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「じゃあな」
街灯の影になる暗い道端で、まぶたと鼻先、唇と順番にかるくキスが乗る。いつの間にか握られていた両手がするりとほどけて、少し屈んでいた姿勢をもどし、竜胆くんが一歩離れた。今日は仕事帰りではなく、デートだった。ほんの少し名残惜しそうなお別れを聞いて胸がぎゅっとなる。
「…うん。おやすみ」
「おやすみ」
解いてもまだ触れあっていた指先もついに離して、家に向かって歩き出す。あとほんの数歩で門というところ。なにせ交際を隠しているものだから、間違っても窓から見えるような角度に彼がうつってはいけないのだ。面倒だけどバレたときのほうが終わるので、うちの兄弟全員をよく知る竜胆くんもよくよく理解してくれている。
…が。
「…あのさ!」
「ん?」
数歩歩いたところで呼び止められる。振り返ると、たった今呼び止めたことさえ後悔していそうな顔の竜胆くんが、なにかを言いよどんでいた。今来た数歩を戻り、いいから言って、と促す。
「……言ったら大変なことになんのは、分かってんだけど」
「え。あ、竜胆くんのこと?うちの人たちに?」
「うん。…けど、少なくとも大将には、言っときたくて…」
大将、彼にとってはつまり、イザナだ。驚いた。たしかにそれは上下関係を思えば筋というものかもしれない。けれども、これを自分の弟に言うのもなんだが、キレたら手はつけられないし、わたしへの独占欲もとんでもないあの子にその筋を通すのは相当なハードルになるだろう。想像していたよりずっと彼はイザナを慕ってくれているらしい。
ただ、そのありがたい気持ちを尊重したいのはやまやまでも、イザナがそのカミングアウトを聞いたら、どうするだろうか。交際を認める認めないもひとつだし、それを万次郎や真一郎にバラすかどうかも分岐点。そう思ってくれてありがとうぜひ言いましょう!とは、即答しにくい。
いろいろ考えて百面相するわたしに、竜胆くんは分かってるから、と渋い顔で頷いた。
「結論はすぐじゃなくていい。考えといて。…できるだけ前向きで」
「……分かった。誤解しないでね、そう思ってくれてるのはほんとに嬉しいの」
「分かってる。呼び止めて悪い」
身体をぐるりと回されて、「早く帰さねぇと余計認めてもらえねぇから」と背中を押された。門限の厳しいご令嬢にでもなった気分だ。身分違いの恋とか許されない恋ってこんな感じかしら。弟妹はかわいいしいつでも会いたいけど、恋人と離れがたい気持ちとはまた別次元すぎて、何度も未練がましく振り返りながら敷地内に入ったら勝手に深いため息が出た。
「ただい……ま…?」
玄関の引き戸を開けると、知らないきれいなスニーカーがあった。雰囲気的に兄弟たちの新しい靴ではないような。それに、どことなく家の匂いが新鮮というか、少し違う気がする。誰か来ているのかもしれない。時計は9時半。呼ぶとしたら真一郎かなと思いながら、そっと居間の扉を薄く開けてのぞいて、思わず叫んだ。
「ワカくん!!?」
切れ長の垂れ目、長い睫毛、いやになるぐらい整った顔から漂う色気。真一郎の元チームメイトの、今牛若狭君、その人だった。思いがけずよく知った懐かしい人の登場で、一度お風呂に寄るつもりだったのが吹っ飛んでしまって居間に飛び込むと、ワカくんはわたしを見て一瞬目を見開いたのち、相変わらずのカッコよさで微笑んだ。
「おかえり。久しぶりだな」
「ひさしぶり…来てたんだね」
「うん、邪魔してる。キレーになったな万里子」
「なっ、えっ、あっ…あり…ありがとう…」
「咬みすぎ」
そりゃこっちにとっては初恋の人。咬みもするってものだ。ふっと笑うその声さえ恰好良すぎてちょっと苦しい。予期していなかった刺激に胸をおさえて溜息をついていると、呆れ顔の真一郎がのぞいてくる。
