ラキストとコーラとTシャツとケーキ

***97年 8月1日 金曜日 午前6時



 ――ミーーンミンミンミンミン!


 「うわっ」

 眠気でぼーっとしていた頭が、とつぜん爆増したセミ音源になぐられた。驚いて握ったばかりの包丁を置いてあたりを見渡す。どうしてこう、音だけであつくるしさを演出できるんだろう、セミって。エアコンの調子が悪くてただでも暑いのに、こんなの聞かされたらよけいに汗がふき出てきてしまう。

 「うるっさい…」
 「庭の木じゃねえのか」
 「そんな距離じゃなくない?」

 たぶん、もっと近い。…家の壁だ。気付いてしまうと目が三角。いちばんうるさくて怪しい窓をにらみながら、手近なハタキを手に取ったら、「こら」とじいちゃんから声が飛んできた。

 「……。追っぱらうだけよ」
 「間違っても潰すなよ」
 「わかってる」

 じいちゃんはなぜか、セミ殺しを許さない。地中に7年もいて、地上は7日だけなんだから、って理由で。そんなの向こうが好きで埋まってるかもしれないのに、勝手に可哀想がってゴキブリと区別するそのラインはなんなのか。まあ、潰して中身が出るのもイヤだし、殺したいわけでもないけど。

 問題の窓を薄く開けると、音量はさらに跳ね上がる。顔をしかめながら右上を見ると、やっぱり熱唱する標的が壁にくっついていた。「ほら、いた!」「潰すなよ」「わたしだってヤだよ気持ち悪いし」ハタキと腕だけ外に出し、ぎりぎりまで腕を伸ばして、ハタキの柄で近くの壁を連打すると、ふっつりと耳障りな音が止まる。動く音源に慌てて窓を閉め切ったと同時に、ヤツが壁から剥がれて飛んで行ったのが見えた。よし一仕事終えた!と、思ったら、今度は階上から大量の目覚ましがいっせいに鳴り始める。

 「あー!もう!!次から次へと」
 「おーおー…まーたかけたのか、万次郎」
 「うるっさすぎ!じいちゃんも説教してよ」
 「ラジオ体操に行くやる気は削げねぇんだろ、おまえも」
 「……そう、…なんだけど、さぁ…」

 初めての夏休みの三男坊は、なぜか朝6時半からのラジオ体操をやりきりたい気持ちだけやたらに強い。他の宿題なんて見向きもしなかったのに、本当にどうしてかラジオ体操のカードだけはランドセルから自ら出したし、夏休み開始から一週間以上経つ今も皆勤は続いている。続いている――と、いっても、なにひとつ自力ではないが。隙あらば寝る本人は、この大音量にも身じろぎひとつしない。皆勤継続の理由はただひとつ、

 「いい加減にしろ!!」

 毎朝毎朝律儀に叩き起こしてあげている、ブチ切れ次男坊のおかげである。

 9歳が降り下ろす蹴りの振動ごときで、木造の旧家屋は壁から天井からミシミシ悲鳴が出る。鳴りまくっていた目覚ましはたぶんイザナの手でばんばんと叩かれて消えていき、わたしのさっきまでのセミや弟への怒りは、音の減少に伴ってすんと落ち着いた。

 「じいちゃん、魚の干物なにがいい?」
 「…なんでもいーわ」

 会話の合間にも、初撃で目覚めた万次郎とイザナの攻防の振動が止まらない。時折エマの声が「やめて」と呼びかけているがなにも止まらず、でも結局どういうオチでか、いつも3人してラジオ体操には間に合う時間にどたどた階段を下りてくる。いつも。

 「万里子、麦茶!」
 「おはようは?」
 「おはよう!」
 「はい、おはよう」

 今日も芸術的な寝癖で人を麦茶呼ばわりした真ん中っ子が、まっさきにグラスを奪っていった。きんきんの麦茶を起き抜けに一気飲みしてお腹に響かない生命力の塊にもういっそぞっとする。「おかわり!」はい、そうですか。

