みじかいです
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凝り固まった筋肉と筋肉のあいだに、ぐ、と指が入り込む。そのスポット選びも異常に的確だし、力加減といい押してくれるその指の太さから硬さといい、完璧すぎる。
「うぁあぁぁ……」
ちょうど押された腰椎あたりから、伝播するようにつりそうなゆるい痺れが走って変な声を上げたら、その感覚さえわかっているのか、もう少し下のさらに痛いスポットをぐりぐりされて呻いた。
「うぅっ……」
「ヒールだな。反り腰なってて負担かかってんだよ」
「痛い痛い痛いっ、裏腿全部つる…っ」
「つらねぇよ。頑張れ」
「あっ、ヤバ、ヤバい!とれる足が取れる!!!」
「取れない」
たしかにこのあと良くなりそうな、というか、状態が悪すぎるせいで痛いってかんじの痛みなんだけど、だとしても痛いものは痛い。なんとか逃げようとするも、彼が筋肉とか関節ってものを熟知してるせいか、不安を感じるほどどうやっても身体が動かせなくて、ついにふくらはぎにその指がきてしまう。予想できたことだけど、それがここ一番の激痛で声にならない悲鳴をあげて仰け反った。
「そんな力入れてねぇよ。固まりすぎ」
「さ、さっきから全身にひびくの、押されるとこ押されるとこぜんぶヤバい」
「イイトコ当たってるってことじゃん」
「あぁっ……」
「うーわ、硬。ひでぇ」
その先もひたすら竜胆くんの指でヒイヒイ言わされ続け、ようやく片足が終わる頃になって、「りんどー?」って声とともに部屋のドアが開く。うつ伏せのわたしとそれに乗っかっている竜胆くんの視線を受けて、蘭ちゃんはものすごくつまらなさそうな顔をした。
「なんだ…マッサージかよ。ヤってんのかと思ったのに」
「しねぇよ!」
「っていうか、だとしたらフツーに入って来すぎじゃない???ねえ??」
「いやそんなん気付かなかったフリして見に入るだろー」
「「ゲスすぎ」」
ハモった罵倒をけらけらと笑い飛ばし、蘭ちゃんも寝室に入ってきた。そして、わたしの頭側に回ったかと思うと、投げ出していた手をとり、なんの躊躇もなく母指球を長い指で抉った。
「いっっっ………!」
前腕全部痺れそうな痛みに涙目になるわたしを、楽しそうに見下ろす蘭ちゃん。それ、知ってる。合谷ってやつだ、なんにでも効くツボ。押されているところも痛いけど、そんなことよりまったく関係ないはずの前腕の筋肉にびりびりくる。
「身体悪いなー万里子ー。不健康」
「むりむりむり関係ある!?マジ痛い痛いって痛い!!」
「ここは?」
「…え?…あっヤバ、痛……っ!いたい、マジ」
「肝臓使いすぎなー」
「そ、蘭ちゃんもでしょ……っ」
「オレここ平気なんだよねー」
手にそんなに押されて痛いところがあるなんて信じられないってぐらい、あちこちかわるがわる押されては悲鳴をあげる。真性のSは止められない。竜胆くんはそんなわたしを憐れんでくれたのか、足の痛いところじゃなくて、背中の気持ちいいところに移動してくれていた。優しい。でも、痛いと気持ちいいの刺激を同時に受けて、身体が混乱しているのか、時間がたてばたつほど、蘭ちゃんの激痛だった手のマッサージが、ギリギリ気持ちいいような甘い痺れに変わってくる。
「………?」
「お。ヨくなってきたー?」
「……あれ…力弱くした?」
「してねぇよ?」
「ア゛ッ嘘めっちゃ痛い!!」
甘い痺れが電撃痛に早変わりし、汚い悲鳴を上げる。蘭ちゃんは遠慮なく大爆笑だし、竜胆くんも申し訳程度にわたしを撫でながら笑っているのが振動で分かる。
「マッサージし甲斐あるわオマエ。おもしれー」
「…絶対蘭ちゃんに身体は渡したくない、二度と立てなくなりそう」
「なに、エロい話?一回やってみるか?」
「ちがいます。しません」
確かに誤解を招く言い方だったけれども。ゲス魔人をじとりと睨むも、まったく堪えていない蘭ちゃんはさらに重ねてわたしたち二人に向けて普通に爆弾を放った。
「ていうかオマエらヤった?」
「「……」」
すごい、デリカシーないを通り越している。よく実の弟とその恋人に直接聞けるな。わたしたち2人分のドン引き目線を食らいながら、蘭ちゃんは目をまるくした。
「意外。早ぇじゃん」
「「……」」
見抜くのが正確なのもいやらしいポイントだ。どうしてこう、性格悪いやつに限ってそういう洞察力が搭載されちゃってるのか。というか、洞察力がありすぎて性格がねじ曲がったのか?
