ゴミ箱

0611
Wed
まるマ 原作沿いやりかけた1話

***

 「珠里ちゃんいつの間に彼氏できたの!言ってよママさびしいでしょっ」
 「…なんて?」
 「とぼけないのっ、ママ知ってるんだからね!」

 身に覚えがなさすぎて走馬灯が流れた。うちのママは人の話とかは聞けないタイプなので、私が返事しようが黙っていようが、頭のなかで決まった物語が動かない。一応男連中の耳には入らないようにひそひそ声にしてくれているけど、一般家庭のキッチンからテーブルなんて距離は余裕で情報として拾えそうなぐらいには派手な渋谷美子劇場が繰り広げられていた。ぽかーん。


 ていうか、彼氏とは。本当に、まったく身に覚えがない。男子とふたりで歩くことなんてそれこそ有利か勝利ぐらいで、他人だったらあったとして他の女子を含む数人で動いているはずだ。

 「あのさ、なに見てそう思ったの?」
 「なにって、下着?黒くてツルツルの、こんな布のちっちゃくてセクシーなの、この前お洗濯に出してたでしょ。珠里ちゃんったらだいたーん」
 「はい?」
 「え?あったわよ。ちょっとそこで待ってなさい!」

 謎に一喝されて、キッチンにとどまる。ツルツルの、ちっちゃい。ママが言いながら指で示した三角は、下着を表すとは思えないほど小さかった。そんなのは絶対に持ってないので、どうせ下着ではない何かを見間違えたのだろうと思って皿洗いしながら待っていたら、

 「ほらッ」
 「ちっちゃ!」

 想像の倍小さかったし、ほとんど紐だった。絶対パンツじゃないと思って手にとってよく見たら、母の言うようにたしかに一応、パンツの形は成していてドン引きした。

 「ママお願い。これだけは信じて、私じゃない。彼氏いないとかは最悪信じないでくれてもいいけどこのパンツだけは嫌。絶対私じゃない」
 「えー?やだ、そうなの?やだ、じゃあ誰…まさかゆーちゃん!?」
 「これメンズじゃないでしょ」

 そんなばかなと鼻で笑ったとき、ふと数日前の記憶が蘇る。中学の同級生の村田くんと有利がふたりで歩いているところに遭遇したときの会話。

 『渋谷さんは知ってるの?双子の兄貴があんな趣味の――』
 『ばっかやめろ!言うな!誤解なんだよ!』

 あんな趣味の、なに、とは聞けなかったが、まさか、まさか。昨夜ライオンズ戦のハイライトに夢中になっている片割れを振り返る。いやそんな、まさか。



 「ちょっといい?」
 「ん?なーに…ってなになになにマジで」

 居間を出るところで有利を捕まえ、すぐ近くの浴室に引っ張り込んで後ろ手に鍵をかけた。これで別に持ち主が有利じゃないならいいけど、万が一そうだったとしたら勝利の耳に入れたら大変なことになるからだ。なんていう私の思いやりをつゆ知らない有利は、ビビって私から一番遠い壁際にへばりついている。

 「正直に答えて」
 「マジで怖いんですけど……別に嘘つくこと思いつかねえよ。なに?」
 「これはあなたの?」
 「なにが……ゲッ!」

 ポケットにしまっていたほぼ紐を見せたら有利は絶望したけど、その反応で私も絶望した。あきらかに初見のものに対する反応じゃない。というかほぼ肯定だ。自分のです、っていう。

 「なんで?どういう趣味?マジで嫌。引くんだけどほんとにどういうこと?」
 「おれの趣味なわけないじゃん!分かるだろ!?」
 「趣味じゃないならなんで持ってんの?意味わかんない最悪、変態」
 「ちげえんだって、異文化圏の標準装備っつーかなんつーか」
 「留学とか行ってないくせに、てかこんなの標準装備の国とかないから」
 「そうとは限らねえじゃん!あーもう!」

 バレたくないならしらばっくれればいいのに、根っからの正直者は嘘をつけない。有利は頭をかき回してまず私の手から紐を奪い取り、汚らわしいもののように床に叩きつけてから私の両手を掴んで床に座らせた。

 「あのな、二分だけなんの反論もしないで聞いて」
 「……タイマーかけていい?」
 「たとえだよ!多少はみ出ても大目に見ろ」

 結局話はまるまる八分かかった。紐パン一枚に必死すぎる、世界観が妙にしっかりしたフィクションだった。黙って聞けと言われたので、「…っていう、ことがあったんですけど…」という話の結びまで私はちゃんと反論しないで聞き終え、明らかに自分の話に自信を喪っている片割れに、

