ダウナー気味の弟とバカンスする話


※※微妙にギリギリアウト?セーフ?ってかんじです。近親相姦表現は絶対ありませんが、リアル弟さんがいる人は回れ右かも。 ユメショはファンタジー!と割り切れる方だけどうぞ


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 唯我独尊で奔放で底抜けに明るい、ようで、そうではない。常に勝負の場にありながら負けなしなだけあって、その自信は本物だろうとは思う。でも、その分自分の肩にかかったものを、万次郎は意外によく自覚している。

 「……」

 気配には気付いていたんだろう。なにも声をかけずに頭を撫でたのに、万次郎はなにも驚かずされるがままで、そのまま後ろのわたしの腹にもたれてくる。ぼうっとした顔は特別暗くはないけど、たぶん、なにかつらいことがあったんだろう。わたしが聞いたところで分からないような範囲のことで。

 なんどもなんども撫でる。少しずつ強情がほどけて、ぐ、と下唇を咬むのが一瞬見えた。膝立ちになっていたわたしを引っ張って地面に下ろし、抱き着いてくる。こういうときに余計なことを言うと復活の妨げになるので、黙ってひたすらかわいがっていると、照れ隠しでぐりぐりと肩に頭をめり込ませてくるから、やっと「痛い痛い」と声を上げる。べつに痛くもなんともない、かわいいばっかりだけど、一応のポーズで。それを分かっているから弟も「痛くねぇし」とひとの感覚を勝手に決めつけてさらにぐりぐりして、筋力に負けて床に倒れるわたしにさらにじゃれつく。金髪も手伝ってレトリバー的な大型犬にしか見えない。少しは元気になったようだ。

 「万里子」
 「なあに」
 「どっか行きたい」
 「いいねぇ。バブで連れてってよ」
 「うん」

 微妙に肩に引っかかったままの学ランをはがして、しわにならないように床に放って、くっつき虫を抱きしめる。子ども体温で、筋肉のつまった肌の感触に、むかし見た万次郎の試合を思い出した。試合相手に取り付く島もないほど圧倒的だったあの強さは、この質のよさそうな筋肉に裏付けられている。ほとんど同じものを食べてるのに不思議だなと思う。

 「…泊まりじゃダメ?」

 あら。声こそ出さなかったものの、けっこう驚いた。思ったよりしっかり落ち込んでいるらしい。それは見せないように、「いいよ」と言ってまた頭を撫でた。明日の仕事も一応休みの連絡を入れておいたほうがよさそうだ。夕飯はある程度できてるし、最悪あとは真一郎にでも投げてしまえばいい。今日はこの子最優先。

 「どこにしよっか。めっちゃ遠出してみる?」
 「…仕事は?」
 「休みにしちゃう。わたしも遊び行きたい」

 自分で言い出しておいて、いまさら罪悪感にかられたような万次郎のおでこに自分のおでこをくっつけて、大好きだと言い含めるように笑う。笑って震えるまつげが触れ合ってくすぐったい。だいすき。なるべく苦しまないで、ずっと心から笑っていてほしい。愛しくて愛しくてたまらない。うちの弟がこんなにも可愛い。

 顔を離し、これでもかと身体を触れ合わせて抱き合った。どんな支障も殴り飛ばしてしまう腕力が、いまはわたしに縋ることにのみ使われていることが、とてもとても誇らしく嬉しく、苦しいほどだった。

 「みんな帰ってこないうちにさっさと出ちゃおっか」
 「え。メシいいの?」
 「ほとんどできてるから。あっためとけって書き置きでもしとくよ」

 本当に泊まるつもりなら軽く荷造りしようかとも思ったけど、なんとなくそんな数分さえ待たせない方がいいように思い、身を起こして万次郎の手を握った。あったかくてささくれたがさつな手。これがマッチ箱より小さかったときから見ているから、自分の手が華奢に感じるほど育ったこの手にはいつ触ってもなんとも言えない感慨深さがある。

