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偶像時空帝春 >> index
人助けとは見返り目的でするものではありません
垣根帝督はアイドルである。
学園都市第二位を誇り、やがては第一位の座にすらつく(予定の)アイドルで、暗部で闇に潜っていた日々もどこにいったのやら、今では毎日表で忙しく活動をしている。
そんな垣根も、今日はオフの日だ。格好をラフなものに変え、サングラスをかけている。所謂、変装というやつだった。
道端を歩いていると、垣根の耳に何やら男の怒鳴り声が届く。それから女の声。聞こえた方向に目をやると、路地裏の奥からそれは聞こえるようで、垣根は暇潰しがてらに興味本位で覗いてみる事にした。
先に怒鳴り声の主であろう男が目に付いた。大学生くらいだろうか、茶髪のいかにも不良ですという感じの風貌の男だった。
「ですから、それは謝っているじゃないですか。ぶつかったのは悪かったって……」
男と相対するのは、中学生くらいの少女だった。黒髪で短髪、頭のてっぺんの花と草の飾りが目に引く、水色のワンピース姿の少女の後ろ姿が見える。
「謝れば済むと思ってんのかぁ?こちとら腹ぁ怪我してんだぞ」
「そんな、少しぶつかったぐらいで……」
「あァ!?」
「……っ」
見てわかる通り、少女が不良と事故でぶつかって因縁吹っ掛けられているという所だろうか。
垣根はふっと笑った。以前までの自分だったら、一般人同士の諍い等知ったことかとスルーしていただろう。
だが今の自分はアイドル垣根!!
外への振る舞いは即ち自分への評価へとダイレクトに繋がる。具体的に言うと、今ここで一般人を助ける事で心証を良くする事が出来る。一人の心証は、そいつが知り合いに喋る事で噂になる。SNSの発達した現代だ、噂が流れるのも容易いだろう。噂になればアイドル垣根への好感を抱く者は多数になる。つまりは!!垣根
垣根はサングラスを取り、路地に踏み込んだ。
「オイ、女の子をこんな所に連れ込んで大の男が恥ずかしくないのか?」
「あぁ?」
少女が振り向く。花畑を頭に乗せている割には思ったより素朴な顔立ちをした女だと、垣根は思った。
「──あ、」
「おいおいおい、誰に物言ってんだ?兄ちゃんよぉ、あんたが代わりに弁償してくれんのかい?」
「あ?テメェこそ誰に物言ってんだ?」
男は余程自信があるのか、余裕の表情だ。しかし、次の瞬間、垣根の背中から六枚の白い翼が現れ狭い路地を埋めつくす。二人は言葉を失ったようだった。
「め、メルヘン野郎が!!!?」
「心配するな。自覚はある」
男が手から炎を出すが、翼の一振で掻き消えてしまう。そして物のついでに翼から羽を飛ばす。ただし、威力は控えめに。全力の五パーセントも満たない力加減で能力を使う。
垣根は暗部に身を浸していた過去があり、心情的にも能力的にも殺す事は簡単であったが、それでは意味がない。今の垣根帝督はアイドル、皆の頼れるアイドルでいなければならない。その偶像を壊してはならないのだ。
「ッッッ!?」
攻撃は意図的に外され、それを理解した男は悔しそうに顔を崩しながら失せるように逃げていった。覚えてやがれというお決まりの捨て台詞付きで。
「覚えてやがれ?こっちの台詞だ。知らねえなら名前ぐらい覚えていけっての。……あー、その、なんだ。大丈夫か、お嬢さん?」
「……もしかして、
少女は緊張した面持ちできょろきょろと周囲を見渡すと、なにかのどっきり?と小さく呟いた。何やらどこかでカメラが回っていると勘違いしているらしい。それは心証を得て噂にするという目的に反する勘違いである為、すぐさま否定する。
「実は今日はオフでさ。だからここに通りがかったのは偶然」
そ、そうなんですね……、と呟く少女は何やら落ち着きがなく目を逸らした。そんな様子を不思議そうに見ている垣根はアイドルスマイルで対応する。
「怪我はないな?」
「はっ、はい」
「なら良い。まあ、怪我があっても俺の翼があれば、すぐに病院に連れて行けるけどな?お前を抱き締めて」
「えっと……、はい」
問題発言があったというのに、少女が慌てる様子はない。流石におかしいと気付いた頃、
「ありがとうございました!!」
ぺこりと今どき珍しいくらいに礼儀正しくお辞儀をする少女に、垣根は逆に好感を持ってしまう。そうして、
「……ああ、あの、それでは急いでいるので……失礼しますね。本当にありがとうございましたっ」
あろう事か少女はそう言って逃げるように垣根の横をそそくさ駆け抜けて行ってしまった。
呆気に取られる垣根。
後から少しばかりのそよ風が頬を撫で、無音が場を支配する。
「──、」
端的に言うと、垣根はショックを受けていた。
「礼だけ言ってこの俺様に見向きもしないだと……」
それは二度目の敗北であった。それも、一度目は遠くからアプローチをかけて失敗したが、今回は間近で会話しての敗北である。
垣根は自分に自信があった。ルックスは勿論天性の美貌を兼ね備えていると自負しているし(誉望に目付き悪いっスよと言われてガチギレした)、少女への対応も完璧にこなした筈だ。普段の垣根帝督の粗暴さを知るもの(主に誉望)が見れば微妙な顔をされるであろうが、そこに何ら不手際などなかったのだ。ならば、この垣根帝督に惚れるのが道理であろう。誰がなんと言おうとそれが道理なのだ。
なのにこの仕打ちである。
垣根はそっと目を閉じてから息を吐くと、やがて先程とは打って変わり不敵な笑みを零す。
言葉どころか何かに焦った様子で頬に差した赤みさえなかった少女。
ショックを受けている場合ではない。
一度ならず二度までもそのままで終わる気か、否。
ロジックを切り替えろ。
靡かない女がいる?それがどうした。
見向きもしない女がいるならば、
(俺に靡かない女すら虜に出来なきゃあの一方通行を越えられない、か。おもしれぇじゃねえか)
垣根帝督は静かに、それでいて心を燃やすように誓った。
あの少女を必ず垣根
(佐天さん、なんとか間に合いそうです!!)
ちなみに、彼のそんな心に火を点けたのを露知らずにいる少女──初春飾利は、知り合いのとある