 「…結構面白いよ。設定しっかりしてるし。漫画でも小説でも売れちゃいそう」

 と伝えると、「おれ別に漫画家志望じゃねえし次回作にご期待くださいでもねえよ!」と怒られた。元凶になった紐が、その後ろで所在なさそうに落ちている。

 それにしても、この話をどうするべきか。有利がこんな手のこんだ、しかもファンタジー要素まで盛り込んで嘘くさい嘘をつくとも思えない。ママのよく言うイケメンの名付け親まで絡ませるなんて、すばらしくよくできたストーリーだ。でも魔法とか異世界とかは、ちょっと、ねえ。どうしたものかと自分と同じ顔立ちをじっとみていると、「…もーいいよ、おれの趣味ってことで」と諦められてさすがに同情心が出た。

 「待って待って。わかった。保留、信じないけど全くなしとは言わない」
 「……そんな残酷な保留されんだったらもう変態で割り切ってほしいんだけど……」
 「だってさすがにさ。逆の立場で考えてよ、真面目に打ち明けてもらえたと思ったら魔法だの異世界だのって」
 「……まあそうなんですけどォ」
 「私が自分の目で見れたら、全部信じる。見れないうちは、まあそういう設定ってことで話聞く」
 「設定って……人を痛々しいヤツみたいに」
 「すれすれだよ?」
 「まあそうなんですけど!!言い方あんだろ」
 「次行くときは連れてってくれればいい話じゃん」
 「連れてけるもんなら連れてきたいよおれだって」

 嘆き混じりのそのセリフを鼻で笑いつつ、鍵をあけた。セクシーランジェリーからこんなに壮大な話を作れるなんて、知らない才能をいつまでも出してきてくれて面白い人だなと思ってちょっとばかにしていたのだが、こういう話を始めたってことはまあ、要は有利にそんな創作の才能はなかったってことである。



 双子って互いに虫の知らせみたいなのが働くときがある。理由もなく妙に気持ちが沈むときは、片割れになにかショックなことが起きていたりするし、ふいに目が覚めるような衝撃があったときは、なにかで怪我をしていたりする。体調の悪さは全部連動。一方がインフルなら片方が無事に済むことはない。水疱瘡をふたりでやったときは、鏡写しみたいな位置に発疹が出て、高熱にさいなまれながらも微妙に感動した覚えがある。別にそんなのは偶然で、ただ同時に誕生しただけの兄妹だし、とか思っていたこともあったけど、十六年生きてくると、この関係には科学では説明しきれないなにかがある、というのは確信に近かった。

 私の場合は、有利がなにか恐怖を感じると、首筋がきゅっと縮まるような違和感が出る。今まさにでてきた感覚は間違いなくそれで、しかも今まで感じてきたどれよりも強くて、首筋どころか全身がぞっと総毛立つほどで、さすがに私もこわくなった。場所がよりにもよって銭湯で、男湯の暖簾がくぐれずに右往左往しているうちに、「村田ーっ!!」と一緒に来ていたもうひとりの友人を呼ぶただならない声が聞こえて、理性がなくなってしまいそのまま男湯に踏み込んだ。妙に人気が少ない脱衣所と浴室を駆け抜け、あきらかにおかしい勢いで渦巻く水のなかに有利をみつけて、手すりを掴んで手を伸ばした。

 「つかまって!」
 「珠里!?…」

 ほぼ水にのまれて有利の声が塞がれて聞こえなくなる。手だけは掴めたが引き戻せず、焦って私も湯に足を突っ込むと、あるはずの水底がなくて、あっという間に私まで渦巻に吸い込まれた。なんで、銭湯のはずなのにこんな海の天災みたいに。

 “トイレから流されたんだよ。いや、排水溝の幅とかどーなってんだよって思うけど。便座にすら肩幅おさまんねえしさ”

 パンツ片手に詰め寄ったあの日に聞かされた、荒唐無稽なファンタジーを思い出す。あれはどうやら作り話ではなかったらしい。握ったままの有利の手首を、より強く握りこむ。

 スタツアが終わったら、とりあえず謝ろう、と思った。



 「珠里!」

 背中から強烈な衝撃を食らい、真っ暗な世界から急激にせり上げた強い咳とともに起こされた。気が付くとぞっとするほど苦しくて、たった今まで気絶していたと分かった。咳き込むのをタオルでおさえてもらいながら、誰かに背中や腕をさすられている。