 「駆け落ちみてえ」
 「じゃあ今日はその設定で」

 なにも突っ込まずに肯定すると、万次郎は声を上げて笑ってわたしを抱きしめた。ひとしきり笑って、落ち着いた声が「ありがと」と囁く。

 財布だけ拾ってジャケットを着込んで、駆け落ちごっこが始まった。





 贔屓目はあると思うが、万次郎は運転が上手い。バイクらしいほどよい不安定感をうまく使って、滑らかに楽しく流すというか。真一郎とよく似ている。仕込んだのがあの男だから当然といえば当然だけど。
行くあては決めなかったから、本当に気の向くまま、混んでいなくて走りやすそうな道をずっといって、突き当たったら万次郎がわたしに「どっちがいー?」と叫び、わたしが都度適当に気の向いた方の腕を叩く、というのを繰り返して進んでいった。気付けば首都高を経てアクアラインを抜け、陽の落ちかけた頃には木更津に届いた。どこで下りるかは万次郎の気分次第。西日も落ち切って灯りが街灯だけになるまでバブは高速を走り続け、辿り着いたのは街灯が飛び飛びにしかない田舎の港町だった。

 「なーんにもないねえ」
 「まだ7時半なのにぜんぶ閉まってんじゃん。田舎ヤバ」

 飲食店なんて早くとも11時閉店が常識の都会っ子にとっては、まあ衝撃的な不便さだ。下道に入ってしばらくあちこち転がすも、やっている食事処が見当たらない。なんだかとても遠くに来てしまった気分だ。
真っ暗な道を走り続けてようやく煌々と輝くコンビニを見つけ、食事なんてなんでもいいかと結論してバイクを止めた。ずいぶん温かくなってはきたけど、バイクの風に冷えた身体が温かく手軽なものを求めて、肉まんとピザまんとホットカフェオレ2つを買って外に出て、ガラガラの駐車場の縁石にすわる。

 「冷えた?ごめんな」
 「大丈夫。これあったかいね」

 駆け落ちという設定はまだ続いている。万次郎が着ていたオーバーサイズのブルゾンを一緒に羽織って身を寄せ合うと、子ども体温がずっと着ていた保温着なだけあってちゃんと温かく、底冷えがかなりマシになった。

 「ウマッ!肉まんてこんなウマかったっけ!?」
 「そんな?…ウマッ!」
 「だろ!?」

 わたしなんてただ乗っていただけなのに申し訳ないが、疲れた体に塩分が沁みてやたらにおいしく感じた。こんな遠くでふたりで、どこでも食べられるようなものを分け合っている非日常が妙に楽しくてテンションが上がってしまい、わたしたちは終始きゃっきゃと騒いで素食を平らげた。きっとだれがどう見ても姉弟じゃなく、付き合いたてのバカップルに見えるだろう。

 カフェオレも全部空にして、またふたりでバブに乗る。あとは宿探しだけど、ここまでは少なくとも一軒もやっていそうなところは見なかった。野宿か、体力持つまで走り続けるか。さすがに少し不安になってきたころに、いかがわしいネオンの、ご休憩いくら、フリータイムいくら、宿泊いくらの表示がデカデカと書かれた看板が目に入る。

 「「……」」

 いくら距離感の調子っぱずれたわたしたちといえど、さすがに顔を見合わせた。でも減速した。乗っているだけのわたしでこれだけ疲れているんだから、1人後ろに乗せて操縦する万次郎は輪をかけて疲れているだろう。

 「「…ま、いっか」」

 揃ってそれを言って、吹き出した。言わなきゃいいのだ。誰にも。だって駆け落ちってそういうものだもんね。





 部屋はなんというか、ものすごい場末感だった。ところどころはがれて浮いたフロアマット、きしむ床、気分を盛り立てるためなのだろうけど余計にチープ感の増す申し訳程度のゴールドの装飾。お風呂場に至っては昔の便所タイルみたいな、2センチ角くらいの青いタイルが敷き詰められ、きんと冷えた空気が余計に昭和の庶民感を演出している。しかもそのお風呂場に入るドアのすりガラスに派手なヒビが入っていて、その付近のタイルもよく見たらバキバキに割れていて爆笑してしまった。

