鉄の味 / 虎杖

杉沢第三時代 



テスト勉強を兼ねた家デート。二人きりになれるタイミングが限られる学生にとって両親のいない自宅は楽園だった。
テストなんかは地団駄を踏むほど嫌ではあるが期間中悠仁を独り占めできるこの時間は好きだった。

横長のテーブルに並んでテスト範囲のノートを書き写す。ふと集中が切れて視線を落とすと胡坐をかいた悠仁の膝に目がいった。

「っうわ!なにどした?」
「悠仁膝弱いの?」
「いや、そんなことはないと思う」

なまえは左手五本の指を使って膝をふわりと撫でたのだが思っていたよりも大きな反応に面食らった。恥ずかしそうに頬を掻く彼を見てある感情がむくむくとわき上がってきた。

他に弱い所がないかと体中をまさぐると、脇腹も弱いことが分かりこれでもかと擽った。

「っはは、やめっ!…ぃて」

なまえ手から逃れようとしてバランスを崩した悠仁は床に後頭部を軽く打ちつけ、なまえは彼の上に覆いかぶさった。

「…ご、ごめん大丈夫?」

悠仁はなまえを抱きすくめたまま何も答えなかった。腕に力は入っているし意識ははっきりしているのだろうが焦ったなまえは起き上がろうとぐっと力を入れるが更に強く抱きしめられるだけだった。
一分経過したかどうかという頃になってなまえを抱きしめたまま悠仁は起き上がった。身体を離した後なまえの瞳をじっと見つめ短く息を吐いた。

「なまえ、キスしてもいい?」

悠仁は頬を薄紅に染め視線を彷徨わせた。
なまえの心臓は爆発寸前だった。その行為を期待していなかったわけではないが思っていたよりも悠仁は奥手でもうこちらから仕掛けてしまおうか、 とさえ考えていた。

「…いいよ」

繋がれた手に感じる拍動はどちらのものかも知れない、大きな音を立てていた。なまえの快諾を受けて悠仁はゆっくりと顔を近づけた。

――ガチッ

「いってぇー」
「痛い…」

ゆっくりと近付いていたはずが思いあまって勢いが付いてしまったようだ。ファーストキスはレモンの味、 ロマンチックなそれとは程遠い鉄の味がなまえと悠仁に溢れんばかりの充足感を与えていた。

初めて触れたお互いの唇は想像よりも、己の手の甲よりもずっとやわらかく暖かかった。痛みこそあれどその快感はダイレクトに脳を突き抜けた。

「なまえ、こっち見て、…もう一回してもいい?」

紅潮した顔を見られたくなかったなまえは俯いていたが、悠仁の劣情を含んだ声音に顔を上げ頷いた。

それからは痛みのない優しいキスを何度も何度も、夢中で味わった。これから先何度口付けを交わしてもこのファーストキスの感覚は絶対に忘れることはないだろう、 なまえは快感で埋められた頭で思った。