直情 / 岩泉

隣の席のみょうじはいつもどれかの指にテーピングをしていて裾から覗く白い四肢には痣がある。最初は虐待か、はたまた中二病かなんて疑ったものだが、彼女が所属している部活を知って納得がいった。
「今回はより酷いな。」
「そうなんだよー。さすがに利き手がこんなだと不便極まりないよ。」
全く困った様子もなくへらへら笑いながらテーピングまみれの右手を見せてきた。
「お前、なんでそこまでするんだ?」
彼女がバスケを始めたのは中学生になってからだと同じ部活の女子が言っていた。身長に恵まれており顧問に熱心に勧誘され入部したらしい。正直そんな素人が自分の身を粉にしてまで頑張る意味がわからなかった。
「なんでって、上手くなりたいから。勝ちたいからだよ。」
いつもおっとりのほほんとした彼女がそんなの当たり前だろうとも言いたげな語気に尻込みし同時に愚問を投げかけてしまったことを反省した。彼女も立派なスポーツマンだった。
「…そうか。悪い。」
「頼まれて始めたことだけど今はバスケが好き。絶対強くなって、プロ目指すんだから!」
教室で声高らかに宣言しクラスの奴らに笑われてもみょうじはただ真っ直ぐ先を見据えていた。


「おつかれ。」
「岩泉もおつかれ。」
中学最後の大会が終わった。みょうじの試合結果は先生を通して知った。
「…いつの間にか怪我しなくなってたな。」
「うん。それにねこれでもポイントゲッターやってたんだよ。」
隣の席で夢を語っていたあの頃と変わらず真っ直ぐ前を向きながらも悔しそうに大粒の涙を流していた。
「…負けちゃった、終わっちゃった。」
「まだ終わってねぇよ。俺もお前も。」
「っそうだね。高校でリベンジする!岩泉も頑張れ!」
「あぁ、サンキュ。」
三年間でクラスが一緒になったのは一年のときだけでみょうじの進路は知る術がなかった。本人に聞けばよいものをついぞ聞くことは叶わず卒業した。


「岩ちゃん、第二体育館でバスケの試合やってるんだって。ちょっと見に行かない?」
「…あぁ。」
「誘っておいてなんだけど、岩ちゃんが乗ってくるなんて珍しいね。」
「まぁな。」
バスケの試合、と聞いて思い浮かんだのはみょうじのことだった。高校も連絡先も知らないが彼女のことはよく考えていた。あの日言えなかった言葉を抱えながらみょうじに言われた頑張れを思い出してはバレーに没頭していた。
「ルールとか詳しくはわからないけど、あの白の六番の子上手いね。」
「あいつ…。」
「なになに、知り合い?」
「中学一緒だっただろ。みょうじなまえ。」
「あぁ、あの怪我ばかりしてた子…ってめっちゃうまくなってるじゃん!」
会場に入った時点で残り数分だったのであっという間に終わってしまった。
「及川、先帰ってろ。」
「はーい。」
下卑た笑みを浮かべひらひら手を振る及川は明日しめることにしてみょうじを探した。少し経った頃、部活のジャージに身を包み出口へ向かうみょうじの後姿を見つけ声量の調節を失敗した。
「みょうじ!」 
「はいっ!…って岩泉?何でここに。」
振り返ったみょうじは昔と変わらず意志の強い目をしていた。
「第一体育館で後輩の試合があったんだ。…みょうじ、かっこよかった。」
「え、照れるなぁ。」
少し頬を上気させるみょうじは先程のしなやかでありながら力強いプレーをしていた人間と同一人物とは思えないほど可愛らしい女の子だった。初めて見たみょうじに試合に感化されたのか、感情が高ぶり仕舞っていたそれが顔を出してしまった。
「俺、みょうじのこと好きだ。」
みょうじは一度目を丸くしてから満面の笑みを浮かべた。
「…私も、ずっと好きだった。」



直情
 偽りや飾りのないありのままの感情


「なまえ、って呼んでいいか?」
「もちろん!はじめくん!」