泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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彼女が彼女であると主張するようになった頃から、俺は彼女と一緒にいるようになった。
彼女がよく訪れるという、トキワの森。時折、この森で一緒に散歩をしたり、雑談したりするのが俺の日常の一部になっていた。そのくらいに当たり前な事と化していたんだ。

「ん〜と、この色で良いかな…」

ほら、今日だって一緒にいる。
原っぱで座り込みながら、スケッチブックで絵を描いている少女。絵自体は上手いわけじゃないけど、色とりどりのクレヨンで一生懸命何かを描いている彼女の姿を遠くから眺めているのが好きだった。
絵を褒めたある日から、彼女は沢山描くようになって、日に日に上達している事が伺えるようになった。それは多分、彼女にとって褒めてもらえた事が嬉しかったからだと思う。
彼女は全く気づいていないけれど、一生懸命な彼女を遠くから見ている時の俺は、どうしても頬が緩んでしまっている。多分、気持ち悪い程にやにや笑っているんだ。その場にブルーがいたら、頬をつねられそうなくらい。…最近じゃ、ブルーのかわりにピカの電撃がとんでくるけど。

そのピカが、今日は俺に電撃を浴びせる事なく、俺の周りをぐるぐると駆けた後、イエローのもとへ走っていった。ピカの電撃がとんでこないのは意外だったが、それ自体は珍しい事じゃない。いつものように、ピカはイエローの前にちょこんと座り込んだ。丁度膝の上でくれよんを選びぬこうとしていたイエローは目の前にあるピカの存在にすぐ気づくことができた。
優しく微笑みながら、ピカの頭上に手を添えるイエロー。添えたイエローの手の平から溢れる光。イエローがピカの思考を読み取ろうとしている…。

そう、これは日常だった。繰り返されるいつもの出来事でいつもの風景。だから二人の事を特別気にしてたりはしなかった。それ所か、気にしようとも思わなかったのだ。
しかし、

ぼんっ!

例えるならば、まるでモンスターボールが放たれた時のような、小さな爆発がどこからか起こった気がした。

しゅぅーっ!

ふとイエローの方を見ると、イエローの顔が真っ赤に染まっている。頬から耳まで顔全体が赤くなっていて、しかも頭からけむりのようなものが出ているではないか。よく見るとクレヨンやスケッチブックが、ばらばらと膝の上から滑り落ちている。先程の小さな爆発音が彼女からによるものだと悟った俺は、やかんのように沸騰している彼女の傍に腰を降ろした。

「イエロー?」

「…ひゃ、ひゃい!れっどひゃん?!」

彼女の呂律の回らない言葉に、思わず笑ってしまいそうになったが、ここは必死に堪える事にする。まずは彼女から何があったのか聞かなければならない。
だが、聞こうと俺が声をかければかける程、顔の赤さは増していく。最初から赤かった頬はもっと赤くなり、まるでゆでだこのようだと俺は苦笑した。
ここで俺は困る事になる。いくら声をかけた所で、彼女はびくりと肩をあげるだけで、何も答えてはくれないのだ。どうしたと聞いても、何も言わない。ピカが何かいじわるをしたのかと聞いても、ふるふると首を横にふるだけ。

「イエロー……?」

「………っ!」

彼女が俺に呼ばれる度に頬を染めるのはよくある事だった。驕りも慢心もない、彼女は俺の事が好きだったから。それは一緒にいれば感じる事だったし、その様子を見ながら分からない程、俺は鈍感ではない。
でも、今のこの様子はなんだ?いくらなんでも異常だ。何かがおかしい…。

「れ、レッドさん…っ、ぼく……、散歩、してきますっ!!」

「…あ………、」

そうイエローはそう言って立ち上がった。俺が呆気にとられていると、イエローはさっさと駆けて森の奥へ行ってしまう。追いかけたいのは山々だったけど、イエローが置いていったバラバラのクレヨンとスケッチブック、そしてピカとチュチュを放っておける筈もなく、イエローの背中が小さくなるのを見守る事しか出来なかった……。

「なあ、ピカ。おまえ、イエローに何を言ったんだよ…」

クレヨンを拾い集めながら、元凶と思われるヤツに呆れながら俺はそう言った。今までの様子を思い返す。すると、イエローがああなった原因は一つしかない。一つしか思いあたらないのだ。
厳しい目でピカを見つめていると、驚いた様子を見せながら、にやりと小さく笑うのを見逃さなかった。






どうしよう、どうしよう。
勢いで逃げてきてしまったけれど、僕は一体どうしたら良いんだろう……。

(まさか、ピカがあんな事を…っ!)

