うん、たしかに」
「あんまり一人にしたくないだけ。おれの胃が痛い」
「あ、……ハイ、いつもご心配をおかけしております」

 そういえば夜久くんが「部活動紹介のとき、真っ蒼な梓を見る研磨のほうが真っ白になってた」って言ってたっけ。
 け、研磨の胃を守るためにも一人前にならなければ……。


EINE KLEINE



 ゴールデンウィークの合宿以降、潔子先輩とは数日に一通の頻度でメールをやり取りしている。
 高校総体の予選大会は宮城のほうが若干早く始まるため、組み合わせが出たのも烏野のほうが先だった。そのとき初めて潔子先輩が《電話してもいい?》と言ってくれたのだ。

「えっ! 青葉城西と同じブロックですか」
『うん。でも二回戦にも伊達工っていって、ブロックの強いところと当たるみたい』
「伊達工、聞いたことあります。高校バレーにおけるリードブロックのトップレベルですよね」
『そう。三月にも伊達工に敗けてるんだ』

 誰かとこういうふうに電話をするという経験があまりになくて、通話がはじまったときからずっとどきどきしていた。
 実寸大テカチュウのぬいぐるみを抱きしめて、ベッドで寝返りを打つ。
 このテカチュウは、先日のおでかけの帰り道に研磨がゲームセンターでとってくれたものだ。ふらっと始めた対戦型ゲームで小一時間ほど無双した結果、周りには研磨のプレイを眺める人だかりができてしまい、わたしたちは慌てて逃げ出した。そのあと、「つまんなかったでしょ」ってUFOキャッチャーでテカチュウをとってくれたのだ。
 研磨が色んな相手をバッタバッタと薙ぎ倒すところを見るのは、全然つまらなくなかったんだけどね。

『……ゴールデンウィークの合宿中に、ずっと倉庫に仕舞われてた横断幕を見つけて……。ほつれてたところ繕って、また観客席に掛けたいなって思ってるの』
「わあ! 素敵です! きっとみなさん泣いて喜びますよ」

 なんかこう、特に三年生の人たちとか、あと西谷くんと田中くんとか。
 わたしが部員でもきっと泣いて喜んじゃう。

『音駒はそういうのあるの?』
「うちも父母会が贈ってくれた昔の横断幕をずっと使ってます。……わたしも何かしたいなあ」
『お守りとか? うちの野球部のマネージャーたちが作ってたよ』
「そういうのって嬉しいものなんでしょうか。なんか重いというか、結局ゴミになりそうというか……」

 潔子先輩が電話越しにフフッと笑ったのが聞こえた。

『私には、そっちの主将こそ泣いて喜びそうに見える』

 てつくんが、泣く……?
 よく考えたら小さい頃から一緒にいるけれどてつくんの涙は見たことがない。小学生の頃にバレーの試合で敗けたときは涙が零れないように必死にこらえていたし、中学生の頃に最後の大会で敗けたときは笑って後輩を励ましていたらしい。高校に入って、特に主将になってからは、負の感情を表に出さないのが彼の在り方となったようだし。
 悔しさも、葛藤も、ないわけじゃない。
 ただ見せないようにしている、それだけ。
 となれば、

「……てつくんを、泣かせて、みたい……」
『がんばれ』

 ということで、わたしはせっせとお守りづくりを始めた。目指せてつくん嬉し泣き!
 部員総数は二十九人、正直多い。でもレギュラーだけとかベンチメンバーだけなんて発想は元からなくて、よしやるぞ、と富士山を登るような気持ちで材料を調達した。
 色々迷ったあげく、図案はバレーボールで遊ぶ黒猫に決定。できるだけシンプルにするためボールは白の練習球デザインだ。ベンチメンバーのぶんは、黒猫の背中あたりに背番号を入れる。
 型紙で一気に布を裁ち、あとはひたすら縫い合わせて綿を入れて閉じる作業の繰り返し。

 ……けど実のところわたしは、あんまりお裁縫が得意じゃない。
 壊滅的ではないと思うんだけど、すごく上手でもないので、一個一個作るのにものすごく時間がかかるのだ。時間との戦いだった。


2 : Feroce-a



「ヒエッ」

 朝練を終えて到着した教室で、カバンの中身を見て悲鳴を上げると、今年は同じクラスになれた研磨が眉を顰めてこちらを見た。

「……どしたの」
「た、たいそうふく、ワスレタ」

 思わず片言になってしまった。ガタガタ震えるわたしの横で研磨が「あーあ」とつぶやく。

「け、けんま体操服かして」
「悪いけどおれも三時間目に体育なんだよね。同じクラスだから」

 それもそうだ!
 わたしたちのやり取りを偶然耳にしていたらしい最上くん(8番MB)がブハッと噴き出した。「真柴って基本賢いのにたまに素っ頓狂なこと言うよな」「非常事態に弱いから……」とかなんか言われているが、それどころではない。