「…ほんとワカに弱ぇな。マンジロー見たらキレんぞ」
「だ、だって……顔かっこよすぎるんだよ……」
わたしだって好きでこんなに翻弄されてるわけじゃないし、弱いってわかってるなら家に呼んでるって予告ぐらいしてほしいものだ。頭を抱えたら、ふっとさっきの香水が香って、耳元に心臓を掴むような声がささやく。
「顔だけ?」
「ぜんぶ!!!!好き!!!!」
反射的にバカみたいに告白したわたしに、ワカくんはけらけら笑ってソファに戻っていった。ダメだ。やっぱり子どものときの初恋は強すぎる。あの頃なんてもう、遊びでいいからキスしてほしいってずっと思ってた。かんたんに裏切りそうな気持ちになんとか頭をふって、心の中で竜胆くんに謝る。…というか、よく考えたら、ちょっと顔の系統は近いかもしれない。
「真一郎、わたしって顔のタイプわかりやすい?」
「?めちゃめちゃ分かりやすいよ。垂れ目、切れ長、女顔。完璧な理想はワカ」
「……ウワー……」
竜胆くんの性格に惚れたと思い込んでたけど、これは言い逃れできないほど見た目の要素が相当に大きい。いや、性格ももちろん大好きだけど、言われてみれば確かに最初からカッコいいとは思ってた、かもしれない。うわあ面食い。自覚がなかったのが普通に恥ずかしい。
「なんで今更?自覚なかったのかよ」
「そんなに言ってたっけ…」
「このヒトかっこいーって言う芸能人、たいがい系統そっちじゃん。そんでいちいちワカよりここがダメとかいろいろダメ出ししてたろ」
「……言ったわ……」
そんな場面はいくらでも思い出せる。当時小6とかで、だいぶマセガキだったわたしは、テレビで持てはやされるイケメン芸能人たちに『ワカくんのが全然かっこいい』だの『恰好いいけどワカくんのほうが目がきれい』だのとすべてワカくんと並べて偉そうに感想を言っていた。大好きで、でも本人を前にすると子どもっぽい自分が恥ずかしくてしょうがなくて、たまに話せるときなんて心臓が口から出そうなほど緊張したけど、その思い出だけで何日も幸せでいられるほど単純だった。
「んで?今やフツーに迫れるわけだけど、いかねぇの?」
「いけないよ、わたしにとっては芸能人よりヤバい人だもん。ていうか神?」
茶化してくる真一郎にそう言ったら、こじらせたなーって笑っていた。まあ、それも本当なんだけど、実際は裏切れない相手がいるので、が正解。言う言わないのさっき言われた件については、いったん保留にして意識から消した。
わたしの真意には気付かない真一郎は、「便所行ってくる〜」とふらふら廊下に消えていった。ワカくんに「ゆっくりしてってね」と声をかけてわたしも消えようとしたら、「一杯付き合えよ」と声がかかる。神に言われてエサをぶら下げられた犬状態になってしまったわたしは、あっさり踵を返してソファの隣に座った。新しくワカくんがチューハイの缶を開けて渡してくれる。
「ありがとう」
「万里子が飲める歳なんだよなぁ…」
「3つしか変わらないじゃん」
「そんなもんだっけ?」
「そうだよ」
まあ、その程度とぱっと思えないのはよくわかる。なにせ当時こっちは普通の貧乏小学生だし、ワカくんなんて同年代と比べてずば抜けて大人びていてカッコよかったから、実年齢以上の開きを感じていたのは確かだ。自分が当時のワカくんと同じ年齢になったときも、周囲にワカくんみたいなのは当然いなくて、全然信じられなかった。
憧れのワカ様と一緒に缶チューハイを飲んでるなんて、当時のわたしが知ったら大興奮で叫びそうだ。ふわふわした現実感のなさに目を伏せてたら、突然爆弾を投げられた。
「彼氏できたろ」
「…へっ!?えっ!?なっ」
「バカ、ボリューム落とせ」
不意打ちが過ぎてリミッターのまるで効かなかった奇声が飛び出し、ワカくんにめしゃりと頭をつぶされる。確かにこんなことで異変に勘付かれては困るけど、それにしたって毎日会う家族に隠し続けている事実を、数年ぶりに会うような彼にたった数分で指摘されるなんて動揺がひどい。
