時はお守りを作りはじめて数日が経った五月下旬。
 六月におこなわれる、全国高等学校総合体育大会東京都予選会(兼国体予選会)──つまるところのインハイ予選の組み合わせが発表された。
 部活動開始前、直井コーチから配布されたインハイ予選の組み合わせ表を見て、渋い声を上げたのはてつくんだった。

「あ〜〜〜……」

 海くんと夜久くんも苦笑い。福永くんはあまり動じていなかったけど、とらくんは若干顔を引き攣らせているし、研磨は露骨に「ウワ」とか声に出していた。

 インハイ予選では二百以上のチームが四つのブロックに分かれて、例年二校の出場枠を争う。関東大会予選でベスト16に入ったチームはシード出場となるものの、今年の音駒は普通に一日目の二回戦から参戦だ。
 音駒高校の名前があるのは組み合わせ表一枚目、左側の山、Aブロック。
 この山の一番上に入っている学校は、

「井闥山と当たっちまったか〜〜……」

 前年度優勝校、井闥山学院高校。
 順当に勝ち進めば二日目、準々決勝は(大番狂わせがない限り)井闥山との対戦となる。

「イタチヤマってどこ? 強いとこっすか?」

 やや重い、というより最早『やっちまったな』といった空気のメンバーのなか、あっけらかんとした様子で灰羽くんが首を傾げた。
 灰羽リエーフくん。一年生。バレーはこのあいだ始めたばかりだけど、一九四センチの長身と高い運動能力で現在めきめき成長中の大型ルーキーだ。ルールの勉強から始めただけあって、高校バレー事情には全然明るくない。
 呑気な灰羽くんにみんなが気の抜けた感じになるなか、わたしは彼を振り返った。

「すごく、すごーく強いとこ……。優勝候補筆頭。というか、前年度優勝校」
「へー!」
「東京で男子バレー強いとこっていったら一に井闥山、二に梟谷、ここ数年はこの二校が全国常連なの。特に井闥山の佐久早くんていったら、高校の全国三大エースって呼ばれるくらい素晴らしいウィングスパイカーだね」
「エース!」

 入部早々から「俺が音駒のエースになる!」と大きな目標を大きな声で掲げている灰羽くんなので、『三大エース』という単語だけが都合よく聞こえたらしい。
 しかし改めて組み合わせ表を見て、その素晴らしいWSを抱えるチームと二日目に当たるという事実の、どうしようもない現実に気がついたようだった。

「……って、それもしかしてヤバイやつ?」

 みんなでこくり。
 もしかしなくてもヤバイやつだ。とはいえ、

「まあ、インハイに出ようと思ったら、井闥山か梟谷のどちらかは倒さないといけないわけだから……」

 梟谷の名前を探してみると、組み合わせ表二枚目、Cブロックの一番下に名前があった。つまり音駒は準々決勝で井闥山を倒したあと、ベスト4がぶつかる代表決定戦で梟谷も倒す必要がある。
 例年、インターハイの東京の出場枠は二校。一戦敗けても第二代表として出場はできるけど、敗ける気で挑んでいい試合なんてないから。

「やることはいつもと同じだよ。拾って、繋いで、打って、守って、一つずつ丁寧に勝ち進むこと」
「おお……梓さんがなんか熱血っぽいこと言ってる」
「ねっけつ……灰羽くん、井闥山に当たるために何回勝たないといけないか数えてごらん」
「えーといち、に、さん……よん、ご!?」
「です。この五回だって、どこで転ぶかわかんないんだよ。スポーツってそういうものなの。目の前のこと一つひとつ、地道に乗り越えていくしかないの、熱血とかじゃなくてね」