 「ど、どうやって割ったんだろ」
 「よっぽど激しかったんじゃね」

 笑いすぎてそのあたりにふたりして崩れたら、万次郎のお尻がちょうど着地したのがやたらと低いスケベ椅子でこれもさらに笑いを煽る。なんでこんなわけのわからないところにたどり着いちゃったのか。ドンキのアダルトコーナーで未知の世界に踏み込んじゃった男子中学生みたいなテンションになってしまい、レンタルしていたアダルトグッズをフロントに電話してまで借りてそれをタネにもうひと笑いして、ベッドサイドにあったゴムはお約束で水風船にして遊んで割った。ばかばかしすぎて全身の筋肉が疲弊するほど笑い転げ、最後にはふたりしてなにも着替えないままベッドに転がる。

 「あ〜〜疲れた……笑った」
 「しつこいんだもん万次郎…やめてって言ってるのに」

 笑いすぎて悲鳴をあげるたびになにかで腹筋に仕掛けてきたことに文句を言ったら、弟は悪意100のとぼけ顔をして「え?なんて?」と言いながら性器型のバイブレーターのスイッチを入れてぶるんぶるん振り回してくる。いったんは落ち着いたのにまた追い打ちをかけられて、声も出ず引き笑いで喉がちぎれそうだった。

 「ほんとやめてバカ、むり」
 「笑っちゃダメじゃん、コレのおかげで深く繋がれたカップルもいるかもしんねえし?」

 ごもっともなことにも聞こえるが、明らかにウケ狙いで眼前で振り回しながら言っていいセリフではない。深く繋がるなんていうムーディな雰囲気をぶち壊しそうなヴーヴー音に余計腹筋を苦しめられ、何度も万次郎を叩いてようやくやめさせた。

 「だんしちゅうがくせいみたいなノリやめてもう…」
 「え?オレ現役男子中学生なんだけど」
 「……そうだった」

 今更すぎる弟の自己紹介になぜかハッと我に返る。昔から無駄にこういうことに耳年増だったから、リアル男子中学生だなんてことをすっかり忘れていた。主にはオミくんとかワカくんとか真一郎のまわりにいた男連中のせいで、小4ぐらいのころに平気でダッチワイフなどと口走るようなクソガキに育ってしまい、とっさに忘れさせようとぶん殴ってしまったのを思い出す。

 「そもそもあんたラブホ入っちゃダメじゃん」
 「てかデビューが姉貴ってヤバ。オレが連れ込まれたって言ったら万里子タイホじゃね?」
 「うっわー…22歳女性、7歳下の中学生の弟をラブホテルに連れ込むってだけで一面飾れそう」
 「うう、タイホされても会いに行ってやるから…」
 「おバカ、そうなったら絶対被害者には会わせてもらえないでしょ」
 「そこ?…まーそれはヤだから黙っといてあげるー」

 無駄に恩着せがましい。「べつに万次郎に会えなくてもいいけど」とつんとそっぽを向いてやったら、「オレに会えなくなったら泣いちゃうくせに〜」と後ろからべたべたくっついてくる。この丸出しの機嫌取りにさえ弱いわたしは結局1分と苛立ちをもたせられず、レトリバーをかわいがってしまった。

 「先シャワー浴びてくれば?」

 しばらくわちゃわちゃして、お互い自由にAVやB級映画を楽しんでいたときに、唐突に万次郎にそう言われて思わず固まった。本人としては他意はなかったんだろうけど、このいかがわしいカバーがついたクイーンサイズのベッドにふたりで乗っかっていてそれはだいぶ、なんていうか。

 「………ベッドでそれっぽいこと言うのやめて。本当に逮捕される気がしてきた」
 「心配すんなって、オレが悲鳴あげてもこんな田舎じゃ助けこねぇよ」
 「襲う前提でモノ言わないで」

 アホの後頭部を枕で殴って、ベッドからおりる。こんなのにいつまでも付き合っていたら本当に犯罪者にされそうだ。「お先に」と簡易的に区切られた脱衣ブースに入ると、「万里子」と呼び止められた。