 「イザナとエマは?いる?」
 「いるー」
 「…マジうるせえ毎朝毎朝……」
 「電池抜いとけば?」
 「抜いてんの戻すんだよこのバカ知らねえうちに」

 万次郎とは対照的に、イザナは氷抜きの麦茶をやや時間をかけて飲む。そんなオトナの飲み方は待っていられないちびっ子は、自分が寝坊したくせに急かすようにイザナのTシャツを何度も引っ張っている。最近イザナのTシャツだけ、畳んでも端が合わない理由がやっとわかって、地味に納得した。これか。

 「はーやーく!!」
 「るせぇな、一人で行けよ…」
 「ハンコ係オマエじゃん。はやく!」

 急かすあまり兄の膝裏に、加減を知らない6歳児の蹴りが入りそうで、慌てて万次郎を捕まえて引き離す。「なに!?ジャマ!」と暴れる弟に、飛行機のスタンプを握らせて玄関のほうへ放った。

 「あと3分!」
 「エッやば!いってきまーす!」2分ほど詐欺で言った時間を疑わずにまるっと信じて、万次郎は弾丸のように飛び出して行った。それを追ってエマが「待ってー!」とわたしの横を抜けていき、なんだかんだ面倒そうにしながらイザナも歩いて追っていく。

 「行ってらっしゃい」
 「ン」

 ゆったりとイザナが廊下を進む間に、弾丸が往復してきて飛ぶように彼を拉致して行った。常に早送りみたいな生き物が家から消えると、一気に静かになる。

 つくづく万次郎はイザナに懐いたなと思う。この三日坊主に終わらない早起きだって、目的はラジオ体操への皆勤なんかではなくて、イザナを自分の生活に巻き込むためなんじゃないだろうか。彼とケンカして叩き起こしてもらって、公園に引きずって連れて行くために、続いているんだったりして。…ありえる。だとしたら。

 「自由研究、イザナと一緒ならやる…かも?」
 「バイク絡みならイザナも乗り気になるし、協力者もつく」
 「うわ、天才。ありがとじーちゃん」

 って、思いついたところで、今はなんにも時間がない。邪魔の入らないうちに作ってしまわないと、またメシはまだかだの、卵はちゃんと焼けだのとピーチクパーチクが始まってしまう。そそくさと台所に戻ったところで、今度は玄関からなにか倒れる音がして、また包丁を握りそこねた。

 「ちょっと、今度はなに!?…………は?」

 玄関まで走って様子を見に行ったら、いたのは心配した下の子たちではなく、まさかの上だった。かまちの段差も感じない様子で転がる真一郎、その背中を揺すって呼びかけているワカくんに、オミくんを背負うベンケイくん。全身から力が抜けていく。明らかに、ただの飲んだくれだ。

 「悪い、万里子。やりすぎた」
 「……そーみたいだネ…」

 憧れのワカくんに謝られても、冷えた気持ちがちょびっとしか戻ってこない。ぐしゃぐしゃの髪にはあちこち紙吹雪がひっかかり、横を向いて寝ていて片方しか見えないまぶたにはデカデカと油性ペンで目が、頬にはきたない字で『永えんの17才』『誕生日おめでと』などと誤字まみれながらにかかれていた。一晩中祝われていたんだろう。6時間とすこし前に、17歳になったから。

 「シンイチロー、おーはーよー」

 頭頂部を掴んで揺さぶると、ようやくねぼすけが身じろぎした。マンガ目がびく、と震えて上に閉じ、本物の目が開くそのさまがキモくてちょっと引いた。まぶたの上の目って、絵ってわかってるのになんでか瞬きの一瞬でもちゃんと目に認識しちゃって気が散る。

 「あ、万里子だ〜〜。ただいまァ」
 「おかえり〜。しんいちろーくんはぁ、なんちゃいになったんでちゅかあ?」
 「じゅうななさいっ、どぅえーす!!」

 アルコールでふにゃふにゃの高校2年生は、そう言ってびしっと右手を挙げる。起き上がると、さっきまで隠れていた左頬に豪快な巻きグソが赤ペンでかいてあるのがあらわになって死ぬかと思った。ビデオにでも残しておきたかった。小学生男子たちにでも見せればバカ笑いして一生リピート再生しただろうし、わたしも正気に戻った本人に見せて何度でも当てこすりたい。