 パンッ、とてつくんが手を叩く。

「──ハイ、言おうとしたこと全部言われましたけど、つまりはそういうことだな。当たったモンはしゃーねえ! イタチもフクロウも倒すぞ!」

 主将の号令に、おう、とかハイ、とか研磨と福永くん以外の返事が元気よく上がった。組み合わせに対する悲哀はそこそこに、一斉にアップが始まる。
 わたしも今日はドリンク作りより先に組み合わせを見ていたので、いつもより少し遅れて作業にかかった。ボトルを集めてカゴに並べて、外の水場へ持っていく。
 アクエリの粉と水道水とほんの少しお塩を入れて、しゃかしゃか混ぜ合わせながら、うーん、と眉を寄せた。

「いやぁ……井闥山かぁ……」

 厳しい。
 灰羽くんに言ったことは全部本当なんだけど、本音は井闥山以外のブロックに入りたかったなあ……。いや、多分これは東京中のチームが思っていることなんだろう。
 だからといって回避したまま全国なんて行けるはずもないし。
 やれることを、一つ一つやるしかないのだ。

 その日の練習を終えて、研磨と一緒に帰路を辿る。
 てつくんは週の半分を自主練と決めていて、今日は残って練習する日だ。そういう日は以前のように、研磨とふたりで家に帰る。
 最寄り駅へ向かう電車のなか、研磨のPSPを覗き込みながら話しかけた。

「井闥山戦、何か考えてる?」

 学校にいるあいだにやるのはクエストの消化が多いから、話しかけても大丈夫なのだ。研磨は画面から目を離さずに「んー」と唸った。

「関東大会のDVD見てまた考えるけど……。佐久早が有名ってだけで、他のひとも充分レベル高いから。まあ、普通に厳しいよね」
「そうだよねえ。とりあえず、攻撃パターンの数字出したいから、またつきあってくれる?」

 大抵のセッターには、どういうワンが入ったらどの攻撃を使うかという癖がある。
 レセプションが少しでも乱れたら速攻はないとか、チャンスボールになれば八割方がサイドのエースとか。これはもう0コンマ数秒の判断が明暗を分けるバレーというスポーツで、セッターが人間である以上は必ず数字に出るものだ。──その数字が有用であるかはまた別で、優秀なセッターほど数字は均一になる。
 研磨は「いいけど」とつぶやいて手を止め、わたしの顔に指を伸ばした。
 びっくりして固まっていると、目にかかっていた前髪を横に掃われる。

「……それは、いいんだけど。梓最近、何時に寝てるの」
「え?」
「遅くまで電気ついてるって、クロが怒ってたよ」

 ……しまった、そうか。てつくんの部屋とわたしの部屋は、塀とお庭を挟むので距離こそあるものの向かい合っている。遮光カーテンでも電気がついているか否かくらいは見えてしまうのだった。

「……いや、でも、てつくんが寝るの早いだけだと、おもう」
「まあクロ睡眠にはうるさいからね」
「日付変わったら、寝るように、してる」
「何か面白い本でも読んでるの」
「そん、な、とこ……」

 研磨はふぅんとあまり興味なさそうな反応を寄越して、またゲームの世界に戻っていった。


EINE KLEINE



2012/06/02 Sun 18:07
From:清水潔子
今日、青城に負けました。梓ちゃんたちは来週だったよね? がんばってね


2012/06/02 Sun 18:42
From:真柴梓
試合お疲れさまでした。
東京は来週から、三週かけて予選大会です。じつは音駒も、前年度の優勝校と同じブロックに入っています。がんばります、ありがとうございます。


2012/06/03 Mon 19:53
From:清水潔子
昼休みに顧問と話をしたけど、うちは三年生、四人とも残ることにしました。春高行くよ!
あと、合宿の話も聞いた。まだ正式には決まっていないみたいけど、みんな行く気満々だったよ。私も梓ちゃんに会えるの楽しみにしてる。
そういえばお守りの進捗はどう?