「えっえ、え?なん、な、なん、なんで…??」
「言ってねぇんだろ?バレたら困るんじゃねえの」
「そうじゃなくてなんでわかるの!?」
「ニブ男と一緒にすんなよ。フツーに雰囲気で分かるワ」
息をのんだ。恐ろしい。雰囲気だと。そんなセンサーが弟たちに搭載された日には本当に大変なことになる。ついさっきまで憧れすぎて触れないなんて思ってた人に、すべてを忘れて思わず縋りついた。
「待って待ってそんな雰囲気出てる!?それはほんっとにこまる!顔!?どうしてわかるの!?」
「ふっ、焦りすぎ」
「だってほんとに」
「わーかってるよ、ここんちのシスコンっぷりは。今んとこ気付かれてねぇなら別に大丈夫じゃねぇの?」
「そんなのどこで漏れるかわかんないんじゃ安心できないよ……どこ見て分かったかだけ教えて」
「んなのマジ雰囲気としか言いようがねェよ。女っぽいから?」
「えぇぇ……」
ワカくんに女っぽいと言われて脳の1割ぐらいは浮足立ったけど、そんなことよりもまず大問題は弟たちだ。こちらから自己申告するならまだしも、雰囲気で勘づいて探られてバレるパターンだけは…。考えたくもない。竜胆くんの身の安全どころか、命すらちょっと怪しくなってくる。
「ま、シンちゃんはゼッテー気付かねぇからそこはいいとして、イザナはボロ出さねえように頑張るしかねぇな。マンジローは平気だろ?」
「…全っ然。あの子もう最近警察犬みたい。お客さんの香水とか嗅ぎ分けてくるもん」
鼻も勘もいいのか、香水どころか煙草もだ。ラスト2時間を一緒に過ごした客で、知っている匂いなら絶対に当ててくる。一昨日帰宅したわたしとすれ違うなり、突然目の色を変えてわたしの身体中を嗅ぎまわり、貰って放置しているプレゼントの山から的確にそのお客さんがくれたエルメスの袋を引っ張り出してきて、据わった目で『大黒屋』と言ってきたことをワカくんに話したら、笑いすぎてソファから落ちそうになっていた。
「マジやべーな。彼氏香水つけんの?」
「つける……から絶対お風呂入ってから万次郎に会うようにしてる」
「ウケる。不倫かよ」
そう言われるとたしかにそのまんまだ。キャバで働き出したときから習慣化してたから気付かなかったけど、そんなやましいこととやっていることが同じとは。考えることが渋滞しすぎて、この場合夫が真一郎になるのかなと変な鬱になった。
わたしをその変な鬱に突き落とした張本人は、缶チューハイ片手に世間話でもするように事情を聞きだしてくる。
「付き合ってどんくらい?」
「…3週間ぐらい」
「一番楽しいときじゃん。何帰ってきてんだよ」
「何言ってるの?佐野家で修学旅行以外の外泊許されると思ってる?」
「……マジで?どうすんの?」
「なんか……いつかどうにかする……」
「もう言っちまえば?」
「嫌。前彼氏できたとき最悪だったもん」
「どんな?」
「イザナは教えてないのに相手の大学に乗り込もうとしてて、万次郎は全然口聞いてくれなくなって、真一郎は大事な娘が馬の骨みてえな男に嫁いじゃうみたいな替え歌歌いまくって、そのたびにわざわざ『べつにオマエのことじゃねえから』とか言ってきて……2週間待ってみたけどひどくなったから諦めた」
「………」
本当は彼氏の話がメインのはずが、副菜の家族の苦みが強すぎた。彼の顔は途中からジワジワと引きつり、最終的に自分の友人がやらかしたことを聞いてドン引きのあまり白目をむいてチューハイを置き、「なんかごめん」と見舞われてしまってさらにやるせない気持ちになった。軽率にご愁傷様とか言わないでほしい。こっちは一生付き合いが続くのに。
といっても、その微妙な気まずさは、結局ワカくんがいたずらっぽい笑顔で吹き飛ばしてくれた。「で?その相手の男、オレに似てんの?」と言って。さっき感じたばつの悪さを本人からぶっ刺されて誤嚥する。