 「お酒はぁ、なんちゃいからですかぁ?」
 「じゅうよんちゃい?…いってえ!!」

 叩けと言わんばかりに出された頭を遠慮なく引っぱたき、崩れてきた長身を受け止めた。重いけど仕方がない。

 「送ってくれてありがと、3人とも」
 「…しっかりしてんねオマエ」

 ばかに重たい長身をかかえてどうにもできない間に、ごめんな、とワカくんに頭を撫でられて、ときめきすぎて心臓から喉の奥が引っ張られて縮まった。一瞬で耳まで赤くなったのが自分でもわかったし、とても彼のほうを見れず、意識のない真一郎に「起きて!」とごまかしの頭突きをかましてしまった。石頭だからヤツは無反応で、こっちばかり被害を受けて泣きそうになった。



 さて。

 やっとの思いでサンドバッグ(真一郎)を居間のソファまで運び、タオルケットをかけた頃、ふたたび玄関が騒がしくなる。子どもたちが帰ってきたのだと気付くと同時に、何も朝食の準備が進んでいないことに気付いてがっかりした。また文句言われ「万里子メシー!…タバコくさ!メシできてねえじゃん」…ほーらきた。

 「…このタバコ臭いののせいでまだです。ご飯自分でよそって」
 「えーー」
 「えーじゃないそのぐらいやんなさい」

 ぶーたれる三男坊に無理やり茶碗としゃもじを握らせる。しばらく不満そうにわたしを見ていたものの、無視してわざと忙しなく手を動かして家事をすすめていれば、諦めて自分で米をよそい始めた。ちょっと前だったら拗ねちらかして全部放り出して床に転がるなりしただろう。大きな成長だ。

 「イザナはー?どんくらい?」
 「ちょっと」
 「ちょっとってどんぐらい!?」
 「3分の1ぐらい」
 「わかんねえし」
 「自分でやるっつの」

 たかがご飯一杯よそうのにこの騒ぎ。ついていけない末っ子が順番待ちしているのに卵と箸を持たせて、「先に並べてきて」と伝えると、ぱっと頷いてテーブルに走って行った。アホの小学生男子ズがよほど反面教師になっているのか、エマはおりこうさんに育ち過ぎているふしがある。

 だいたい全部並べ終えて、最後の味噌汁を持って行ったら、エマがじーっとソファの真一郎を覗き込んでいた。よだれでも垂れてるのかと思ってそれを一緒に覗き込むと、そういえば顔のうんこやら目やらそのまま転がしてたんだったと気付いた。案の定わたしたちにつられて覗き込んだイザナと万次郎は、横で火がついたように笑い転げ始める。

 「うんこ!!うんこと目描かれてる!!」
 「ダッセエ!!!」

 このくらいの子たちってうんこネタがまあハマる。ところが床を叩く勢いで爆笑する兄たちとは真逆で、エマは心配げな顔でわたしを見上げた。

 「ネエ、今日って……」
 「今日?……あ、」

 言いよどむさまを見てようやくぴんときた。真一郎の誕生日会をしようと今年いちばんに言い出してくれたのはエマで、今日は一緒にケーキを作る約束をしていた。主役がこんなではぜんぶ中止なんじゃないかって、心配しているのだろう。屈んでおりこうさんの頭を撫でる。

 「大丈夫、寝てるだけだから。夜には一緒に食べられるよ、お昼から一緒にケーキ作ろ」
 「…うん!」

 作ろうと言ったら、ぱっと目がかがやいた。作るのが楽しみだったらしい。ちゃんと笑顔になったことにほっとして、食卓に誘導しようとして、あの爆発的な笑い声が消えていることに遅れて気付いた。