 「ん?」
 「オレずっと待ってるネ♡」
 「……」

 顎の下に両手を揃えてぶりっこポーズ。

 ムカついて適当なアメニティの箱をぶん投げたら、アホのおでこにきれいにキマった。「イテッ」本当はドライヤーぐらい投げたかった。かわいいから余計に腹立つんだってば。





 「シンイチローから連絡あった?」

 シャワーから出てきていちばんに、それとなさを装いながらそう聞いてきた。びしょびしょのままの髪をタオルで包み、傷めないように水分を取っていく。

 「えーわかんない。ケータイ切ってるし」
 「え。マジ?」
 「これ一応駆け落ちでしょ?連絡しばらく取れませんって書き置きしたから大丈夫」

 まあ、実際のところ電源をつけたらとたんに鳴るだろうなとは思う。大人ひとり着いているのだしそれほど心配はかけないとは思うけど、なにせ突発的で予告をしなかったし、いつ帰るのかは聞きたがって自然だ。でも今のわたしにはそれさえよそごと、明日のわたしが片付けること。今は全部を万次郎に懸けていたいのだ。かわいいかわいい末弟に。

 何もねだられる前に安っちいドライヤーをかまえたら、万次郎が目を丸くして振り返った。

 「えっやってくれんの?」
 「やらなくていいの?」
 「ヤダやるやって。言ってねえのにやってくれると思ってなかっただけ」

 ドライヤーの風量はやっぱり乏しくて、ブリーチされまくったダメージヘアは余計に傷みそうだった。指で引っ掛けないようにそっとほぐしながら乾かしていく。そうしているうちに、万次郎の頭がこくりこくりと船を漕ぎ始めた。子どもの頃となにも変わらない様相にひとり笑ってしまう。

 「んぁ」
 「寝てていいよ。もうちょっとかかるから」
 「……ダイジョブ」

 絶対大丈夫じゃないのに、開かない目をこすりこすり、かぶりを振って無理やり意識をとどめている。わざと寝かしつけるように頭をゆっくり撫でながら温風を当てたら、10秒ともたずに気絶していた。ほんとかわいい。

 おおむね乾いて、ドライヤーを切ったときには、その音量差にさえ起きないほど万次郎は落ちていた。さすがにもう抱えてベッドには上がれないから、そっと揺り起こす。

 「万次郎、終わったから。もう寝よ」
 「…ん、うん、…」
 「起きて」
 「……はぇ、あ、…寝てた…ゴメン」
 「ベッドいこ?」
 「うん」

 なんとか応答できるようになったものの、意識はぼやぼやしているようだ。手を貸してようやく立ち上がり、身体を引きずるようにして数歩歩いて、そのままベッドに倒れそうだったのでかろうじてその直前にペラペラの布団をひっぺがした。ばたんと落ちた身体の肩まで布団をかけてやり、離れようとしたら、すかさず手を掴まれた。

 「なーに、マイちゃん」
 「…やだ、離れるの」

 ここまではさすがに珍しい直球の甘えが可愛くて可愛くて吹き出した。本当は洗面台まで戻そうと思っていたドライヤーを諦めて放り、その手に従って隣に潜り込む。一緒になんて何度も寝てきたけど、そのどれもがシングルの布団だったから、こんなにふたりとも両手を広げてだらんと眠れるぐらい大きなベッドにいるのが新鮮だった。結局貧乏性には使いこなせず、はじに寄って、身を寄せ合って使ってしまう。

 さっきまであんなに眠そうだったのに、なぜか目が覚めてしまったらしい。一度身を起こして、わたしの腹にがっちりと腕を回し、鳩尾に顔を押し付けてくる。息があつくてくすぐったくてとても眠れない。「やめてくすぐったい」と笑いながら押し返しても、ぜんぜん離してくれずに「ヤダ、オレの」。まったくこの弟ときたら母性本能をくすぐる才能の塊である。将来はヒモかなと少し危ぶみつつ、脳天にキスを贈ったら、またもそもそと顔を腹に埋めて、今度こそ寝息が聞こえ始めた。寝苦しいけどこうなってしまっては仕方ない。手を伸ばして、手探りで頭上のパネルをいじって電気を消し、もしゃもしゃ頭をもうひと撫でして自分も目を閉じた。

