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 「綺麗じゃの」

 やや冷え込む空気質は澄んでぱりっとしていて、星の光をよく通した。そうですね、と答えて、彼の手を握り返す。あの頃よりもさらに剣だこがなくなり、皮膚が柔らかい。

 ネット上の誰ぞに吹き込まれた夫婦間のスキンシップ不足という指摘を、思いのほかリリア様は重く受け止めているようだった。あのあと寝室に向かうではなく、今私たちはディアソムニア寮の屋根の上で、星空をみている。ずっと手を繋ぎながら。

 手を繋いでの逢引は、うんざりするほど長い生涯でもたしかこれでまだ三度目だ。一度目は、シルバーの小さな手越しに手を繋いだとき。二度目は、結婚のお申し出をいただいた晩。

 「こうも時間が経つと、多少は星座のかたちも変わるものなのですね」
 「星が数個燃え尽きるほどの時間を過ごしているということじゃな。まったくしぶとい」
 「…人の子の時間というのが、効率良く見えて仕方がないです」
 「そうじゃな。先方は意外にも我々ほど長い時間を過ごしたいようだが。人も妖精も、ないものねだり、という点では似通っておるの」

 自分が羨む生き物から逆に羨まれていると思うと、とたんに自分が浅はかに思える。どんなに頭の良い者であっても、幸福度を数値化して優劣を図れはしないのに。

 「母上!親父殿!」

 呼び声に振り返ると、ちょうどシルバーとセベクが梯子伝いに上がってくるところだった。やや安堵したその顔から、おそらく探させていたようだ。それをわかった上で「なんじゃー?」とそらとぼける声は、明らかに若輩をおちょくっている。

 「どちらへ行かれたのかと…心配しました」
 「すまんすまん、夫婦の睦事の真っ最中での」
 「「エッッ」」
 「違います。いちいち間に受けるのはやめなさい」

 間に受けたわけではなく、正しく状況を認識しただけではあるが、私が彼のプロポーズを受けた直接の原因は実は8つの頃のシルバーである。うっかり物陰からリリア様が私に言った『一緒になってほしい』を聞いてしまい、そののちに『エレン様が母上になってくださるのですか?』と追い討ちをかけてきたからだ。後になってみればそもそもシルバーの耳に入りうるところでプロポーズしたこと自体、リリア様が仕組んだことだと分かるけど、当時はずいぶん慌てたものだ。恋仲ですらなかった元上司の爆弾発言に。

 「何かあったの?」
 「マレウス様がお二人を探されていたのです。知らせてまいりますので、こちらで待っていていただけますか」
 「待てシルバー、僕が行くからお前は…」
 「一緒でいいだろう」

 むだに聴力がある妖精族の耳は、俺も邪魔はしたくない、と小声で言っているのがきちんと聞こえてしまい、笑ってしまった。そう気遣われるような間柄でもないことぐらい、とっくにシルバーなら気付いているはずなのに、彼はいつまでもちゃんとそのように扱ってくれる。

 結局、私たちにさんざん動かないよう念を押して、ふたり揃って屋根から下りていった。

 「よくできた息子じゃ」
 「そんなに気を遣わなくてもいいのに」
 「なに?わしは多少は気遣われたいぞ。縁定めからたった十年ぽっち、新婚さんじゃろが」

 まじめくさった新婚さん、なんて言い回しで思わず噴き出してしまった。いくら長寿だからといって、家族に関して十年の歳月を“新”で表すほど悠長でもない。本当に今夜は妙に、夫婦、というかたちに配慮してくれる。

 笑ってしまった私にリリア様は丸出しで拗ねていた。