習作 / 及川

幼馴染の及川徹は昔から女癖が悪い。
「及川せんぱーい!」「及川くーん!」
今日も体育館の二階席には女生徒が溢れかえっている。いくらこれが日常とはいえ甲高い声援や無駄話をされるとやりづらいことこの上ない。
「もー!!!!うるさいな!!!!」
「まぁまぁなまえちゃん、俺が人気者なのは仕方のないことですよ。」
「…はじめちゃん。」
「おう、今のは俺もむかついた。」
「いった!!!絶対頭凹んだよ!?不細工になったらどうしてくれるの!」
「あーうるさい。早く観客どうにかしてきてよ。これじゃ皆集中できない。」



部員たちが来る前に荒れ果てた部室の片づけをする。一番に入ってきたのは徹だった。いつもならあのうざいくらいのテンションで話しかけてくるというのに、今日は無言だ。真っ直ぐ私の方に歩いてきて手を引かれ壁に押し付けられる。いわゆる壁ドンというやつだ。
「なに?」
「…なんとも思わないの?」
「うん?」
「なーんだ、これもだめか。」
「どういうこと?」
「いいのいいの、何でもないから!さ、練習始めよ!」
徹の違和感には気付かないふりをした。前日の文句が効いたのか今日の及川ファンは静かに練習を見学していた。ありがたい。

「なまえ今日一緒に帰ろう。」
「いいけど、個人練は?」
「ちょっとやっていくから、待っててくれない?」
「わかった。じゃあ後でね。」

少し冷えるようになったこの季節、身震いをしながら待っているとマフラーを掛けられさらりと手を繋がれる。
「ちょっと寄り道しない?」
笑顔を浮かべてはいるもののそれは私の知る及川徹の笑顔ではないと感じた。歩きながら徹は思い出話をし始めた。
なまえ、あの木に登ったはいいけど降りられなくて泣いてたよね。あの川は毎年三人で夏休みに遊んだね。ここの神社は試合の度に願掛けに来ていたよね。なんて。
少し高台にある公園のベンチに腰掛ける。未だ手は繋いだまま。
「正直意外。昔のこともう忘れてると思った。」
「俺、記憶力は良い方なんで。…なまえは忘れてるみたいだけど。」
「何が?徹とはじめちゃんとの思い出は忘れてないよ。」
「俺は、ずっと昔からなまえが好き。」
話の流れを無視した突然の告白に頭の回転が遅くなった。なんで?だって徹は途切れることなく彼女がいた。私のことなんて女として見ていないと思ってた。
「なまえがもっと大人でスマートにエスコートしてくれる人がいいって言ったんだよ。だから俺、たくさん経験積もうと思って…。」
だから女の子と付き合って完璧なエスコートを出来るよう練習していたのだと静かに語った。
「…そんなこと言ったっけ?」
「やっぱり!忘れてると思ったんだよね!俺が仕掛けてもなんの反応もないし!」
ああ、だから壁ドンしたりマフラー巻いたりしてきたのか。
「あんな作った徹より私たち幼馴染にだけ見せる表情が私は好きだよ。」
「…っ!」
「その顔。どんな決め顔よりも愛おしいと思うよ。」
「〜〜!もう!なまえかっこよすぎ!!」




習作
 練習のためにつくること

「これからは練習も本番も全部私だけにしてね。」
「なまえかわいすぎる…。」