「うっ…なんで」
「そりゃ『顔のタイプわかりやすい?』とか急に言い出したらそれしかねぇじゃん」
「…なんでそんなに鋭いの…」
「万里子が分かりやすいの。つーか佐野家の血かな。諦めろ」
畳みかけるようなアタックでぐうの音も出ない。居心地の悪さにひざをかかえたら、雑にあやすような手がわたしの髪をかき回した。子どもの頃はこれをやられて目を回すほどドキドキしたなと懐かしく苦しい気持ちになる。
「…ちょっとだけね」
「…おー。マジで好きじゃん」
「…なんで今のコメントでそうなんのよ」
「なんとなく。違った?」
「……違くないけどぉ」
まあ、そうだ。全然似てなくはないから全否定はできないけど、似ていると即答するほど顔が好きで付き合ったわけじゃない。だから、ちょっとだけ。その微妙なニュアンスをかつてのお兄ちゃんのような存在に正確に拾われて、恥ずかしさをかき消すようにチューハイを呷る。
「惜しかったな。もーちょっと早かったらオレにもチャンスあった?」
からかい10割の発言に溜息をつく。タチが悪いったらない。こんなことを中学の頃にでも言われていたら爆発している。
「なに言ってんの。ワカくんの彼女なんて妄想でもおこがましいよ」
「…オマエん中のオレってどんな位置づけになってんの?」
「神」
「……」
彼はものすごい呆れ顔になっていたが、こっちとしてはそんな自覚もないのかと言いたい。ご自身がどんな顔面をぶら下げて生きていると思ってるのか。正直昔から死んだら剥製にしたほうがいいと思っているが、あまりに過激派すぎて本人には言えていない。
「ただいまァーー」
アルコールでIQがふだんに輪をかけて低くなってしまったおバカの兄が、「万里子告れたー?」と変な舞いを舞いながらソファの背越しにわたしにウザ絡みしてくる。なるべくゴツゴツした関節がめり込むように拳骨を作っていたら、ワカくんにやめとけと手をおろさせられた。
「オレがフラれた」
「うっそだろ!!?!?」
「違うよ。ワカくんの彼女なんてもう心配で心配で一時も目ぇ離せないからムリって言ったの」
「浮気しねえよ?」
「本人の意思がどんなにしっかりしてても薬盛られて強姦されそう」
「ねえから。どんな妄想だよ」
「ありうるってほんとに気をつけたほうがいいよ、肉食女子に酒飲まされすぎて気付いたらアナタの子ですとか言われるかも。…うわ言われるかも!!?気をつけて!!?」
「意外と妄想に火つくタイプなのなオマエ」
妄想で終わらなかったらどうしよう。なんかすごく心配になってきた。
*
深夜。
真一郎はつぶれて爆睡したので、わたしがお客さんを見送りに出た。玄関先で人気のないことを確認するようにあたりをちらりと見渡して、ワカくんがわたしをちょいちょいと手招きする。内緒話?顔を寄せると、万が一にも誰にも聞こえないように落とされた声がわたしを脅した。
「黙ってんのはいいけど、もしフツーにバレたら隠してた分ひでぇのは分かってるよな?」
「ウッ」
そんなことはとっくに分かっていたことだけど、自覚と他人からの指摘ではダメージがちがう。やっぱり誰の目から見てもそうなんだ、ヤバいんだ、と思ったら、急に気持ちが鬱々としてきて泣きそうになった。
「だってそんなこと言ったって……」
「続けてく気なら死ぬ気で隠し通すか、どっかでゲロるか、どっちにしろ覚悟しとけよ」
そんな覚悟は決めたくない。隠し通すって思っていたって、こっちはあの野性の鼻が効く大型犬を3頭、いや見方によっては4頭も家に抱えているのだ。年単位の隠蔽が不可能に近いことぐらい、自覚している。
ついさっき別れがけに竜胆くんに言われたことが頭を過ぎった。ワカくんの顔をみる。わたしよりあるいは真一郎や、後継のイザナを理解しているかもしれない人物。