 「…万里子」
 「ん?」

 まだギリギリ落ちてない、ってかんじの声がくぐもって聞こえる。頑張らなくていいよの意味を込めてまたゆっくり撫でると、数秒ごとに眠気に負けながらも、まだ途切れ途切れに喋り出した。

 「…きっかけとか、ねえんだけど」
 「うん」
 「なんか…急に、ちょっと離れたくなって、」
 「うん」
 「……きてよかった」
 「わたしも楽しいよ」
 「ありがと……だいすき、万里子」
 「わたしも大好き。おやすみ、万次郎」
 「…ん…」

 ここに来るまで、連れてきた理由を姉にどう言ったものかと考えてはいたのだろう。きっかけは本当になかったのかもしれないし、実際には本人も自覚していないところであったのかもしれない。まあ、そんなことはもういい。この子が逃げ込める先があれば、それで十分だ。それに自分がまだ選ばれるなら、喜んで応えるだけ。明日も帰りたくないと言えば、わたしはどこにだって付き合ってあげてしまうだろう。でもこの子はそうしない。わかっている。朝になればけろっとした顔で、楽しかったー!朝メシ食お!ってわたしの手を引いて、そのまま家路に着く。

 でもね。

 これは事態がそうならない限り絶対に誰にも言わないけど、恋人も家族もひっくるめて、結局わたしにとっては万次郎がいちばんに特別だ。だからもしこの子がそれを望むなら、一緒にどこへでもいつまででも駆け落ちしたっていいと思っている。それぐらいの依存をむしろ心地よくさえ思う。毎朝あっさりと手を離れて家を出て行くのだって、本当はちょっと寂しいぐらい。

 ふだんは思わないようにしているどうしようもない本音が呪詛のようにずるずると出てきて、危ない、寝てしまわないとだめだと、無理やり思考を止めた。

 わたしたち姉弟を知る誰もが、万次郎のシスコンがヤバいって言うけど、実際は真逆、この通りだ。わたしのほうがはるかに彼を劇的に愛している。だってめっちゃくちゃ可愛いんだもん。





 あまりに深く熟睡できてしまって、起きた時には経緯が頭からすっぽ抜けていたから、その光景にはめちゃめちゃ驚いた。半裸の万次郎の腕枕、明らかにいかがわしい内装のラブホテル。実の弟を襲ったのかと一瞬本気で自分を疑い、ザッと血の気が引いたことは生涯の秘密だ。

 「万次郎」

 筋肉質な肩を揺する。ぜんぜん起きない。ぱかーっと口を開けたマヌケな寝顔がひそめられることさえない。

 「おーきーてーよー」

 時計は9時。いい加減に連絡しないと、帰ったらエマから雷が落ちちゃいそうだ。もちもちのほっぺたを引っ張り、鼻をつまんで、無理やりねぼすけの意識を引き摺りあげる。

 「……はらへった…」 
 「あはは、そだね。昨日あれだけしか食べてないもん」
 「…動きたくねー」
 「頑張ってよ、わたしも飢え死にしちゃう」
 「……先払い」

 朝からおバカなおねだりに笑って、ご要望通りにハグで応えた。ちゃんとそんなことで満足する万次郎は、「メシだー」と言ってわたしより先に全身のバネを使って起き上がり、わたしが起きるのを助けてベッドを飛び出し、大きく伸びをした。

 「帰る前に海でちょっと遊んでこ!」

 ほら、やっぱり。

 「いいね!そうしよ。浜焼き食べたーい」

 半日の駆け落ちが、もうすぐ終わる。何も言わなくたって、この子はみんなを守りに帰るのだ。


*おまけ

 電源をつけたらいきなり真一郎から鳴った。

 『やっと出た!!』
 「ウワ何ごめんなさい。書置きしたじゃん」
 『アレ見てビビんねえやついるかよ!?帰ってくんの!?』
 「え?プチ旅行って書いたでしょ、さすがに帰るよ」
 『ハ?え?…弟と駆け落ちしますって』
 「えっ?」

 バイクを走らせ続ける後頭部をぎょっと見上げたら、とつぜんわざとらしい鼻歌が始まり、スピードが上がる。こ、こいつ。
 帰ったら万次郎はエマに、わたしはイザナにアホほど怒られた。

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