ゴミ箱

0611
Wed
刀剣乱舞 薬研おち予定だった

***

 新しい主人は、とかく真面目な御仁だ。
 いろいろあって準備期間もなしに突然の就任になってしまったので戸惑うことも多かっただろうに、本丸の運営に覚悟を決めるのに二時間とかからなかったらしい。彼女の性格から、人に迷惑をかけないように、の気持ちが強すぎた結果の短期間だろうと思うので、その根性たるや見上げたものだと思う。し、期間もさることながら、内容の運営っていうのも糞がつくぐらいに真面目なので、列挙していきたい。


 まず最初に決められたのは、休暇だった。
 すべての業務は交替勤務制。必ず全員が週のうち二日の休みが与えられる。馬や畑などの邸内のことであろうと出陣と同様に“仕事”として数えられるので、この休日は基本的に何もやらせてもらえないが、万が一緊急要請等でやむなく動いた場合には、後日別途で振替休日と手当が用意される。かつ、別途年に二十日間の申請制の休暇があり、これについては年内での消化の義務がある。大将曰く、“現世の常識”だそうで、彼女の道具として顕現したはずの俺たちの呆然とした顔をよそに、何よりも優先してこれが決まった。

 次に、基本労働時間と、体系。
 休憩一時間をはずして、一日七時間を原則とする。また、出陣、遠征、近侍を含む邸内での各仕事を日交替の当番制とし、全員平等に割り振られる。月初めには向こう二か月分の予定が公表される。体系の詳細については、用意された部署も多ければ公約も単純ながら非常に細かく定められているため、以降割愛とさせてほしい。大変に几帳面な主人だってことが伝われば、それでいい。

 次に、労働対価。
 全刀剣に対し、毎月二十五日に当月分の給与が与えられる。実力に応じた固定給に加え、討伐数をもとにした歩合、役職や延長業務、夜間等の手当がつく。また、その他に年二回、一月分から二月分相当の賞与がが発生する。金銭的にかなり無理がありそうに思われるが、ここに関しては早々に博多が顕現してくれたことで解決したようだ。

 最後に、面談。
 近侍も全刀剣が均等に日交替で受け持つことになっているが、この際一日のどこかでかならず主人との面談を行う、というルールである。相談内容は全く問われないが、時間は絶対に十分以上、上限はなし。一見自由でなんでもなさそうなルールでも、こちとらもとは刀、顕現したては自我が薄く要望など聞かれてもそもそも無い者や、あるいは自尊心が高すぎて内心など言いたくない者も多く、当初はなかなか上手くいかなかった。けれども大将は全くあきらめず、『対話を重ねれば自分のなかに展望が見いだせるようになる』『話す機会があることが大事』と主張し続け、誰ひとり例外なくこの面談を中止も短縮もさせずに断行した。結果としてこの主張は正しく、今やこの面談、当初決めた十分で終わる者などほぼいないし、それどころか大将が起きている間中悩みを喋り続けるような者も少なくない。そのせいかこの本丸に属する刀剣は他の個体よりも比較的、我が強く育っている印象を受ける。

 以上からも見て取れるように、当家大将を務めるのは大変に真面目な御仁である。勤務時間中の怠慢も、逆に休暇・休憩中の仕事も一切許さない。とこのように書くとまるで、融通が効かない堅物のようにも思われるし、実際最初は大半の刀がそのようにとらえるが、実際にはそうではない。すべての行動理由はおそらく、彼女の愛情深さにある。

 俺たちが大将の持ち物のような発言をすると、彼女はすさまじいまでに怒る。自分たちの関係は断じて対等な雇用主と雇用者であり、互いに満足いくまで話すべきだし、それでも問題があると考えるなら離反するべきだ、を当人に復唱させるまで譲らない。この個の尊重、って考え方は、もともと人間の所有物として生み出され、忠誠がすべての俺たちにとっては正直、かなりの難題だ。大将もそれが簡単でないことは分かってはいると言うが、それでもある程度その我がないと、一緒に暮らしていくうえで寂しいのだと言う。だから、食べ物でもなんでも、刀剣たちがこれは好きだの嫌いだの、と言うだけで顔を綻ばせ、

