「クロムさま!」
「スミア、どうかしたか?」


伸ばしそうになった手を、ゆっくりと下ろす。幸い二人はあたしに気が付いていないみたいで、問題はない。他愛ない会話を交わすクロムとスミアの周りには、色鮮やかな花がぽんぽんと咲き乱れていて微笑ましい限りで、リズも癒されるねえなんて言っていた。

だからこんな気持ちを抱くのは、きっとあたしの心が汚いからなんだと思うの。


「っ…」


ぎゅう、と心臓が誰かに握られているみたいに締め付けられて苦しくなる。反射的に服の上から胸を押さえても、その痛みは和らぎそうにない。苦しい、苦しい。あの幸せそうな二人を見てると、いつも苦しくなる。苦しくて、しんどくて、辛い。どくんどくんと心臓が重く唸って、あたしを苦しめる。こんな疚しい気持ちを抱くのが悪いんだぞ、って身体から言われているみたい。

踵を返して二人の元から壁伝いにゆっくりと離れていくと、心臓が次第に機嫌を直してくれたみたいで、痛みを帯びなくなった。あたしだって、好きでこの痛みを毎回味わってるんじゃないのよ、あたしの身体なんだから理解してよ。わかってよ。
こんなに苦しい恋なんて、したくないのわかってよ。


「っわ」
「っと、ルフレ…?どうした、具合でも悪いのか?」
「ガイア…」
「真っ青じゃねえか。ほら、医務室行くぞ」


曲がり角で遭遇したガイアは、身長のせいで必然的に見上げることになるあたしの顔を見ると、ぎゅっと眉間に皺を寄せて不機嫌顔になった。いつも銜えているキャンディをガリッと噛み砕くと、あたしの手を引いて歩き出す。抱えていた書類が落ちそうになったのをなんとか堪えて、未だあたしの手を放そうとしないガイアの背中に抗議の声をぶつけた。


「ま、待ってガイア、待ってよ」
「待たねえ」
「あたし具合なんて悪くないわ。武器の確認しにいかなきゃいけないから放してっ」
「後で俺がしといてやるから黙ってついてこい」


嫌よ、ガイアに頼んだら後で何請求されるかわかったもんじゃないもの。歩幅が違うせいで早足になったあたしは、切れ切れだけれどもそう言った。だって事実なんだもん。あたしがそんな軽口を言えば、余裕綽々な顔か眉を吊り上げた不機嫌顔で言い返してくるのに、ガイアはあたしを見もしない。ただただイーリス城の長い廊下に足音が二つ木霊するだけ。

ガイアが何を考えているのかわからないのはいつものことだけど、なんだかそれがとても息苦しく気まずく感じて、思わず抗議するはずの口を閉じてしまう。どこに向かってるのかな、あ、医務室か。あたし本当に具合なんて悪くないのに。侍医さんになんて言おう。ぼうっとした頭でそんなことを考えながら、ガイアに握られてるあたしの手を見つめていた。


「ほら、入れよ」
「え、ガイア、ここ作戦室…」
「いいから」
「ちょっ、」


ガイアに連れて行かれて辿り着いた先は、医務室でもなければあたしの部屋でもなく、作戦室だった。文字通り、あたしやクロムが作戦を練る時に使う作戦室。だだっ広い豪華な部屋に並べられた豪華な装飾のテーブルには、地図や書類が置かれっぱなしだった。勿論、犯人はあたしやクロムなんだけど。
押し込められたあたしはいい加減文句言ってやるんだから、と振り返ったら目の前に、本当に目と鼻の先ってくらい近くの距離にガイアが居て、思わず後退してしまった。そのままじりじりと無言で距離を詰めてくるガイアが知らない人のように見えて、途端に怖くてたまらなくなる。


「が、ガイア…、」
「…」
「ねえ、ガイアってば、」
「……」
「へんじ、してよ…!」


がつ、と気が付いたら随分入り口から追い込まれていたみたいで、テーブルの縁に腰をぶつけて、上半身が仰け反った。急に忙しなく変わる視界をまるで見計らっていたかのように、ガイアに肩を押されてテーブルの上に寝転がることになったあたしを、何かが覆い被さったのは目を瞑っていても気配でわかった。恐る恐る瞼を開けてみれば、目の前にはガイアの端整な顔があって、ガイアの気だるそうな目があたしの目を見つめていた。全部、全部見透かされてしまいそうな、そんな視線。恥ずかしいとか、離れてだとか、そんな事よりも先に見ないでと、手の甲で自分の目を覆う。自覚したくないの、誰にもばれたくないの。あたしが、あたしが親友に恋をしてるだなんてこと。

でもそんな事お構い無しに、あたしの手を引き剥がして、じっと見つめられる。ネービーブルーの瞳があたしの汚い部分も全て見透かすように見つめてきて、それで。


「や、やだ、ガイア、いや、」
「ルフレ」
「みないでっ」


暴れようとするあたしの手を押さえつけて、ガイアの顔が近付いてくる。何よりもあたしはあたしの目を見てほしくなくて、最終手段として強く強く目を瞑った。そしたら、ふに、と唇にかさついた何かを押し付けられる。驚いて思わず目を開ければ、至近距離に居るガイアと目が合った。

な、なに、え、ちょっと、まって。


「好きだ」


だから、まってよ。



あなたの未来を盗みにきました



title:彼女の為に泣いた
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