それはいつもの日常での出来事だった。
トキワの森でお散歩する事が、僕のいつもの日課だった。でもある時から、ほんの時折、レッドさんが森を訪れ、一緒にいてくれるようになった。修業の息抜きだって言っていたけど、僕はレッドさんと一緒にいられるだけですごくすごく嬉しかったし、幸せだった。来てくれた日には神様に感謝をし、来てくれない日には、明日こそ来てくれるように神様にお願いもしていた。

今日はその"お願い"が実った日で、神様に感謝する日。絶対の幸福を感じられる日だったんだ。

(それなのに、どうしてこうなってしまったんだろう……)

レッドさんは森で一緒にいる時、好きにしていて構わないと言った。自然にゆったりとしていたいから、僕の好き事をしていて良いよって。それを受けて、僕は絵をたくさん描くようになった。…レッドさんの視線を感じて、本当はドキドキしていたのを必死に隠すために絵に集中したんだけれど。
でも、次第に少しでも上手く描いてレッドさんに褒められたら良いなって思ったら、一生懸命たくさんたくさん描くようになった。

色が中々決まらなくて、膝上にクレヨンが納められているケースを並べてながら悩んでいる時だった。色で印象が大分変わってしまう絵で色は重要だ、これにしようか、あれにしようか、考えている時、視線のはしっこでピカがちょこんと座っているのを見つけた。
ピカが自分によってくる時は2パターンあって、1つ目は純粋に自分に構ってほしい時、2つ目は、自分の気持ちを知ってもらいたい時。僕の目の前でじっとしている今回は、後者だという事がすぐわかったので、ピカの頭上に優しく手をそえた。手から漏れる光、トキワの森から授かった力でピカの意思を読み取る。

ポケモンの思考を読み取るのは、とても楽しい。少し疲れる事は確かだけど、今、この瞬間、何を思っているのか。何をしたいのか、知る事はコミュニケーションであり、友達ともっとふれあう事ができるのが嬉しかった。友達の気持ちを知る事が、友達との距離を縮めているようで、仲良くなれる事がとても嬉しかった。
だけど、僕は知ってしまう。
読み取るポケモン自身の気持ちではなく、他人の気持ちを。身近な人の気持ちを僕は望まない形で知ってしまった。友達から聞く事は、全てが友達自身に繋がる事じゃない。この力は、友達との距離を短くするための手段だと思っていた。でも、友達から聞いた事で縮まったのは、その友達との距離ではなかったんだ…。


"アイツはキミの事が好きなんだよ"



そこで、光は途切れた。
僕が思考を読むのを止めたから、とっさに手を放してしまったから。数秒間は何も考えられなくて、何も行動ができなくて、クレヨンが膝から滑り落ちようとも、震える手を動かす事も出来なかった。

『アイツはキミの事が好きなんだよ』

キミというのは、僕の事だ。それは瞬時に理解できた。でも、"アイツ"って…?アイツって誰?ピカ?チュチュ?それとも他のポケモン達……?
いや、どれも違う。自分だって、もう分かっているじゃないか。ピカの言う"アイツ"とは、一人しかいないんだって事に。

「イエロー?」



そこからは、あまり覚えてない。レッドさんに話しかけられたと同時に体中の体温が上昇して、鼓動が早くなっていて、息すら苦しくなった。
レッドさんの顔をまともに見る事が出来なくなってしまった。そして、僕はその場から逃げるように去ったんだ―――。

(ああ、どうしよう……)