 「その感覚を大切に」

 と繰り返すので、顕現して歴の長い者は自然とその口上がうつり、新人に対して使うようになる。まるで自分の言葉みたいに。





 本丸の一日は食堂からはじまる。

 遠征や修行で出ている者か、よほど二日酔いの非番の刀を除いて、基本的に所属する全刀剣が同じ部屋で朝食をとる。そして、おおむねが食べ終えたころに、その日の近侍を伴って大将がおりてくる。彼女自身が非番の日でも、かならず同じ時間から朝礼を行う。

 「おはようございます」

 どれだけ騒ぎになっていたとしても、あるいは眠気を引きずってだれた雰囲気だったとしても、大将がこれを言ったら必ず全員が定位置につき、喋るのをやめて彼女に目線をあてる。誰一人強制されているわけでも、雰囲気に流されているわけでもない。それぞれが自分の判断で、その声を聞くべきだと思っているからだ。

  大将の目線が部屋の端から端まで走った。出欠をわざわざ取らなくとも、これだけでいない者が正確に把握できるという。霊力の絶対値は高くないが、審神者のなかでも探知力がずば抜けて高いのだそうだ。

 「次郎姐さんと不動は二日酔いになると思うってゆうべ言われたけど、見たひといる?」
 「ふたりなら朝見たよ、大丈夫。爆睡してた」
 「そう、ならいっか…今日厨当番のひとは?」
 「僕だよ。昼食までに起きないなら叩き起こしに行く」
 「ありがとう。よろしくね」

 こうして非番もふくめて、毎朝安否を確認して、不調の刀には誰かが介抱につくよう指示する。誰ひとり放置されることはない。こっちは折られでもしない限り死のうったって死ねない頑丈さだっていうのに、このあたりにも彼女の神経質な優しさがよく出ている。だからこそ、いつからか変に心配をかけないように朝食はほぼ全員参加するようになり、よほどで欠席するときは今日の奴らのように直接事前申請なり、同室の誰かに事情を伝えるなりする。
 
 それもできずにこの場にいない、ということもごくまれにある。それは、

 「大変申し訳ないんだけど、鯰尾くんの手入れが終わらなくて…あと二時間ぐらいで治るはずなんだけど…休みにさせてもらいたいのね」

 前日の負傷を引きずって、手入れが終わらないときだ。

 繰り返しになるが、大将は霊力の絶対量が多くない。刀剣が負傷したら即座に治癒させる大将だが、負傷者が多発すればその限りでなく、翌日になっても軽傷者が残る場合がある。どう考えてもそう責苦を負うようなことでもないのに、こういうことがあると絶望的に申し訳なさそうな顔をする。

 「だーかーら、主は気にしすぎ。そんな顔してたらケガした鯰尾も気遣うでしょ」
 「…すみません……」
 「病まないの、大丈夫だってば。うちの本丸は主のこと大好きだから、むしろみんな頼ってほしいって思ってるよ。そうだろ?」

 加州の旦那が、初期刀らしい貫禄で全員の意を代弁し、俺たちに同意をもとめた。恐る恐るといった調子で顔をあげる主人に対して当然誰からも否やはなく、力強く首肯を返す。

 「…そういうわけで、二番隊の編成に穴がでます。今日お休みの刀のなかで、代打してもいいって人は…」
 
 手を挙げない該当者はいなかった。ちょうど休みだった俺も含めて、文章が言い切られるよりもはやく全員が名乗りをあげる。「はいはーい!俺!」「私がやります」浦島に、寡黙な江雪の旦那まできっぱりと声を出した。よほど安心したのか大将は一瞬泣き出しそうな顔をしたが、手を挙げた全員にすっと目を走らせたのち、俺で目線を止めた。言われる前に頷く。

 「偵察能力値が一番近いのは俺だ。俺が行く」
 「…ありがとう、頼みます」
 「気にしなさんな、大将。休みなんてあったって俺はもてあますだけだよ」
 「かっこよ……恩に着ます」
 「おう。兄弟のことは頼んだぞ」
 「はい、責任をもってお返しします」
 
 お返しって言ったって、そもそも眷属全員があんたのものだっていうのに、泣きそうだった顔を一瞬でしまって姿勢をただし、大真面目な顔で一礼までしてそう言う。その律儀さを俺たちは好ましく思っているのだ。

