ログボ





***

 サイボーグみたいなひとだなと思っている。仕事にしても私生活にしても、どこにも隙らしい隙っていうのがないから。休みに怠惰に二度寝することもなく、シャキッと起きて自炊で三食栄養バランスの良い食事を摂って、筋トレをして、愛犬をかまって、ギターを嗜む。なにごとも健全な楽しみ方ってのを理想の人間ってかんじでこなすのである。あんまり寝ないっていうかなんていうか。寝ない。

 「…もうしわけない」
 「は?」

 このひとより数段働いていない自分が、味噌汁のいいにおいと小さくされたニュースの音でじっくりじわじわと気持ちよく起こしていただいている現実、まことに申し訳ない。向こうは寝ぐせも一切なく、起きて少なくとも二時間は活動したあとのシャキッとした顔で焼き魚、…焼き魚!?なんて手の込んだ料理を当たり前に二皿持ってきている。対してこっちは起き抜けのボサボサで酒も抜けきらずに頭が痛いとかっていう。

 「もうしわけない………」

 あまりに申し訳ないので再び謝っても、そういう私の自棄に慣れ過ぎた彼は応じずに「おはよう」と人間として百点満点の朝の挨拶をしてくれた。より申し訳ない。
さすがにここで布団から挨拶をするのは違うなと思い、のそのそと布団から這い出て正座で頭を下げた。

 「おはようございます」
 「はい、おはようございます。気分は?」
 「……恥ずかしながら頭がガンガンしております」
 「だろうね」
 「私昨日騒いでた?」
 「そりゃもう。大騒ぎだったね」
 「何言ってた?」
 「僕としては自力で思い出してほしいような情熱的なセリフだったかな」
 「……え?なに?零くんに?言った?私が?」
 「食べよう。冷めるよ」
 「え?…いただきますけど」
 「どうぞ」

 筍の炊き込みご飯、なめこの味噌汁、鰆の西京焼きに大根おろし添え、だし巻き卵、もずく。自分が昨夜口走ったっていう酔っ払いセリフなんて吹き飛ぶ料亭のクオリティで、今日が久しぶりに一緒にいられる連休2日目の朝なのだと実感した。時間さえあれば生活のどこかを確実に豊かにするのだ。この人は。

 「おいしい。すごく」
 「それはようございました」
 「何時に起きたの?」
 「6時ぐらいかな」
 「はや……そこから何してたの?」
 「何って…ふつうに、支度してハロと走って、7時から朝市があったから買い物して帰ってきて、朝食作って洗濯してたぐらい」
 「……恐ろしい無駄のなさ」
 「朝型なだけだよ」
 「そんななかグースカ寝てる置物邪魔だったんじゃない?」
 「起こさないように動くのも隠密みたいで楽しかったよ。途中からそれなりに音立てても起きないのわかったから気遣ってなかったけど」

 今思えばうつらうつらはしていた。ベランダを開けるカラカラって昔ながらのサッシの音と、ふわっと入ってきた風にのった柔軟剤の香りが記憶にある。でもあまりに心地よくて、せっかく少し持ち上がった意識もすんと落ちてしまったのだ。…あれ?何が気持ちよかったんだっけ。

 「ねえねえ」
 「ん?」
 「さっき頭撫でた?」
 「………やっぱり鳥インフルか。卵すごい値上がりしてるよな、今」
 「すごい逸らすじゃん話」
 「昨日なんて1パック600円だった」
 「ぜんぜん帰ってきてくれないし」

 ということはこの美味しいだし巻き卵はそんな希少な高級品から生まれたものなのだ。いつもよりも長く口のなかにとどめてとろっとした触感を楽しみつつ、鶏のニュースに釘付けのていを装っている零くんにもたれて、たまたま箸から手が離れていた右手を自分の頭に誘導させた。最初こそ抵抗はあったけど、徐々にあきらめがついたようで最後には素直に、薄い記憶と同じように大きな掌で包むように頭を撫でてくれた。

 「…起こして悪かったな」
 「ううん、撫でられるの好き。生きてるだけで褒めてもらえて、ログボみたい」
 「ろぐぼ?」
 「こっちの話」

 アプリゲーなんて縁のない人にデイリーボーナスなんて説明したって仕方ない。もう一度頭を撫でるように催促して、3回撫でさせてからまた食事にもどり、同じように箸をつかうその手を見ていたら、撫でられたばかりなのにまた欲しくなった。

 「今日はデイリーじゃなくてアワリーがいいな…」
 「?なんの話?」



*生きてるだけで愛してほしいって話