「う、うわあ、どうしよう」
「部活のジャージとかTシャツで出れば」
「やだよう……目立つじゃん……あいつ体操服忘れたんだなって思われる……」
「じゃあ誰かに借りれば」
「誰かって誰? 男バレみんな大きいからどう考えても不自然だよ」
「芝山か、……あと夜久くん」

 たしかに身長が一番近いのは、この春入部して部内最小を更新した(今まではずっと夜久くんだった)リベロの芝山くんだ。
 しかし、このあいだ買ったばかりであろう新しい体操服を、貸してと言えるほど図々しくない。あと「梓さん忘れものしたんだなあ」とか思われるのがちょっと恥ずかしい、先輩としてのなけなしのプライドである。
 となると答えは決まっているわけで。

 一時間目と二時間目のあいだの休み時間、わたしは駆け足で三年五組を訪れた。
 教室の入口からコソコソと中を覗き込む。すると近くにいた三年生たちがこっちを見て、「誰?」「二年?」とヒソヒソ囁き合った。知らない人がこっちを見て何か話している、という状況に自意識過剰とわかっていつつ挙動不審になっていると、窓側の席にいた夜久くんが大きい声で「梓!」と呼んでくれる。
 途中で机にぶつかりながら、入り口まで駆けつけてくれた。

「どうしたんだよ。一人で来たのか。研磨は?」
「あ、あの、けんまには一人で行けって言われちゃって。その、体操服を忘れてしまって、夜久くん持ってたら貸してもらえませんか……」
「悪い! 俺のクラス今日体育ないから持ってねえ! つか他のクラスに女友達とかいないのかよ」
「い、いたら夜久くんのとこ来ないよう……」
「だよな」

 どーせバレー部の中でサイズ一番近いの俺だから来たんだろ。と、全くその通りのことをぼやきながら夜久くんはわたしの頭をグリグリ撫で回した。
 夜久くんが持っていないとなると、もう部活用のシャツで出るしかないなあ……。どうしよう、と途方に暮れていたところにてつくんが通りかかった。

「はー? 梓じゃん何でこんなとこいんの」

 後ろからやってきたてつくんは、わたしの頭のてっぺんに顎を置く。
 昨年の『図書室前でキスしてた事件』直後は反省していたてつくんだったが、喉元過ぎて熱さを忘れ、最近はわたしの頭をちょうどいい顎置きだと思っているふしがあった。ちょうどいい高さに頭があるので顎を置き、ちょうどいい高さに肩があるので肘を置き……といった感じだ。
 研磨は「梓に甘えてるんでしょ」と、心底どーでもよさそうに言っていた。わたしもあながち間違いではないだろうと思う。

「お。黒尾オメー体操服持ってねーのか?」
「あー大体把握したけども……。今日、体育ないんだよね。夜っ久んと俺って同じクラスだから時間割一緒なんだよ、知ってた?」

 なんか、どこかで聞いたようなやりとり。

「そうだっけ? 知らなかったわ」
「泣くぞ。あと俺と梓の身長差わかってる? すげぇことになるよ」
「わかってはいるけども正直面白そうだから見てみてえ」
「やめてよ。ホントに面白かったら梓が傷付いちゃうでしょ」

 てつくんがメンズのXLに対してわたしはレディースのSかMサイズである。彼シャツならぬ彼ジャーを通り越して、パパのお下がりを着ている娘レベルになってしまうかもしれない。
 ああ、どう考えても部活のシャツのほうがましだ。諦めがついたところで、さっきからつむじを顎でうりうりしてくる図体のでかい十七歳児の顔を掴んだ。

「……っもう、てつくん重い!」
「エー? ゴメンなんて? てつくん遠くて聞こえなーい」
「痛い痛い痛い顎グリグリしないで」
「調子乗ってるとまた嫌われるぞお前。あと自分でてつくん言うな」

 てつくんて、昔からちょっと寂しがりやなところがある。多分、彼自身も意識していないところで。
 “主将”になってからは意図的に、しっかりした自分を見せることに力を注いでいるみたいなところもある。
 だから研磨が言うように、無意識のところでこっちに甘えているんならそれを受け止めるのが、いつもお世話になっている幼なじみ兼マネージャーの役目……と思わなくもないけど……やっぱり単にいじわるして楽しんでいるだけなんじゃないかと思えてきたぞ。
「てかさあ」とてつくんはわたしの左手を掴み、無理やり指を開かせる。

「なにこの絆創膏? おじょーさん手荒れでもしたの」

 わたしの左手の親指と人差し指には絆創膏が巻いてある。
 ぎくり。

「……ノートの端っこで切ったの」
「二か所もかよ? ドジだなあ」
「夜久、オブラート。……それならいいけど、水仕事多いんだし気をつけなさいね」
「はあい」

 ……てつくん、目敏い。
 あんまり長居するとぼろが出そうだったから、そのタイミングでてつくんの顎の下を抜け出した。