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トマトジュースとコーヒーは飲み合わせが悪そうだし、どっちも嫌いなので根本的に趣味が合わないなと思った。
「この前前髪作る作らないの話したじゃないですか」
追い出したくて無視していた手前、覚えているなどとは言いたくなかった。が、無駄に性根が正直なので知らねえよ、とも言えずに黙ってカレーを食っていたら、「まだ悩んでるんですけど」と、勝手に覚えているていで話が進んでいたので生き物として負けた気になった。
「顔タイプ診断ってのがあるんですよ。知ってます?人間の顔8種類に大別するやつ」
「知らね」
「佐野さんはアクティブキュートだと思うな、私」
「…殴られてぇなら最初からそう言えよ」
「いやマジで。そうじゃなくて聞いて」
人をいきなりバカみたいなカテゴリに突っ込んできた根拠を、このあとゆきは延々と説明していた。話半分以下だったのでこの女がどのカテゴリなのかははっきりしなかったが、面長か丸顔か、とか、パーツの大小とかで分類分けして、髪型だの服だののどういう系統が似合うかの参考にする診断だということだけは分かった。
「結局私前髪あろうがなかろうがどっちもイケますみたいな診断になっちゃうんですよね。カテゴリとカテゴリのハザマに落ちちゃってるっていうか」
「……好きにすりゃいいじゃん」
「好きも嫌いもないんですよ今。だからせめて人から好印象なほうがいいなって、どっちがいいですか?」
「前髪があろうがなかろうがオマエは変で印象は悪い」
「ひど!」
「ごめん。にんじんあげるね」
「いらんし…」
言葉で拒否したくせ、スプーンを差し出せばいやいや口が開いた。本人基準ではこれも仕事のうちなんだろう。「カレーでもにんじん嫌なんですよね。自分で作るとき絶対入れないもん」それだけは趣味が合う。
「骨格診断っていうのがあって」
「…」
「これは3種類なんですけど。…佐野さん、ウェーブかなって思ったけど意外と骨格しっかりしてるからナチュラルかも。手みせてください」
なんとなくディスられた気もしたけど、わけも分からず怒るのも体力の無駄だなと思って流した。言われるまま手だの足だのを見せると、ゆきは悩んだ末にオレを“ナチュラル”に分類した。褒められているんだかいないんだか分からなかったが、「パリコレモデル体型ってことです」というのでひとまず怒らずにおいた。
「イエベとブルべっていうのもあって」
「なにお前。一生診断してんの?」
「全女子が生涯モラトリアムだと思いますね」
「主語デカ」
「佐野さんはイエベ春」
「なんて?」
「異論あるだろうな。これ以上言わないでおきますね」
「何もわかんねえまま終わったけど興味ねえからいいや」
「似合う色の話です」
「クソどうでもいい」
「何着たって似合う人には縁遠いんですかね。この手合いの診断って」
「つーかどれ着たって中身は同じじゃん」
「人の印象は外見9割なんですよ。ルッキズムアンチもわかりますけど、こればっかりはね、数字が物語る真実ですから」
まるで印象操作の自己分析にめちゃくちゃ頭を使っていると言わんばかりの言葉えらびだが、そんなゆきの今日の服はグレーのパーカーと懐かしの三本線ジャージにクロックスだ。それほど偉そうに言うなら顧客への印象にも配慮してもらいたいところではある。「あジュース飛ばしちゃってた。返り血みたい」ていうか不向き。
「絶妙に不謹慎な話していいですか?」
「診断系じゃねえなら聞く」
「それもう終わったんで大丈夫です。お客さんの話シリーズで、殺人冤罪で捕まってから社会的に死んじゃってる50代女性の方の話なんですけど」
「その時点で不謹慎感出てない?」
「いやこの前情報はあんまり関係ないんです。その方いまお母さんの介護されてるんですよ。なんかまだほんのり疑われててちゃんとヘルパーさんとか訪看さんとか回してもらえないから、私たまにもうひとり友達の看護師と一緒にお手伝いにいくんですよね。お母さん重度の呼吸器障害があるんですけど、まあそれは置いといて」
「……」
「先月お伺いしたとき、そのお母さんのTシャツが虎杖悠仁だったんですよね。UTの期間限定コラボのね」
「はあ」
「でその翌週も伺ったんです。なんだったと思います?ヒントはこちらもユニクロ縛り」
「……ルフィ?」
「それがプレデターだったんですよ」
「……」
食べる手が思わず止まる。本気でその2キャラをつなぐ規則性を考えて次を悩んで、一歩遅れて反射で考えさせられたことの悔しさが襲ってくる。いつもそうだ。その気はなくとも聞き捨てならず応えてしまう話題のレパートリーが、まだ尽きない。
「……次は?」
「賭けてたんです。私はトトロかなって。ナースの友達は大穴でトゥイーティーじゃないかって言ってて。なんだったと思います?」
「…ドラゴンボール?」
「モナリザです」
「むり」
自分の声帯から聞いたことのない、ひきつれた高音がした。食べかけのカレーを吹きそうで持っていられず、スプーンも投げて目を覆う。笑いを堪えすぎて涙すら滲みだしたとき、「私泣きました。本人の身体拭きながら、でも声出して笑えないから、ほんとつらくて」と言われて深く共感せざるを得なかった。現物見たらそれは百倍つらいだろう。
「で、翌週、今度こそお互いの予想ジャンルが来ると思ってね、伺ったんですよ。そしたらね」
「名画シリーズふたたび?」
「いや、亡くなってて。ご本人が」
「………オマエさぁ」
「だから最初に言ったじゃないですか!不謹慎だって」
「…まあ、絶妙だった」
笑っていいか泣いていいか分からない話だ。悪口ともいえないが本人にも言えない。そしてその当事者は亡くなっているときた。時計をみたらちょうど丑三つ時で天を仰ぐ。呪われそう。
「…そのバーさん次のオレの夢に出てきたら生にんじん一本食いしろよ」
「えっやだ。っていうか佐野さん顔知らないじゃないですか。出てきたとして知らんおばあちゃんがモナリザのUT着てるだけですよ。怖いどころか笑うでしょ」
「笑って祟られんのヤなんだけど」
「そこは佐野さんの頑張り次第ですよね」
「……自信ねえわ」
「おっ。そこまで笑わせられるなんて出世しましたね、私」
「お前の奇跡的な体験談だろ」
「いやそれが、この話これ以上のオチがあるんですけど」
「ハ?」
死ぬ以上のオチが思いつかずにゆきを見やる。トマトジュースの紙パックをつぶしてから、ストローを噛んだままのすっとぼけた顔でこのバカは一番嫌なことを言った。
「実はぜんぶ作り話なんですけど、どうでした?」
「どっからだよふざけんな」
逆に前髪に二年迷走しているくだりのほうが本当だったらしい。それこそ嘘であれっていう。
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