2012/06/04 Tue 20:21
三年生みなさん春高まで続けられるんですね。よかった! 気になってはいたのですが、聞いていいものかどうか悩んでおりました…。うちの主将たちも「澤村さんたちどうすんだろね」と気にしていたので喜ぶと思います!
合宿の話は、今日うちでも発表されましたよ! まだ誘ってる段階ってことでしたけど、みんな楽しみにしてます。わたしもきよこ先輩にまた会えるの嬉しい!(^^)
お守り進捗やばいです! 最近主将とけんまに「夜更かししてる?」と怪しまれていてやばいです。あと5個なのでがんばります。


2012/06/05 Wed 20:52
やっぱり色々悩んだけどね。澤村は引退したほうがいいとも思ってたみたい。でも武田先生に、「5年後10年後に後悔しないほうを選びなさい」って言われて決心ついたみたいだった。
合同合宿ってどんな感じなの? 人数とか、雰囲気とか。うち合同合宿なんてしたことないし、全然わかんないから頼りにしてる…。
怪しまれてるの?(笑) がんばれ!! 33個なんてホントすごいよ。


2012/06/06 Thu 20:45
武田先生すてきです(;_;) そうですよね…。わたしも三年生だいすきだからずっといてほしいけど、この先のバレーをしないかもしれない人生のほうがずっと長いんですよね。長い目で見て後悔しないほうを選ぶって、難しいけど真理だ。
合同合宿、去年のわたしもガタガタ震えてましたが、みなさん優しいので大丈夫だと思いますよ! 女子マネは女子マネだけで泊まるので、毎晩女子会だと思います(笑) また現地で会えた時にいろいろご説明しますね。まかせてください!
ありがとうございます。土曜日に配る予定なので、明日までにあと3個がんばります!!


2 : Feroce-b



 小学二年生の春、わたしの家と研磨の家のあいだに、ひとつ年上の男の子が越してきた。
 もともとその黒尾家に住んでいたのはおじいちゃんとおばあちゃんだったけど、そこへお父さんと男の子がやってきたのだ。
 彼の名前は、鉄朗といった。

「ほら梓。自己紹介」
「…………真柴梓です!」
「ほら鉄朗。おまえも」
「…………」

 お父さんの脚に掴まって、なんだか可哀想になるくらい緊張した様子の男の子と、お母さんの後ろから、チラチラ彼を観察するわたし。あとから聞いたら研磨も似たような感じだったらしい。
 きっと誰が聞いても信じないと思うけど、あの頃、いちばん人見知りが激しかったのはわたしでも研磨でもなく、てつくんだった。

「スイマセン、緊張してるみたいで……」
「いえいえうちの梓も似たようなものですから」

 てつくんは、黒尾家に誰もいなくなるタイミングで孤爪家へ預けられることが多かった。
 わたしもあたりまえのように研磨の家に入り浸っていたので、人見知りが三人集まって重い沈黙を降らせることとなった。結局、気を利かせた研磨がゲームをはじめて、明らかに緊張しているてつくんにコントローラーを渡し、わたしはその横で本を読むという構図になった。

 その状態で、季節が二つほど巡ったある日のこと。
 いつまで経っても無言でゲームをしているてつくんに、研磨が「何か他にやりたいのないの」と訊ねたところ、彼はバタバタと家に帰ってバレーボールを持ち出してきた。
 当時の研磨は完全に「何か他にやりたいゲームはないの」という意味で訊いただろう。その場にいたわたしは(あ、今すごく面白いすれ違いが起きたなあ)と思っていたけど、てつくんは何年かあとにこのことに気付いて「当時の俺めっちゃ恥ずかし……」と遠い目になっていた。
 何はともあれ、それがわたしと研磨にとって初めての、バレーボールとの出逢い。

 てつくんは音駒に引っ越してくる前、バレーボールのチームに入っていたそうだ。新しいチーム探せば、という研磨の言葉に背中を押されたのか、彼はその週末、わたしたちを連れてバレーの練習をしている体育館を訪れた。
 ドン、とボールが体育館の床を衝く音。
 心臓に響くようなその音にわたしが縮こまると、研磨が黙って手をつないでくれた。てつくんは目をキラキラさせて練習の風景を眺めている。
 体育館は天井から下げられたネットでいくつかのコートに分かれていた。わたしたちが見学したのは低学年用の、ネットが低くてボールも柔らかいやつ。体育館の奥ではわたしたちよりもうんと年上のお兄さんたちが、ドン、とかダン、とか大きな音を立てながら練習していた。……あっちはちょっと怖いかも。

