泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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士イリ(Fate) >> other


hollow時空







「わたしね、お兄ちゃんのお嫁さんになりたい」
「っ──」

不意打ちで、こんな可愛いらしい事を言うものだから、思わずかぁっと顔が熱くなる。
娘が無邪気に『大きくなったらお父さんのお嫁さんになる』と夢を語るのはよくある話だと聞くが、まさにそれを早くも体験する事になるとは思いもしなかった。

「ったく。ちゃんと兄離れ出来るかどうか、今から俺は心配だ」

照れくさい気持ちを必死に抑え込みながら、話題をそれとなくそらそうとする。
しかし、

「……やっぱり冗談に聞こえるんだ。……結構、本気だったのにな」
「……俺は、イリヤの兄貴なんだから」

駄目だろう、それは。
兄と婿。
妹とお嫁さん。
二つの役割を同時にこなす事なんて出来ない。普通なら、成長するに従って現実を知り、父親離れをしていくのだろうが、そこはイリヤだ。

「どうして? シロウとわたしに血の繋がりはないし、戸籍上の繋がりもないわ。知ってのとおり年齢すら既にクリアしてるんだから。当然、法律にも抵触しない。ね? なんの問題もないでしょ?」

──などと軽くかわされる。
いや、そう言われてしまうとそうなんだけど、やっぱり何となく罪悪感と抵抗があるというか。
決して嬉しくない訳じゃない。いや、断言する。実は凄く嬉しかったりする。
イリヤは素敵な女の子だ。悪戯好きでちょっと庶民とは金銭感覚がズレている所がたまに瑕だが、無邪気で可愛い女の子だ。
俺なんかには勿体ない。イリヤにはもっと相応しい奴がいるのではないか。
素直に俺はそう思えてならない。……多分、本当にそんな男が目の前に現れたら一発殴らせろとも思うのだが。
思うに、何故幼い少女が父親といった身近な存在に憧れを抱くのか。それはやはり身近すぎるあまりに視野が狭くなるからではないだろうか。子供にとっての世界とは狭いもの。狭い視界の中では強すぎる存在しか目に入らなくなってしまうのは仕方がないと言えるだろう。本来ならば、そこから自然と成長するにあたって視野が広がり、選択肢も広がっていくはずだ。
しかし、今まで閉じた人間関係を築いてきたイリヤは視野が広くなっても選択肢が少ない状態にあるとも言える。何せ俺以外にイリヤが接する異性と言えば、聖杯戦争の関係者か、弓道部の連中や一成といった俺を通じて知り合った(言わば友達の友達のような)奴らばかりだ。例外は藤村組の人達ぐらいか。
前に比べればイリヤを取り巻く人間関係は格段に広がってきているのは確かなのだが、自力構築していくのにはまだ少し時間が掛かるだろう。
数少ない選択肢の中から俺を選んでくれたイリヤ。ならば、もし選択肢が増えたなら……?

「……そうだな。もし10年経ってイリヤの隣に誰もいなかったら、その時は、俺がイリヤを貰うよ」
「────え?」

イリヤは意表をつかれたように目を丸くする。そして何か考え込み、じっと俺を見つめた後、嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
提示された妥協案。
はて、10年なんておそーい!と怒られるかと思ったのに。

「ほんと、に?」
「ああ」
「それはつまり、わたしがシロウを予約するって事にもなるけど。それでも?」
「そうだよ」

なんだか改めて言われると照れくさい。
10年、なんて具体的な条件を出した以上は、それだけの責任を持つという事だ。今更迷いはない。

「うん、今はそれでいい。絶対、だよ。約束、なんだからね!」

可愛らしい満面の笑みで答えるイリヤ。
やがて、夕暮れに染まった窓の外を見ると残念そうに呟く。

「そろそろ帰らなくちゃ。セラとリズが心配するもの。またね、わたしの未来の旦那さん」

そうして、こそばゆい呼び方で別れる。
正直に言えば。将来、こんなに可愛らしい嫁さんを貰えるかもしれないと思うと、どうしようもなく嬉しくなるのだった。



夕暮れの中、お気に入りの鼻唄を口ずさみながら少女は帰路につく。

──もし10年経ってイリヤの隣に誰もいなかったら。

これは泡沫の夢だ。少年はああ言っていたが、10年後なんて存在しない事を少女はよく知っているし、大体仮に存在したとしても、その時自分は既に彼の前から姿を消しているだろう。これは最初から決まっていた事で、避けられない。
それでも少女は束の間の喜びをこれでもかという程噛み締める。
例え夜が明けて、全ては元通り、この約束が消え去ってしまったとしても。
少女は今日という日に感謝して胸に抱き続ける。
ちいさな宝物を大事に大事にしまっておくように、愛おしく。