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「おみやげです」
ウーバーイーツみたいなでかいリュックで現れたと思ったら、本当に配達員みたいに目の前にポリ袋を突き出してくる。店のロゴも入っていない、100枚100円みたいなペラペラの。一応受け取って中を見たら、春千夜にでも吹き込まれたのかたい焼きが5個並んでいた。冷めてもそれなりにうまかった。
「…どこ行ってきたの」
「鳥取です。倉吉にちょっと有名なたい焼き屋さんがあって」
「へえ。仕事?」
「ええ。恋人連れて帰省するはずが別れてしまったそうで、急遽恋人のふりを、というご依頼でした」
「すげえ見栄」
「それがちょっと事情が事情で。お父様が重病でいつ亡くなるか分からないような状態だから、せめて相手の顔を見せて安心させてあげたかったみたいです」
「…そうなんだ。別れた相手だってそれ言えば来るだけ来てくれそうなもんじゃねえの」
「私もそれ思ったんですけど、実際は逆だったんですって。そんな覚悟はできない、ごめんなさいって。結婚結婚ってプレッシャーになったのかもって笑ってらっしゃいました」
「……わかんねえもんだね」
「ね。そういう世知辛い思いで買ったたい焼きです」
「まずくなるからやめて」
「すみません」
向かいに座ったゆきは、服装こそいつもと同じだったが、めずらしく髪を整えて化粧していた。目が一回り大きく、肌が白い。恋人のふりからその足でそのまま戻ってきたのだろう。着替えている暇はあっても、荷物を預けるなり顔をおとすなりの時間はとれなかったらしい。ふいに、これまで一度も、ゆきにここに来る前後の生活を感じたことがなかったことに気付いた。あまりに変な奴なせいで、まるでここにいる時間以外は生きていないような認識だった。人間なんだった。忘れてた。
「お前っていつ寝てるの」
「ここに来る前に寝てますよ」
「今日は?」
「寝てないですけど、まだ徹夜一晩ぐらいなら余裕です。お気遣いなく」
「…」
愛想よく微笑む顔を見る。塗っているせいでいつもより顔色よく、元気そうに見えるものの、不思議と心もとなく感じた。少し前にゆきが言った、人の印象は外見9割、が頭をよぎる。中身を見ていない奴が多いんだなと世間を馬鹿にして他人事に聞いていたが、見事に自分も当てはまったわけだ。相手の見た目がよくなったらとたんに健気に、好意的にとらえている。
「……今日、あっちにしようか」
「え」
「転がって話して。寝たら寝たで、別にいいよ」
非常識を極めた生き物とはいえ、さすがにこれには驚いたようだ。ぱちぱちと目を瞬いていたが、結局数秒で「じゃ、ありがたく」と快諾された。
新品の靴同然だった存在感は、同じ寝台の沈み込みでちゃんと人間になった。体温を発し、呼吸をする女の肉体。不眠で死んだと思っていた雄の回路が反応しかけたので、こいつが死んだばあさんのTシャツをネタにしてきた時の顔を思い出して打ち消した。ないない。
「ベッドでいうと、イケアの家具の組み立てに呼ばれたことがありました」
「正規にやらせたほうが安くね」
「そのぐらいイケるって思ってたみたいです。だけど、組み立ての鉄の棒が3種類計104本あって」
「何それ。剣山にでも寝んの」
「棒をこう、長い棒に刺してって平面にするというか。伝わります?」
「104本になる理由わかんねえけどまあいいや続けて」
「イケアの家具組み立てたことあります?」
「ない」
「けっこう不親切なんです。Aの棒Bの棒Cの棒の違いって、微妙に長さ違うとか先端の形状違うとかしかないんですけど、シールとか貼ってくれてないし束ねてもくれてなくて、全部ごっちゃに入ってて、まずそこの分類わけから入んないといけないんですよね」
「……悪意あんじゃんそれ」
「私も思いました。お客さん、一回だけレンタル友達で高級フレンチにお付き合いした人だったんですけど、1K20平米の、引っ越し仕立てで段ボールだらけで十分な作業スペースのない空間で、棒がこのイラストのベッド状になるのにいったい何時間かかるんだと絶望して、深夜12時に途方に暮れて私に電話くれたんです。仕事は翌8時から。ファイッ!って感じでした」
「ホテル行けよ」
「行ったとて明日仕事から帰ってきてこの惨状みたら自殺すると仰ってました」
「……」
言うだけのことはあり、男は軍手を買っていっただけで泣いて喜ぶような精神状態だったらしい。だが、絶望のなかの孤独感が紛れればある程度冷静になるようで、呼ばなくてもよかったのではないかというぐらい作業はあっという間に片付いたそうだ。拘束時間にして約1時間弱。それでもとても助かったと諭吉を握らせて帰してくれたという。いい人間もいるんだなと思った。
「そんな奴でもレンタル友達とか使うんだね」
「ご友人はそれなりにいらっしゃるようですよ。でもブランドとか流行りってものを毛嫌いするようなタチだから、自分が興味あるとは言いづらいし、割り勘もさせづらいと」
「……そんなの」
「彼にとっていちばん丸い方法だったんだと思います。身近だったらちょっと寂しく感じるぐらい、いい人だなと思います」
「……」
自分とは真逆の性質だ。まわりにだって、好きなものは好きだと言ってくるような人間しかいなかった。……ように思っていたけど、実際はどうだったのだろう。自分の声が大きい分、人に抑圧させてはいなかったか。
ネガティブの沼にはまりかけたところを見抜いたのかなんなのか、とつぜんゆきが意表を突いてきた。
「佐野さんもそういうところありそう」
「……は?」
「人のために我慢とか、結構しちゃいそうですよね」
「………目ぇ節穴なんじゃない?」
「え?けっこう自信あるけどなあ。いろんなひと見てきたし」
媚びでも売っているのかと思ったが、その顔は考えてものを言っているようではなく、「我慢で言うと」と次の話をはじめかけていた。悔しいながら、適当に漏らしたようなセリフで落ちかけたところを救われてしまった。
「お前寝なくていいの?」
「喋ってると眠れないんですよね。目バキバキ」
黙ってりゃいいのに。
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