rib / 虎杖

虎杖×補助監督




「伊地知さん、改めてよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」

この春から晴れて補助監督に着任し、在籍時からお世話になっていた伊地知さんの元で補助監督の何たるかを学ぶことになった。
着任して暫くは書類整理しかさせてもらえなかったので今日が現場初陣だ。

「緊張してますか?」
「してます、正直」

今日は新一年生一人の引率だけで私がすることなど何もないのだが、何事も初めては緊張してしまう性質なので仕方ない。

「ちわー、あれ?伊地知さんその人は?」

小走りでやってきた赤フードの男の子が今日引率する生徒であり、呪術界で知らない人はいない宿儺の器虎杖悠仁くんだ。
あまり堂々と外をうろついてはいけない事情があるので素早く車に乗り込んだ。

「改めまして、本日から補助監督として虎杖くんの引率をしますみょうじなまえです。よろしくお願いします」
「みょうじさんって俺と歳近かったりする?」

同じ十代、近いと言えば近いのかもしれないが四歳の差がある以上私の口から近いね、 なんて言えなかった。
もごもご言い淀んでいると伊地知さんが代わりに応えてくれた。

「みょうじさんは今年高専を卒業したばかりですので近いですね」
「そっか、じゃあ先輩だ!」

汚れを知らない子供のような笑顔にえも言われぬ気持ちに支配された。ミラー越しに伊地知さんの顔を見た。

「…伊地知さん、虎杖くん本当に呪術師ですか」
「このままでいて欲しいですね」


何がどう私の心に響いたのか何を思ってその発言をしたのか、言わずともぴったりな返答をしてくるあたり伊地知さんも同じことを思っていたのだろう。頭の上にクエスチョンマークを浮かべるその表情も愛らしい。

「えっとですね、伊地知さんが不在のときは私が虎杖くんの任務に同行します。マネージメントも仰せつかっていますので連絡先を交換してください」
「はーい」




□ □ □



それが彼との初顔合わせだった。それから思っていた以上に虎杖くんと行動を共にすることが多く、元々人たらしな性格の彼との仲が深まるのにそう時間を要さなかった。

「悠仁、大丈夫?」
「なまえさんこそ、怪我してんじゃん」

俺の力不足、ごめん。 と頭を下げた。彼は一人で祓えなかったことと私がけがをしたことに負い目を感じているらしかった。前者はともかく後者などどうでもいいことなのに。

「悠仁、私は今補助に回ってるけど高専で一通り学んでいるしこんなのは怪我の内に入らないよ」
「でも…」

なおも食い下がる彼に少し腹が立ちげんこつを一発お見舞いした。補助監督と言えど呪術が使える以上自分の身は自分で守らなければいけなかった。私のミスだ。

「いってぇー」
「私は一般人じゃないの、守るべき対象じゃないの」
「わかってるよ、でも俺はなまえさんを守りたいんだ」

向けられた熱い視線に目が回りそうなほど泳いだ。心なしか赤らんでいる彼の頬も私と比べれば大したことではないだろう。

「え、ぇえ」

やっとの思いで出たそれは言葉にもなっていなくて大口を叩いた割に情けなさに拍車を掛けた。

「本当は言うつもりなかったんだけどなまえさんのこと好きだ」

月明かりに照らされた悠仁の顔は真剣そのものでオーバーヒートした頭では理解するのに時間が掛った。言われた台詞を反芻していると血で濡れたたくましい手が熱を移入させてきた。

「ね、なまえさん…」

縋るような声音で答えを促されるとそれに呼応するように胸に秘めていた一つの感情が顔を出した。

「私も、悠仁が好き」

言ってしまった。
学長に怒られるかもしれない、五条先生に何を言われるんだろう、七海さんに知られたら軽蔑されるかも…そんな不安ばかりが頭に浮かんで耐えがたい焦燥を感じていると突然襲ってきた痛みでそれらは吹き飛んだ。

「いたっ!いたーーい!!」
「やっぱり折れてるじゃん」
「悠仁の力が強すぎるの、普通にしてたら平気だし」

抱きしめられた身体はすっぽりと彼の中に収まっていて、それ故に体中の骨が軋んだ。――折れた肋骨二三本増えた気がする。

「なまえさんはもう俺の彼女だから何を言われようと絶対守るから」
「悠仁に守られないように修練を積みます」
「そうじゃないでしょ?今そういう感じじゃなかったでしょ?!」
「本気だよ、悠仁私の為に死なないでね」
「約束はできんけど、頑張るから」

先輩、四つ年上、補助監督という立場。そういったプライドだけで辛うじて我慢できていた痛みが抱きしめられたことにより全力で存在をアピールしてきた。運転が出来そうにないので電話口でひたすら謝り倒し伊地知さんに来てもらった。

迎えに来てくれた伊地知さんに延々と謝り続けながらも繋がれたままの手のぬくもりに気分は高揚していた。


「在学中もそうやって大怪我していましたよね」
「そうなの?!」
「ちょ、伊地知さんしー!!」