レッドさんが僕の事を好き?
そんな。そりゃあ、いつかそうなれば良いなって思った事もあった。でも、それは夢のまた夢で……。
そうだ、これは夢なんだ。僕の願望が見せてる夢なんだっ!……なわけないか。つねっても、醒めないもの。
レッドさんが、僕の事を………、
レッドさんの事だもの。仲間って意味で好きなんだと思う。えーっと、英語でいえば"らいく"だ、"らぶ"じゃない。"らぶ"………じゃない。

(……どうして、かな)

本当なら嬉しい事な筈なのに、僕は夢や冗談だと思い込もうとしてる。ピカがどんな意図で僕に伝えたのかは分からない。ピカは僕とレッドさんが一緒になれば良いと思ってるのかもしれない。僕も、できればそうなりたい。…でも、怖い!
僕は臆病だ。臆病者だ。今までレッドさんの傍にいて、レッドさんの姿を見れて、それだけで幸せになれた。それだけでも良いと思っていた。それだけで十分幸せだった。だから、レッドさんへ気持ちを伝える事もしなかったし、何もしようとは思わなかった。怖かったから。僕はレッドさんに拒絶されるのが怖かったんだ。
正直、今でもそれが怖い。ピカから話を聞いても、信じる事ができないし、冗談かもしれない。でも、だからといって、今レッドさんに会えない。だって、どんな顔をすれば良いの?どんな気持ちでレッドさんに会えば良いの?


「おーい、イエロー!」


後方から声がする。僕の名前を呼ぶ、あの人の声が。僕の大好きなレッドさんの声が。
息を切らしながら僕の目の前でにっこりと笑うレッドさん。太陽のように暖かい笑顔が眩しい。ああ、駄目だ。顔を背けてしまう。やっぱり顔が見れないよ………。

「やっぱりピカに、何か言われた?」

「………、」

「なぁ、イエロー。今の俺の気持ち、分かるか?」

「今の…、レッドさんの気持ち?」

「あぁ」

レッドさんの気持ち。
心の中で何度も知りたいと思った。ポケモンの気持ちを読み取る能力。これを人間にも使えれば良いのにって思った事もあったっけ。

「……わかりません。僕は、ポケモンの気持ちを読めても、人間の気持ちは読めませんから」

「そりゃ、そーだよな…。俺はイエローと違って、ポケモンの気持ちが理解できるわけじゃない。それは、ポケモンが言葉を発するわけじゃないからだ。それと同じように、人間も言葉にしないとわかんないもんなぁ。だから言うよ、俺の気持ち」

そこで顔を上げるとレッドさんが微笑みながら僕を見ていた。僕自身を射抜くように向けられた真っ直ぐなレッドさん瞳からは、本気を感じさせたのに対して、表情は穏やかそのものだった。
いつものレッドさんなのに、いつものレッドさんじゃない。喜びも、怒りも、違う。バトルをしている時さえ見せない表情に、僕は戸惑いを覚え、レッドさんから目をそらせなくなっていた。まるで、その瞳に捕われてしまったかのように。

「ピカに何を言われたのかは知らない。けど、俺の想いは一つだけだ。イエロー、君の事が好きだよ」

「……う、そ」

「嘘じゃない」

自然に漏れ出た僕の言葉に対し、レッドさんはあっさりと否定の言葉をかける。
頬に生温かいものが伝った。レッドさんは、それを指で拭いながらにっと笑うと、何も言わずに唇を重ね合わせた…。

「―――……!」

「な。これで嘘じゃないって、わかったろ?」

子供っぽく笑うレッドさんがおかしくって、流した涙も忘れて僕はいつの間にか笑っていた。
ああ、あなたとこうして通じあっているのが夢のよう。いつも、夢の中で願った事が今ここにある。僕の想いはただ一つだ。

「で、一応イエローの答えを聞きたいんだけど?」

「はい。僕もレッドさんが好きなんです。大好き、なんです」

それを聞いて満足げに笑うレッドさん。幸せすぎてやっぱり嘘みたいだと僕が言うと、レッドさんはもう一度僕の唇にキスを落とす。

「現実だって分かるまで、何度でも刻みつけてあげるよ」


(ああ。ずっと現実が分からなくて良い、なんて思ったのは、レッドさんに内緒だけれど)


10.8.8
//とびきり甘い夢、見せて