 それからいつも通り、編成、予定の出陣箇所、内番への特筆事項をさらって、

 「それでは、今日もよろしくお願いします」

 この言葉を最後に、朝礼がおわる。「お願いしまーす!」主に兄弟たちのでかい相槌が響いて、全員担当部署に散り始める。大将は近侍、今日は加州の旦那を連れて執務室に戻る…のかと思いきや、今日は違って、まっすぐ俺のほうへ歩み寄ってきた。また申し訳なさそうな顔で、急遽鯰尾の代打をつとめたことへの詫びだと分かって笑ってしまった。本当に律儀なことだ。礼なんて言い始める前に、その唇の前に人差し指を立てる。

 「わ」
 「礼なんて言うなよ。いつも言ってるだろう。俺の自我に、あんたの役に立つこと以上の喜びはねえよ」
 「……カッコ良し男…振休、いつにするか決めておいてね」
 「持て余すって言ったろ。いらん」
 「ぐう…」
 「俺の望みは、大将が無理しないことだよ。こっちの休みなんてことに頭回すより、普通に甘えてくれ」

 このまま会話していたら、特別給だのなんだのって休み以外で報酬を取らせようとしてくるのが目に見えていたので、これで強制的に切り上げた。本人は追ってこなかったが、そのあと出陣前にお守りを渡しに来た加州の旦那に、「ちょっとは手加減してくんないと、あの人すっごいポンコツになっちゃったんだけど」と謎の文句を言われてわけが分からなかった。


*視点交替 ↑薬研 ↓主


 霊力が低い。
 
 この問題は、最初から明らかだった。そもそも本来、私は審神者になれる最低ラインにも達していなかった。それなのにこうなったのは、元来の人手不足に加え、本当はここを預かるはずだった従姉の急逝が原因だった。その上いろいろな不運が重なり、代打を探す時間の猶予はまったくなかったので、血縁かつ政府の事務方として就職の決まっていた私が拾われる運びになったのである。本来この立場にいるはずだった従姉と私の能力の差たるや、それはもう大問題だ。務めて一年弱の今も変わらず、というか、むしろ当初よりも問題は大きくなっている。

 霊力値というのは、審神者業ではあらゆることに直結する。たとえば、原点となる本丸の大きさ、設備の充実性なんていう基本的なところもそうだ。これは本人の霊力の質をそのまま写し取っているので、私の本丸なんて最初は六畳一間の、戦国時代の農民の家みたいだった。現在の豪華な城は、人数と博多くんの財なす能力でどうにかしているだけである。
 そして刀剣男子の修練度。顕現したときのステータスこそどの本丸でもイーブンだが、それからのレベル上げは、統率する主人の霊力が高ければ高いほど速いし、低かったら遅い。そのほか、彼らが負傷したときの回復や、鍛刀・刀装の作製についても審神者の霊力に依存するところが大きいし、それこそ根本的な話、刀剣たちを統率する力、つまり彼らの忠誠心だって基本的には霊力による。私の霊力の絶対値をみた担当者は、所属する本数が多くなってきたら、一部は離反するか、命令に従わない者も出てくるだろうと予想した。だからこそ、本丸を企業化するような施策を取らざるを得なかったのである。これが、現本丸の刀剣たちが口を揃えて言う、私の“律儀さ”の根源だ。別に私のもともとの性格がちゃんとしているわけではない。

 現在、当家所属の刀剣数は六十八になる。明石国行に関してはちょっと怪しいが、それでもかろうじて今のところは離反するとか、命令に従わないような刀はいない。でも、今後数が増えていけば分からない。霊力の減衰あるいは刀剣の増大で本丸を統率しきれなくなった審神者は解任、該当本丸所属の刀剣たちは刀解もしくは、政府の所属になる決まりだ。いつ御役御免になってしまうのか戦々恐々とはしているものの、かといって鍛刀をしないわけにも、あるいは戦場でドロップした刀を拾わないわけにもいかないので、今日はまだ大丈夫かしら、のギリギリを繰り返す日々である。わりあいメンバーに恵まれていて、彼らは私を慕ってくれている様子ではある、けれども。