 「もう大丈夫だからな、ごめんな」

 大丈夫と言う自分がぜんぜん大丈夫ではない声で、半裸の有利がなぜか謝ってくる。ここで自分も有利も頭からずぶぬれだと気付いて、ようやく銭湯にのまれたことを思い出した。そうだった。途中で息が続かなくなって、異世界についていくどころか死ぬかも、の恐怖でじたばたして、水をのんでしまって物凄く苦しくなったあとからの記憶がない。

 手がめちゃくちゃに震えていて力が入らなかったことは、自分でも驚いた。寒いわけじゃないのに制御できない。本当に怖かったのだと実感した。

 「怖かったよな、ほんとごめん」
 「し、死んだと思った」
 「おれも焦ったよ」

 有利の手に引き上げられて、やっと座る姿勢になって周りを見渡す。天井の高い大浴場。さっきの銭湯とは格が違い、プールみたいに広々していてガラス張りで、大きな観葉植物まで植えてある。そして心配そうな顔の美形二人。設備も人間も確かにやたら美しく整っているが、基本的なつくりは馴染みがある感じでほっとした。

 「これが異世界で眞魔国?」
 「いや飲み込み早。そうなんだけどさ」
 「こんにちはー」
 「そんで順応はやっ!あー、縺薙■繧峨′螯ケ縺ョ縺医j縺ァ縺」
 「え?」

 さっきまで日本語だったのに、急にまったく聞き取れない音を口走られて慌てて有利の顔を見上げる。双方の普通の表情を見るに、今のがこっちの言語らしい。いよいよあのファンタジーに真実味がでてきて、ちょっと鳥肌が立つ。

 「縺ッ縺倥a縺セ縺励※縲ゅb縺?、ァ荳亥、ォ縺ァ縺吶°?」

 茶髪のイケメンににこやかに話しかけられていることは分かるが、内容がまったく分からない。私は知らない異国語でも強引にしばらく話を聞いていると、急に規則性を見出して聞き取って意味が分かるようになるっていう謎言語の才能があるのだが、さすがに異世界チューニング機能まではなかったようだ。途方にくれて兄を見たら、今更言葉の壁を思い出したようで、

 「…あ、言葉わかんねえ?お前でも?」

 と日本語で言われて溜息がでた。

 「異世界言語はさすがに無理かも…」
 「まあしょうがねえよな。心配すんなよ、おれ通訳するし」

 この才能が最初から備わっていたので、そう言われてもこれは動揺した。自分が喋れないとか分からないという感覚自体が初めてだったのだ。本当に耳慣れない、日本語とはかけ離れた文字化しづらい音をかじりつくように聞く。有利は美形ふたりに恐らく、私が一切言葉が分からないこと、今から自分が通訳することなどを話して、私のほうを向き直った。

 「こっちがコンラッド。噂のおれらの名付け親な。こっちがギュンター」
 「縺ッ縺倥a縺セ縺励※縲∵ョソ荳九?ゅヵ繧ゥ繝ウ繧ッ繝ゥ繧、繧ケ繝医?繧ョ繝・繝ウ繧ソ繝シ縺ィ逕ウ縺励∪縺」
 「はじめましてだって」
 「はじめまして、お世話になってますって言って」
 「おけ」

 会話のタイムラグがつらい。言葉が分からないのってものすごくストレスなんだなと思った。なんとか分かるようにならないかなとふたりの会話を聞いていたら、茶髪のほうが顎に手を当てて少し考えるような仕草をしたのち、急に聞き取れる言語を発した。

 「…英語ならいけますかね。初めまして殿下、ウエラー・コンラートです」
 「ああっ!助かる!分かる!」

 やっと分かる音を拾えて感動して、思わず両手を組んだ。ありがたすぎて、感謝に震えてほとんど泣きそうになっていたら、コンラートさんは人好きのする笑顔で「よかった」と言った。かっこいい。言葉が通じる安心感でやっとまともに顔が見れた気がする。

 「英語いける人がいるんですね」
 「ええ、俺は五年ほど滞在したので。ほとんど忘れかけてましたけど、こんな形で役に立ってよかった」
 「あ、タクシー相乗りの大恩人!」
 「とんでもない」

 と、ふたりで喋っていたら、ギュンターさんが後ろからコンラートさんを叱るような語調で何かを言った。それに彼は茶化すように何かを返して、私に向き直る。最後のほうはなんとなく、“だけのくせに”のような文言が聞こえたような気がした。

 「ずぶぬれのままで失礼しました。あちらでお召し替えを」
 「ありがとう」

 濡れた髪を絞ってタオルを羽織らせてもらった。漬かっていたのがお湯とはいえ、さすがに冷めてそろそろ寒い。



で案の定心が折れた。

hammock