「あっちのほうがかっこいいけど、あれはやんないの」
「あれはスパイク。かっこいいだろ! でも背が大きくないとできないから……」
「じゃあネットを下げればいい」

 そのときわたしたちの横を一人のおじさんが通り過ぎていった。

「最初こそまずは“できるヨロコビ”じゃないかい」

 さりげない一言だった。特別なことなんて何もない、きっとあのおじさんには当たり前の一言。
 だけどそのおかげでてつくんは、高かったネットを下げてもらって、やさしいトスを投げてもらって、何度もジャンプして失敗して、そしてついにスパイクを打った。

「──できた!」
「わあ。できた! てつくんすごーい!」

 ボールに当たった手をおさえてぴょんぴょん跳ねまわるてつくんは、見たことがないくらい嬉しそうだった。わたしもつられて飛び跳ねると、へへ、と照れくさそうに笑う。
 最初の一打。
 きっとてつくんはあの日のことを忘れないに違いない。



2012/06/08 Sat 17:15

 当時ネットを下げてくれたおじさんは、今、力強いスパイクを打ち下ろすてつくんを眺めてニコニコしている。
 十年前、高く上がるトスに合わせてジャンプするのもやっと、ボールに掌がミートしただけでぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいた面影はどこにもない。二メートル四三センチのネットよりも高いところから、ブロックを突き破るような強烈なスパイクを打ち出す。……てつくんの本気のスパイクなんて受けたら、もうさすがに死ぬ気がする。
 そういえば、「ナイスキー」って不思議な掛け声だなあと思っていたら、正しくは「ナイスキル」だと知ってびっくりしたことがある。キル・ブロックとかも言うし、バレー用語って時々物騒で面白い。

 明日からはじまるインハイ予選に向けて、今日の練習は少し早めに切り上げることになっていた。監督とコーチのそばに集合して、てつくんは明日の集合時間など最終確認をした。
 デキる“主将”の顔をしているが実はわたしより人見知りだった過去がある──って、言っても誰も信じてくれなさそうだなあ。本人も憶えていないかも。

「それじゃあ、片付けして解散──」
「ちょっと待った」

 ニコニコ笑顔の猫又監督がてつくんの号令を遮った。

「はあ、なんでしょう」
「梓。おいで」

 監督が手招きしてくれたので、わたしは研磨の横を離れて前に出た。
 きょとんとしているてつくんの腕をぐいぐい引っ張って、海くんと夜久くんのあいだに立たせる。ミーティングの途中でそっと抜け出して、体育教官室に置いてあった荷物を持ってきてくれていた直井コーチから、紙袋を受け取った。

「最後に、マネージャーから」
「……梓から?」

 不思議そうな視線が容赦なく突き刺さったのでさすがに「ウ」と身構える。
 いくらよく知る部員たちといっても、三十人もいればさすがに『大勢』だ。口を開こうとしたら心臓がバクバクしてきた。でも逃げるわけにもいかないので、挙動不審を自覚しながら、なんとか声を絞り出す。ウウ情けない、あのてつくんが“主将”に擬態できているというのに。

「あの、……インハイ予選に合わせて……恥ずかしながらあんまり上手ではないのですが」
「もしかして何かアレですか、お守り的な!?」
「リエエェェェフお前は黙ってろ!!」

 夜久くんが今日イチの怒鳴り声で灰羽くんを叱った。けど正直自分で『お守り』とか言っちゃうのは恥ずかしかったから助かった。
 べつにお祓いしてあるわけじゃないし、ご利益も多分、そんなにないし。