 「え?なになに、エマとケーキ作んの?なんで?」
 「……」
 「真一郎の誕生日だろ」
 「え?あ!もう今日8月!?」

 キッチンにいるのがエマひとりなら何とかなる。けど、この悪ガキの1匹でも入ってきたら作業は進まない。だから知れたくないなってうっすらとは思っていたのに、完全に今のはうっかりだった。基本弟はかわいい、かわいいのだけれども、今、万次郎のこの笑顔は、笑顔は……。

 「オレらも一緒にやるー!」
 「……っ」
 「“ら”って何だよ。勝手にヒトを巻き込むんじゃねえ」
 「いいじゃん、今日パーティだしー」

 キッチンどころか、ダイニングごと吹っ飛ぶかも。午後の苦労を思って静かに頭を抱えたわたしに、じいちゃんの容赦ない念押しが入る。

 「火事にはすんなよ」
 「………したいわけないじゃん…」




*午後6時(作業開始から6時間)




 結論から言うと、戦争だった。

 平和なところで言えば、粉をふるいにかける時点で量が3割減とか、かき混ぜるのに中身の2割ぐらいがまわりに飛んでいって、子どもたちが粉だらけになった、など。それぐらいで止まっていてくれればよかった。ハイライトは、エマの手元でボールが逆さにひっくり返ったとき、その後ろで小学生男子2匹の喧嘩に巻き込まれたストックの大量の粉が地に落ちた事件。あれで買い物からのリセットが決定して、掃除も込みにすると計算していた3時間なんかではぜーんぜん、終わらなかったのである。

 ようやく生地をオーブンに納め、焼き上がるまでの間に粉だらけの子どもたちを本日3回目の風呂に突っ込んで、夕方6時。他は何もできていないし、ケーキも素のスポンジのままで、普段なら夕飯を始めている時間になってしまって、空腹のちびちゃんたちがへそを曲げ始める。

 「腹減った〜〜〜」
 「……出前にしよう、出前…なにがいい?」
 「ピザ!」
 「中華」
 「唐揚げ!」
 「……」

 エマはともかく、例によってなにも揃わない上2人。諫めるにも疲れてきて、ソファで子機と各出前のメニューを手に動けずにいたら、すっと一枚後ろからメニューが抜かれた。

 「今日はスシだろ〜」
 「…真一郎」

 振り返ると、ようやく目覚めたらしい長男が、特上セットを指してメニューをわたしに突き出していた。「「寿司!!?」」後ろで冷戦中だったはずの2匹も、彼らの要望とだいぶ系統は違うのに寿司と言われれば話が変わるようで、歓声とともにハイタッチしていた。結局まとめるのはこの男なんだよなあと、苦もなく一瞬で駄々っ子の機嫌を直した真一郎にちょっと悔しくなる。そんなわたしの機嫌が落ちたのも見抜いてだろう、大きい手が無遠慮に前髪をつぶして、わたしの額に乗った。

 「疲れたな。悪かった」
 「……お酒はハタチから」
 「ハイ、すんません」

 ちゃんと頭を下げられると、なんだか留飲が下がってしまった。むしろ誕生日に八つ当たりをして謝らせたことに罪悪感が出て、「いいけど」とむりやり取り繕うと、「サンキュ」と頭を撫でられて結局むかついた。敵わない。

 「んで?アレはエマがなんか作ってんのかなぁ〜?」
 「あ!ニイはまだ見ちゃだめなの!」
 「えーでも早く見てぇなー。ダメなのエマちゃん?ねえねえ」

 度重なるアクシデントで凹みつつあったエマも、この調子であっという間にご機嫌を取り戻し、なんだかんだで焼き上がったスポンジケーキの飾りつけは真一郎も含めて全員参加に決定した。

 とはいえ、時間的にお腹がすいているのも事実。出前に先に電話をかけて、お寿司をつまみながらケーキをかざりつけるっていう、なんとも食べ合わせが悪い感じのパーティになった。

