言葉足らず / 五条

その人は、職場で不可解な出来事が相次いだときに現れた。
艶のある白い髪にスラっと伸びる長い手足、アイマスクをしている点を差し引いても女性社員が色めき立つのは道理だった。

そんな人が私の家を気まぐれに訪れるようになって早数カ月。いつも突然現れるので本音を言うと少し迷惑していた。


「やっ、おつかれ」
「五条さんもお疲れ様です」

いつものように残業を終えヘロヘロになりながら家路につくと玄関の前で件の男性が座り込んでいた。
目こそ覆われているもののどこか哀愁を漂わせていたことが気がかりで挨拶もそこそこに解錠し彼を部屋に入れた。

「疲れちゃいました?」

玄関の扉が音を立てて閉まったと同時に腕を引かれ抱き寄せられた。五条さんは未だ言葉を発しない。

短い腕を伸ばし肩口にうずめられた頭をゆっくり撫でた。ビクリ、 身体を少し揺らしたが拒否されるどころかすり寄ってきたので手を動かし続けた。

「なまえは何でなにも聞かないの?」
「言いたいことは言ってくれる人だと思っていますので」

飄々としているこの人の地雷がどこにあるか私にはわからない。言ってこないということは聞かれたくないことなのだろう、私に詮索する権利などないのだから聞かないのは当たり前ではある。

きっと五条さんは少女漫画における常套シチュエーションである“おもしれー女”要素が私にあると感じ声を掛けてきたのだろう。
でもあのとき色めき立った女子社員の中に入らなかったのは興味がなかったからではなく分不相応だと思ったからだ。

最初は見た目に惹かれたんだと思う。そのあと中身を知って好きになってしまった。でもそれを知ったらきっと彼は離れていってしまうから必死で感情を押し殺していた。


「昨日一緒にいた奴誰?」
「…アプリで出会った人ですかね」
「好きなの?」
「…まだ好きじゃありません」

叶わない恋にのめり込み破滅出来るほど私は若くないから。先に進むためにも相手を探していたのだ、それを一番見られたくない人に見られてしまうなんて片想いに夢中にならない私への罰なのか。

「僕がいるのに、浮気?」
「浮気も何も付き合っていないでしょう?」

アイマスクを外して透き通ったパウダーブルーが私を捉えた。その眼で見つめられるのはどうにも苦手だ。平静を装いながらもその美麗さに息を飲んだ。

「僕なまえのこと好きって言ったよね?」
「あれ寝言だと思ってました。というかそれで付き合っているということになるんですか?」

見解の相違と思わぬ新事実に口元が緩んだ。五条さんはピクっと眉を動かし盛大にため息をついた。

「超、超多忙なこの僕が時間を見つけては会いに来てるんだよ?つまりそういうことでしょ」
「つまりどういうことです?明確な言葉がなければわかりません」


先程までの悄然とした態度と打って変わり、声高らかに持論を言ってのけた。この人はたまにこういった部分が露見する。もしかしたら普段は取りつくろっているのかもしれない。

「なまえ、愛してるよ」
「…っ!」

ころころ変わる態度にまったくついていけない。明らかに落としにきている低く囁くような声に心臓が大きく跳ね、あまりの破壊力に声が出なかった。
にやにや意地の悪い笑みを浮かべる彼に無駄に対抗心が湧いた。

「今度来るときは連絡ください。待ってますから」

どうやら私は自分が思っていた以上に素直ではなかったらしい。




言葉足らず



「明確な言葉がないとわかりませーん」
「意地悪ですね」
「なまえ顔赤いね、かわいい。」
「か、からかわないでください!」
「なまえ、大好き」
「もー!…私も 好きです」