すなおじゃない / 五条

日中でも趣のある高専の建物は陽が落ちるとそれはそれは恐ろしい存在感を放つ。高専在籍時から苦手であったが今に至るまでこの恐怖心を払拭できていない。不気味すぎる、一刻も早く帰りたい。

高専OGであるが私は術師ではない。補助監督にしかなれなかったのだ、理由は上記から察して欲しい。
脳内が帰りたいで埋め尽くされている私が何故ここにいるかというと原因は五条さんである。


「もう帰りたい…」

そう呟いて使い古された机に伏せた。
五条さんになすりつけられた始末書は先程から一行も進んでいない。事の顛末を全く知らないからだ。そして本人は任務中なので聞くこともできない。
本日提出期限だと帰り支度をしているときに言われ任務が終わるまでに作成し高専内で待て、との指示を愚直に守っている。


「お待たせ」
「うわぁぁぁぁぁあ!!!」

うるさ、と耳を塞ぐこの人は昔からこのように私に嫌がらせをしてはご機嫌になっていた。いじめられていると思ったことはないが出来ればもう少し優しくして欲しいというのが本音だ。

「五条さん!気配を消して突然現れないでください!」

心臓が口から出るかと思った、と付け足すと五条さんは嬉しそうにニカっと白い歯をのぞかせた。

「なまえ、まだここ怖いの?」
「怖いですめちゃくちゃ本当に早く帰りたいです」

早口で捲し立てたからなのか五条さんは何も言い返してこなかった。普段から見上げているが椅子に座った状態だとより首が痛い。アイマスクを外した絢爛豪華な素顔がうす暗い部屋と逆光でよく見えないのが残念だ。

「先輩?」

恐らく私の顔を見ているであろうこの人は呼びかけにも応じないので何を考えているか分からない。――おちゃらけている普段もよくわからないが。

勢いよく伸びてきた手に反射で目を閉じると少し冷たい指が目尻に触れた。
ドカリと音を立てて向かいの椅子に座った五条さんはその綺麗な顔を歪ませ不快感を前面に出してきた。

「こんな仕事早く辞めろって言っただろ」
「…向いてないとは思いますが辞めたくないです」

最近は滅多に言われなかったが昔は顔を合わせる度に言われていたことだ。それを言われると毎回私はこう返す。いつもの流れだ。

「人の役に立ちたいんです」
「なまえは俺だけの役に立てばいいじゃん」

…この返答はいつもとは違う。
唇をとがらせた目の前の美丈夫は今の軽薄そうな五条さんではなく私がよく知る五条先輩だと感じて懐かしくなった。

「私は先輩の力にはなれないと思うんですが…」
「…っはぁ。これ出してくるから一緒に帰るぞ」

先輩は心底呆れたと言わんばかりに大きなため息をついて立ち上がった。ひらひらと掲げた紙は私がもじゃもじゃを書いたものとは別だった。

「あ!始末書自分で書いたんですか?私に書けって言ったのに…」
「口実だよ、気付けバーカ」
「どういうことですか?ちょっと待って下さい!先輩!」