日常 / 梵天蘭

梵天軸 蘭
兄妹



なまえは2年ほど前から3人で住んでいるこのマンションの一室で1ヶ月のほとんどを過ごしている。
元々出不精のきらいはあったが外出に対して二人の兄があまりいい顔をしないのでますます部屋に篭るようになった。

「ただいまーなんかいい匂いすんな」
「おかえりお兄ちゃん、ご飯先?…お風呂先だね」

フルオーダーメイドのスーツが所々赤く染まり、顔には煤のようなものが付着していた。
これはこのままゴミ箱行きだろう、金額が金額なだけに少々もったいない気もするが血液の付着した衣類をクリーニングに出すわけにもいかない。
そもそも蘭はスーツをすぐに捨てるのでこのスーツはよくもった方だろう。

「何してきたの?」
「本当に聞きたい?」
「…やっぱりいい」

血痕は日常茶飯事としても煤は梵天のみんなで楽しくバーベキュー、なんてことは絶対にないのだから100%物騒なことに決まっている。
眠れなくなるからいい、 と耳を塞ぐなまえの姿を見てあえて口を開こうとする蘭を浴室に押し込んだ。


パタパタとスリッパの音を立てキッチンに戻り、大家族の食卓かと思うほどに作られた料理を見て口角を上げた。
なまえは元々料理など好きでも得意でもなかったのだが放っておくと栄養面を考えない適当な食事をする兄がいるため積極的にするようになった。

今は宅配業や出前業が盛んになっているが兄の立場では頻繁に利用することは避けた方がいいというのも理由の一つだ。
それに引きこもりのなまえには時間は余るほどあり、意欲湧く広々綺麗なキッチンもあるので最近は料理の楽しさを見出していた。


今日のテーマはスペイン。
先程全て作り終えたばかりだが蘭が出てくる前に少しだけ温め直す。
なまえが日本の家庭料理以外でまとめているときはある番組を見た時で、曜日感覚のない蘭に ああ今日は月曜日か、 などと気づかせる。

なまえは基本的な物事をほとんど知らないが凝り性で興味の湧いたことに対しては異様なまでに詳しく、妙なこだわりを見せる。
以前蘭が持ち帰ってきたワインを見て、何に興味を持ったのか自分は一切飲まないにもかかわらずワインエキスパートの資格を取得した。




日本料理にはない匂いに腹の虫が鳴った蘭は上半身裸のままなまえの背後に立ち、料理の様子を伺った。

「今度はスペイン?どこかわかってんの?」
「早いねお兄ちゃん、もちろん知らないよー」

調理器具などはなまえが料理を始めると言ったときに全て蘭が買い揃え、足りない物があったときも兄自ら用意した。そんな兄の記憶にない物が目の前にあり、不信感を抱いた。

「…この皿とかフライパンどうした」
「ココ君に買って来てもらった」

なまえが他人と関わることを嫌う兄に対して悪びれた様子もなく妹は料理を盛り付け、有無を言わさず運ばせた。

「あいつきたの?聞いてないけど」
「言ってないもん」

さあさあ、食べよういただきます。
部下が見たら震え出すだろう蘭の不機嫌極まりない表情もなまえは意に介さず食べ始めた。
顔を緩ませながら自作の料理に舌鼓を打つなまえの様子を見て蘭は仕事で抱えたストレスが少しだけ和らいだ気がした。

「なんで俺に言わないんだ〜?」
「だってお兄ちゃん忙しいでしょ?」

ココくんが暇ってわけじゃないけど、たまには外出した方がいいと思って、 となまえなりの考えを蘭に伝えた。
理由を聞いても多少不満は残ったが他人と関わることも必要だろう本当は嫌だが、 とわずかに残ったモヤは胸の奥にしまった。

「そういえば今日はりんちゃんと一緒じゃないんだね」
「寂しいよ〜にいちゃん〜って泣いてるかもな」
「今のりんちゃんの真似?似てなーい」

細く引き締まったその体のどこに入るのか、蘭は大皿に盛られたたくさんの料理を次々に口へ運んだ。

竜胆と違い、美味しいや好きという好意的な感想を述べることはないがまずい時ははっきり言うしそれ以降一切手をつけないので今回は口に合ったのだろう。

減りの早いトルティージャは蘭ちゃん好物リストに加えておこう、 となまえは笑み浮かべた。


「ねえ、お兄ちゃん、りんちゃん明日は帰ってくる?」
「多分な、何俺だけじゃ不満かぁ?」
「そういうじゃなくて…お兄ちゃんもっと食べられる?」
「流石にもう無理だなぁ」

だよねぇ、 とキッチンに視線を向けたなまえにつられて蘭も体を向けるといつもは盛り付けが終わったら片付けるはずのいくつもの鍋やフライパンがコンロの上に置かれたままになっていた。

「もしかしてあれ全部…」
「つい作りすぎちゃって…ほらあのスパイスとか配合が違うの!」

凝り性なのは知っていたが来ここまで作りすぎたのは初めてだった。蓋を開けると3人で食べても三日三晩かかりそうな量が残っていた。

「ココくんが思ってたよりたくさん材料買ってきてくれて…だからあの大きい鍋はココくんとカクちゃん用だよ。明日持って行ってね」
「やだ」
「そう言うと思ったんだよね、だから今から来てもらおう?」

どこの世界に鍋を持って出勤する反社がいるんだ。
久しぶりの妹との時間の喪失と明日鍋を持っていく苦痛を天秤にかけ渋々来訪を了承した蘭は、両名に「5分以内に家に来い、来なければお前の大事なものを壊す」という理不尽極まりない電話を掛けた。

「お兄ちゃんありがとう」
「可愛い妹のためだからなぁ」
「あ、マイキーも呼ぶ?」
「なまえ、ボスをあいつらと同じように扱うなよ…」

惜しくも8分で到着した汗だくの鶴蝶と30分後に到着したヨレヨレの九井はなまえのお節介により風呂に入れられた後、灰谷兄妹に見つめられながら大量のパエリアを完食するはめになった。


九井:蘭の笑顔が恐ろしかった、味はあまり覚えていない
鶴蝶:美味かった