 「四部隊とも出陣完了しましたよーっと」
 「ありがとう。お疲れさま」
 「ちょうど昨日奥州に出た奴らも戻ってきたよ」
 「え?…え、あ、やだ!出迎え損ねちゃった、おりなきゃ」
 「もうみんな風呂行っちゃったよ。上がったら和泉守が報告来るって言ってたし、待ってたら?」
 「ああ…やっちゃった…過酷な出張に追い出しといて出迎えもしないなんて」
 「気にしすぎだって。三日に一度はやってることなんだから、もう大げさに迎えなくたっていいと思うよ」
 「そうかなあ…疲れるだろうし、私なら足湯の準備して盛大に迎えてほしいよ…」
 「そうなの?じゃ今度出かけるときはそうしてあげるね」
 「…私はそんなブラック出張させられてるわけじゃないもん。そんなのされたら罪悪感で死んじゃう」
 「めんどくさっ。自分愛されてるーでいいじゃん」
 「……愛ねえ…」
 
 こういうことを言われると、うまく茶化せなくて口ごもってしまう。霊力が少ないことは申告していても、審神者のレベルに達していないこと、本当は事故による繰り上がり補欠でしかないことは彼らには言っていない。本当は彼らに信頼されるに足る実力もないのに、なんちゃってで審神者を騙ってだましているような胸糞の悪さがずっと渦巻いているからだ。
  
 「…なあに。俺のこと愛してないの?」
 「え?なんでそんな話になるの」
 「そりゃ愛発言で黙られたら心配になるよ!え何?愛してないの?なんなの」
 「ちょっと圧が強い圧が」
 「全ッ然答えてくれない!俺弄ばれてたんだ!?」
 「どこで覚えてきたのそんなの」

 実際、この本丸一古参の彼は、今更私の愛情なんて疑っていない(と思う)。この大騒ぎは、いつもなんとなく私の不安を察してのおちゃらけだ。愛してるだの好きだのと口に出すのは恥ずかしいから、そのたぐいのことをきちんと伝えたことはない。「好き!?」「そりゃまあ、うん」「はっきり言ってよ!」「うん」「じゃなくてさあー!」あざとムーブにまんまと元気づけられる。言わずにごまかせるかとのらりくらりかわしていたものの、あまりに離してくれないので根負けして「あいしてますよ」と言ったら、あんなにねだっていたくせに向こうが真っ赤になってしまったので引きずられて顔から火が出た。

 もちろん、愛情はある。 

 縁あって自分のもとに来てくれた彼らを大切に思うし、一緒にいたいけど、申し訳なさもまた同時に強い。ほかの本丸に顕現していたらもっと早く強くなっているだろうし、負傷からの復活だって本当はもっと早いのだ。かといって手放す選択もしてやらないのだから、霊力以外、努力で補える範囲のことなら全部やりたいと思う。通せる筋がそれぐらいしかないのだし。

 …なんて言ってたそばから。

 「主、オレだ。今戻った。報告に入っていいか?」
 「ぎゃっ」

 迎えに出なかったと大騒ぎしていた張本人の兼さんが、執務室まで上がってきてしまった。愛がどうたらこうたらとぐだぐだやっていたせいで、結局本刃に来させることになってしまい、土下座の姿勢で障子を開けた。
 
 「うわっなんだ!?」
 「出迎えもしなくてごめんなさい。おかえりなさい」
 「…お、おう…今帰ったぜ」
 「どなたも怪我なく?」
 「当然だろ、誰が隊長だと思ってんだ。資源もこの通り!」

 この短時間でよくも、というぐらいきれいにまとまった目録を渡された。達筆な字は堀川くんのものだろう。玉鋼にしても砥石にしても、確かに豊作だ。…当面調達に出なくてもいいかな、と思ってしまうぐらい。

 「…主?どうした」
 「え?あ、いや、すごいなと思って。ありがとう、助かりました」

 あと二振りで七十、また位が上がる。どこで限界がくるのだろう。その不安がまるまま顔に出ていたようで、慌てて笑顔を取り繕って目録を振った。さすがに不自然だったのか、二振りの怪訝な顔はあまり変わらなかった。



本当はマジで頑張りたかった

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