「………ちょっとだけ相談きいてくれる?」
「なに」
「その、彼氏、あの…黒龍の子で」
「は?……エ?マジで?誰」
「え?言って分かる?灰谷竜胆くん」
「ゲ。よりによって灰谷…」
「エッ分かるんだ!?」
彼はとっくに現役なんて引退しているのに、ゾクの縦の繋がりって怖い。それか、竜胆くんたちがよっぽど変なふうに名を轟かせているか。…考えないようにしたかったけど、普段から相当に冷静で俯瞰的で、いたずらに人の不安を煽ったりなんて絶対にしないワカくんが深刻に顔を曇らせたせいで、本当に楽観していられないんだなとがっかりした。
「それイザナ大丈夫か?…や、それよりマンジローのがやべぇな、不戦協定消え去らねえ?」
「やめてやめて。もしでもそんなこと言わないで」
「現実見ろ」
「刺さないで!!!…そうじゃなくて、あのね、さっき言われたんだけど…竜胆くんとしてはイザナには言っておきたいみたいなんだけど、どう思う?」
「…………聞かなかったことにしていい?」
「やだやだやだなんで!?」
「どっちに行っても面倒しかねぇもん。答えたくねぇ」
「ひ、ひどい…見捨てないでよ」
本当に帰ろうとする彼を縋って止めて、どうにか相談に乗ってもらおうと粘る。ワカくんは本当に巻き込んでくれるなという顔をしていた。スイッチが入ったときのうちの男どもがはちゃめちゃに面倒臭いのを、身をもってよくご存じだから。といっても、彼らのスイッチを切るっていうスキルにおいてたぶん彼は世界一なので、わたしだってこんな好機は絶対に逃がせない。
勝ったのはわたしだった。門の外までまとわりついて最終的に通せんぼまでしたわたしに、ワカくんが大きなため息をつく。
「……オマエはどんぐらい本気なわけ?」
「…っていうと?」
「兄弟全員に反対されても彼氏選べる?」
「えええ……えぇ…?選ばないとダメ…?」
「ダメ。そこが答えらんねぇぐらいなら有耶無耶にしとけ」
「…………別れるのはイヤ」
「反対されても?」
「うん」
「じゃあもう答え出てんじゃん。イザナにはふたりで言いに行けよ、そっからイザナがどうすっか知らねぇけど」
なかば投げやりな答え方ではあったけれども、確かにそうするしか方法はない結論だった。竜胆くんが筋を通したい気持ちを無碍にしてまで、隠し続けることじゃない。彼らが気付かないうちにわたしたちが消滅しない限りは、黙っていたっていつかは分かることなんだし。
とはいえ、とはいえだ。それって本当に今で大丈夫なのか。イザナに言ったときの反応にまるで想像がつかず、やっぱり、うんそうするね!ありがとう!とは言えない。
「……大丈夫かなぁ……」
どんなに相談したってまとまるはずのないことに思えて、こんなことで彼の帰りを引き止めているのが申し訳なくなってきた。「ごめん、もうちょっと自分でも考えてみる。ありがとう」と言って、彼を帰路に押しやろうとしたら、ワカくんはやっぱり憧れたとおりのワカ様で、すばらしく納得してしまうようなことを言ってくれた。
「意外と黙っててくれんじゃねぇの。イザナってシンちゃんにもマンジローにも言ってねぇこと自分だけ知ってるみたいな特別感は嫌いじゃなさそうだし、相手は自分の部下だからそこらへんの馬の骨より全然いいじゃん」
さっきまでにっちもさっちもいかなかったどんよりが、いきおい晴れる。確かに、確かに!!やっぱりワカくんはわたしなんかよりも兄弟のことをよくわかっているし、上手に扱ってくれる。感動のあまり彼の手を両手でとって、何より先にお礼を言ってしまった。
「確かにそうかも!怒られないでいけるかな!?」
「そりゃ無理だろ。一発は覚悟しろ。オマエも灰谷も」
「……」
…そうかもしれない。というかそうでしょう。そうだけどさ。
少しぐらい甘い期待させてくれたってよくない?
***次回、イザナに報告!? かも