 「魚臭嗅ぎながら生クリームって結構キツくない?」
 「そう?オレ意外とイケるかも。クリーム食っていい?」
 「ウソでしょ…うっわ」

 兄の順応性には、わたしも下の子たちも揃ってちょっと引いたが、マグロを食べたその口で普通に生クリームをつまみ食いする顔を見ていたら、なんだか慣れてしまって、結局全員甘としょっぱを交互に行き来しながら作業していた。どうかと思ったけど、寿司とデザート類の間に唐揚げかポテトを挟めば意外に普通にいけてしまう。まあ、じいちゃんだけは考えられんと顔を顰めているけれども。

 「いってぇ!」
 「魚素手で食ってイチゴ触んな」
 「こまけぇ」
 「あっそケーキ食って生臭ぇって文句言うなよ」
 「言わねえし!」

 高らかに宣言したそばから、自分の手でイチゴをつまみ食いして「臭っ!」と叫ぶ。掌返しが素直すぎて、注意したはずのイザナまで笑っていた。「だから言ったじゃん」ぐうの音も出ない万次郎はそれを無視して台所に立ち、手をがんがんに洗って戻ってきたと思ったら、急にきっちりと寿司は箸、イチゴは素手を遵守し始め、そのさまがまた面白くて笑いを誘った。

 下段のクリームとイチゴは男子たちによって完成、あとはエマが最後のクリームの飾りつけを終えればおしまい。集中する口元を、真一郎が何度かポテトでつついていたが、食べてもらえていなかった。

 「…できたぁ!」
 「おおー」

 予定の6号から材料の減少で結果的に5号の厚め。しかもつまみ食いでだいぶクリームは薄く、苺も微妙に寂しかったものの、結果的にちゃんとケーキの形が現れて、心底ほっとした。形が見え、感心のリアクションがもらえれば、半日の苦労もなんだか報われる。

 クリームのボウルやへらを回収して、真ん中にケーキを残したまま、半分以上片付いてしまったご飯だけのテーブルを整える。その間にイザナが、どこからかラッキーストライクのソフトパックとライターを出してきて、真一郎に差し出した。

 「ん」
 「へ?なに、落ちてた?」
 「ちげーよ!オレが買ったの」
 「「え」」

 声はわたしもかぶってしまった。若干小学生で買ったものを贈るとは思っていなかったし、真一郎がいつも吸っているタバコを、銘柄もパックもちゃんと間違えずに持ってきたこともそう。わたしたちふたりからの驚きの目線に、イザナはだいぶ居心地が悪そうだった。

 「えー!誕プレー!?サンキューイザナ!!」
 「すごいね!?似たようなのいっぱいあるのに、ちゃんとラキスト、しかもソフト」
 「それな。記念に大事に取っとくわ」
 「吸えよ!!!!」

 このイザナのプレゼントを皮切りに、授与式が始まった。「オレもあるー!」と万次郎もダッシュで部屋を往復して戻ってきて、ココアシガレットと室温にあったまった瓶コーラを真一郎に差し出した。去年までならかたたたき券とか言ってただろうに、万次郎も買ったものだったからわたしは再び面食らった。イザナが買っていた影響なのだろうか。値段にすればたぶん200円ぐらい、だとしたらたい焼き2個分は我慢したはず。イザナにしても、ライター込みでその倍くらいか。少ないお小遣いから兄のために工面したと思うと微笑ましくなり、ふたりの頭を撫でまわした。

 わたしも今かと思い、テーブル下に置いていた紙袋をそのまま真一郎に押し付けた。

 「はい」
 「なにこれ」
 「Tシャツパック10枚入り」
 「10枚!?…しかも全部同じじゃん!!白T!」
 「だってなんかすぐ汚したり破いたりするじゃん」
 「しねーよ妹の誕プレを!?大事に着るわ!」
 「いや普通に着て。それ10枚で2000円だし」
 「やっす…」