「……ハイあの、お守り的なアレをつくったので、煮るなり焼くなり捨てるなりしていただければと」

「なんでぞんざいな扱い限定なんだよ」と、つっこんだのは夜久くん。
 後ろのほうにいる部員たちは、特に一年生がざわっとしている。嫌な感じじゃなくて、「すげー」とか「強豪っぽい」とか「女子マネって感じ」といった感想だ。よ、よかったとりあえず引かれてはない。
 前列に立っていたてつくんは、まだ目を丸くしたまま固まっている。夜久くんに小突かれ、海くんに肩を叩かれ、ようやくハッと瞬きをした。

「……待て待て待て、まさか指の絆創膏も夜更かしもそのせいか」
「てつくんの洞察力をナメていました。が、真相には辿り着かなかったようで何よりです」
「まさかとは思うが全員分……」
「ん、あの、最終的に三十三個……」

 部員二十九名+自分+猫又監督+直井コーチ+顧問の先生、である。いつも糸目の監督まで目を丸くして「大人のぶんまであるのか」と、直井コーチと顔を見合わせた。
 まずは、最初のひとつ。黒猫の背中に『1』とキャプテンマークの刺繍をしたお守りを両手に持って、てこてこてつくんの前に歩み出る。

「てつくん、あの、いつもありがとう。明日からもがんばろうね」
「あ、……ウン」

 ちょっとまだ茫然としている主将の顔を覗き込んでみると、子どもみたいな返事があった。
 体の横に垂らされたままの両手を持って、お守りをギュッと握らせる。

 いつも攻撃の最前線に立って、みんなを守ってくれるブロックの要。
 凄まじい勢いで打ち下ろされるスパイクに対して真正面から立ち向かっていくことが恐ろしくないはずはない。手指に当たれば当然痛いし、掠っただけでも怪我をすることがある。目の前に襲い掛かるボールから、それでも決して逃げないわたしたちの司令塔。
 主将であることのプレッシャーも、ゴミ捨て場の決戦を実現したいという、猫又監督を慕う一人としての強い思いも、全てを薄笑みにくるんでなお立つ後ろ姿の頼もしさ。

 ……色んな思いが言葉にできなくて、涙が滲んだ。
 ああ、目指せてつくんの嬉し泣きとか言って、結局わたしが泣いちゃった。
 そしたらてつくんはやっと我に返ったみたいで、ギョッと目を見開き真っ蒼になる。

「エッ、待って待ってなんで泣く!? ゴメン! 嬉しくてびっくりしてただけだって!」
「…………全然反応ないから、『やっべなにこいつお守りとか作っちゃってんのテンション上げちゃって恥ずかし』って引いてるのかと思いました」
「ウワァァァゴメン! 嬉しいめっちゃ嬉しい! ありがとう!!」

 てつくんが超おろおろしながらわたしの周りをウロつく。いや別に本気で引かれたと思っているわけではないけども、てつくんの最初のリアクションが大人しいと、このあとを続けるのがかなり辛いので。
 両脇の海くんと夜久くんが「あーあ」と噴き出した。

「黒尾が梓を泣かせた」
「研磨にチクろう。研磨ァ見てたかー?」
「見てた……。クロさいてー」

 とかイジってはいるものの、みんなてつくんが嬉しくて茫然自失だったのはわかっているので、後ろにいる下級生たちも含めてニヤニヤしている。
 てつくんも「ウッ」と恥ずかしそうに口の端を引き攣らせてから、誤魔化すようにがばーっとわたしを抱きしめた。
 自販機より大きい長躯を丸めて、ぬいぐるみかペットでも愛でるかのように頭を摺り寄せてくる。

「あーもー……ありがとな。梓」

 ありがとはこっちの台詞だよ。
 てつくんのおかげで広がった世界がどれほどあっただろう?
 大きすぎる感謝は言葉にすると薄っぺらくなりそうで、ただ黙って、てつくんの大きな背中に両腕を回して応えた。

 ……しばらくして、夜久くんに「セクハラァ!!」と蹴られた。
 もちろんてつくんが。