「んじゃ付き合いたてラブラブカップルのために兄ちゃん今日明日は出かけてやるよ。掃除さえしてくれりゃ好きにしていーからな♡」
「それ言われてはいしまーすって言うヤツいると思う!!?」
「なんで?しとけよ。今が一番ヤってて楽しいだろ」
「…わたし蘭ちゃんがデリカシーを身に着けられるなら治療に100万でも出したい」
「そんな方法あんならオレも出してる」
「んなもん身につけなくていいのが蘭ちゃんのイイとこだろー。行ってきまーす」
自己肯定感の塊を思いっきり被弾してしまい、わたしも竜胆くんもげんなりした気持ちで蘭ちゃんが上機嫌に部屋から出て行くのを見送った。玄関が閉まる音まで確認すると、腰に乗っていた竜胆くんがわたしの背中に覆いかぶさるように倒れて、ぺたりと顔を頭につけてくる。
「…悪い、兄貴が」
「いつものことよ」
撫でられる手にしたがって少し上を向くと、竜胆くんが腰を少し浮かして拘束が緩まった。寝がえりをうって仰向けになり、押し倒されたみたいな姿勢で見上げると、彼の長い髪が頬や首をくすぐる。ああ言われた手前どうしようかって戸惑いつつも、熱を含んだ目線とぶつかり、躊躇いがちなキスがおりてきた。唇柔らかいなあ、と思いながら、厚い唇の感触をふにふにと楽しんでいると、舌が滑り込んでくる。薄目をあけたら、真剣そうに眉間に寄ったわずかな皺と、ぴたりと閉じられた長い睫毛にやたらに色気が漂っていて、胸がぎゅっと絞められた。身体を寄せ合いながら、頭のてっぺんあたりをかき回されると、腰のあたりからぞわぞわと欲が立ち上ってくるのがわかる。まんまと蘭ちゃんの言葉通りになってしまった。しばらく口のなかを侵してた舌が離れ、ちゅ、ちゅ、と短い甘いキスが何度も落とされる。笑っちゃうほど幸せな甘い空気にじゃれ合って、くすくす笑っていた、ら。
「マジかよオマエら。早くしろ〜?」
「「……」」
知らないうちにさっきしまったはずのドアが開いていて、隙間から蘭ちゃんとアイホンのカメラがこっちを向いていた。動画かな。あまりにやりそうなこと過ぎて、あーあ、って気持ちのわたしに対して、竜胆くんのほうがめずらしくわなわなと怒りに震えている。起き上がったかと思ったら、蘭ちゃんのほうにつかつか歩いて行って、突然低姿勢になり爆速のタックルを決めた。
「うぐぉっ」
「えっウソ!?」
基本的にお兄ちゃんを立てていて表立っては反抗しない竜胆くんが、まさか手を出すなんて。蘭ちゃんも予想外だったのか、彼も似合わない情けない呻き声をあげて床に倒されていた。やっぱり華奢な蘭ちゃんよりも竜胆くんのほうが力は強いようで、蘭ちゃんは抵抗できずにされるがまま、お手本のように関節技の餌食になっていた。
「消せ。今すぐ。消さないなら折る」
「わかった、わかったから。悪かったって」
「スマホ貸せ、オレが消す」
「わかった、持ってっていいから」
ようやく竜胆くんの力が緩み、蘭ちゃんが解放された。後遺症で立てない蘭ちゃんのアイホンを取り上げ、指紋でロックを解除させていくつか操作すると、竜胆くんの目がぎょっと見開かれる。
「どーいう撮り方だよ!?」
「上手いだろ?」
「え、なになに?」
ベッドから立ち上がって、竜胆くんの持っているスマホを覗き込むと、思っていたようなゲスな盗撮なんかじゃなくて、天才写真家かってほどいい写真が写っていた。自分で言うのもなんだけどめちゃくちゃ幸せそうに、顔を寄せ合って笑い合っているところ。自分でこんな顔してるんだって思ったらさすがに照れて、耳まで熱くなるのを感じる。
「送ってやろっか?」
「……」
さすが、転ばされてもタダでは起きない男。竜胆くんは結局その写真を消せなかった。翌日には、『結婚式に使えよ♡』ってメッセとともに、何枚も似たようなのが送られてきていて撃沈した。
ちなみに撮影された日付は、この日だけじゃなかった。
***盗撮も天才のお兄ちゃん