 あまりの激安ぶりに文句は言いつつ、そのうちの1枚をその場で着てくれた。激安のわりにはそんなに死んだ生地ではなく、ちゃんと似合っている。

 「エマはこれ」
 
 自分でぜんぶ作ったわけではない罪悪感からか、控えめのボリュームになったエマの背中をそっと押す。そのチョコプレートに絵と文字をかいたのは、他でもなくエマなのだ。後押しを受けて、エマはぱあっと笑顔になり、ケーキにさす予定だったそれを、真一郎に両手で差し出した。

 「ニイ、おたんじょうびおめでとう!」

 初めて書くがたがたのアルファベットに、バイクらしい絵とたくさんのハート。2時間以上かけたエマ謹製のプレートは、プレゼントたちの中から一気に優勝をさらっていった。

 「めっちゃ嬉しい!!ありがとなオマエら!!」
 「おめでとー」
 「…おめでと」

 万次郎たちが隠していたクラッカーが鳴る。ようやく誕生日パーティの体裁がととのった。もう8時だけど、たまにはいいか。たまにはね。



*おまけ 午後11時半すぎ



 騒ぎ疲れてか、ゲームを取り上げてしまったら小学生男子が眠りに落ちるのは早かった。あれだけアイスに執着してたわりに、取って戻ってきてあげるまでの間の数秒で寝落ちしていた。クッションなんてたくさんあるのに、1つのクッションを取り合って頭を寄せ合って寝る対抗心の強さに、わたしも真一郎も噴き出した。

 「仲良いよなコイツら」
 「ね。ラジオ体操続いてんのも、遊びたいからなんじゃないかなって」
 「それオレも思ってた。…あの目覚ましだけなんとかなんねぇかな〜」

 一度は出したパピコを、真一郎に続いて戻そうとしたら、わたしのほうは止められた。「オレらは起きてんじゃん」さっきあれほど食べたのに、この大人もアイスを食べたかったらしい。わたしが持っていたほうを取り上げ、あっという間に袋を破いてパピコを割って片方をよこし、自分はフタを噛みちぎっていた。

 「ケーキ大変だった?」 
 「…ヤバかった。もう戦争」
 「それはなんとなく垣間見えた」
 「エマがすっごく頑張ったよ」
 「そ」

 まるでそれを知っているように、ふ、と息を落とすように笑う。あの子たちがうちに来た当初も、ぜんぶこの調子だったなと思い出す。先を丸々見通しているみたいに、来ることにだって動揺しなかったし、態度に迷走していたわたしとは違い、接し方さえブレもしなかった。真一郎は最初からずっと親愛と無神経のギリギリのラインを攻めて攻めて、あっという間に寄せ集めのわたしたちを“家族”にまとめ上げたのだ。よく考えてみれば、黒龍だってそんな感じだったっけ。

 「…すごいね」
 「あ?なにが?」
 「なんでも。…あそうだ、チビたちの自由研究みてくれない?」
 「え。いーけど、なんで?」
 「題材バイクにすれば2匹ともやんじゃねって。じーちゃんが」
 「おー確かに!…え?運転でもさせりゃいいの?」
 「やめてよもっとなんかあるでしょ!!車種とか!エンジンとか!なんか!」

 親はバラバラで何人もいるのに全員不在、5人兄弟のうち2人は去年からの中途参加。まるでいびつなわたしたちだけど、みんなが帰りたい家にできているのは、真一郎のおかげだ。子どもと接していて自信を失うようなことや、トラブルがどれだけあっても、なんだかんだ我が家はこの男がいれば大丈夫だって思う。この人の妹に生まれてこれてよかったなと思うし、この人があの子たちの兄でいてくれたことは、なにかの巡り合わせを感じるほどに幸運なことだと、心底思う。ほんとうにアンバランスな我が家だから。

 時計は零時前。誕生日はあと十数分で終わってしまう。終わってしまうまえに、と思い、久しぶりにその背中に抱き着いた。

 「エッ何どーした急に!?美人局!?」
 「…なに言ってんの」

 ぶつけた額から伝わるように、強く思う。

 生まれてきてくれてありがとう、真一郎。これからもずっと、わたしたちのお兄ちゃんでいてね。


 
 ずっと。










***HAPPY BIRTHDAY!!