泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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COMバッドエンド。
ネガティブなナミネ。







頬に触れた手のひら。そこから伝わる暖かい体温が私を戸惑わせる。このまま、何も考えないで身を委ねてしまえればどんなに良いだろう。でも駄目だ、そんなの絶対に許されない。あれからというもの、何度も何度も思い至っては甘い誘惑を打ち消してきた。私の中にある罪の意識がそれを許してはくれなかったから。

「ソラ……」

名を呼ばれると、彼は嬉しそうにとても無邪気にはにかむ。私を見つめる青い瞳はきらきらと輝き、海のように深く透明に澄んで見えるはずなのにどこか淀んでいる。綺麗なようでいて濁った瞳は、私の胸にちくりと針が刺さったみたいな痛みを感じさせた。
変だよね。私には心がないはずなのに、何よりもそんな資格はないはずなのに。全部私のせいで、私は無力な存在だから何も出来なくて、何もしてあげられなかったのに。私に今出来るのは、罪悪感に苛まれながら彼と過ごすシアワセな毎日をあの人達の思うままに送るという事だけだ。

今までも、これからも、きっと、ずっと――。

「ナミネ」
「うん」
「あのさ、キスしていい?」
「……うん」

彼からの要望は出来るだけ応えたかった。本当はね、罪の意識に耐えられなくなって、一度だけ拒絶してしまった事があったの。でも、悲しみに暮れる彼を見てしまってからは拒む事が出来なくなった。私のせいで彼は何もかもをなくしたのだから、もうこれ以上、私のせいで彼を傷付けたくはないんだ。

「……」
「ナミネ――?」

小さい頃から一緒に遊んでいた幼なじみで、ずっと想われていた存在で、恋人で、彼を大好きで、彼が守りたい大切な人。それが今の私。
でもね、誰でもない私は誰にもなれないんだよ。こんな事をしても私は"彼女"にはなれない。記憶の底に沈んでしまったとしても、確かに在るのだから。こんなの、偽りでしかない。だけど、塗り固まった嘘が真実に見えてしまう彼にはそれが認識出来ない。

「ナミネ……」
「え、なに?」
「泣いているのか……?」
「泣いてるって私が……? ふふっ、へんなソラ。私は涙を流しているわけじゃないのに……。それにね、私には涙なんか出ないんだよ」

彼は不思議といった様子で首を傾げる。理解出来なくて当然だった。私は彼とは違う、ノーバディなんだから。心のない私が泣くなんて、

「でも、泣きそうな顔してる」
「ソラ」
「ナミネの心が泣いてるんだ」
「私の、こころ……?」
「ん、ナミネ」

彼は私の名前を小さく呟くと、ゆっくり近付いてくる。それを合図なんだと受け取った私は瞳を閉じた。これが何度目かはもはや分からない。
(……どうして?)
胸の奥底で先程の言葉が反響している。
『ナミネの心が泣いてるんだ』
私はノーバディなのに。何故、どうして、分からない、分からないよ。悲しくて苦しくて虚しいこの気持ち。爆発しそうになる。胸の奥で渦巻くこの感情はどこから来るものなの……?




「時間だ」

それは唇と唇が触れる寸前の事だった。遠くで響いた低い声が彼と私の身体を制止させる。やがてコツンコツンと足音が徐々に大きくなってきて暫くすると止まった。真後ろに感じる人の気配、振り向かずとも声の主があの人である事は分かっていた。

「あのさ、何も邪魔しに来なくたっていいだろ」
「ナミネがどうなっても構わないと言うなら話は別なのだがな」
「分かってる。ナミネの為に俺の力が必要なんだって事ぐらい」

ちぇっと心底残念そうに俯いた彼は、次に打って変わってぱぁっと私に明るい笑顔を見せる。一喜一憂する姿は、さながら幼い子供のようだと思った。そんな事を伝えたらきっと怒るんだろうけど。

「続きはまた今度だな」
「ソラ……」
「大丈夫、俺を信じて。ナミネを脅かすやつは俺がみんな倒しちゃうからさ。ナミネが心配することなんて何もないし、怖がることなんかないんだ。ナミネは俺が守るよ」
「え?」

あろうことか、物思いに耽っていた私を彼は違う方向へ解釈したらしく、少し驚いてしまった。でも、私を安心させる為に言葉をかけてくれる彼はとても一生懸命で、例えこれが偽物の環境だとしても本物みたいに思えてしまって……、ああ、駄目だ。また委ねたくなってしまう……。
やがて痺れを切らしたあの人――マールーシャがもう一度促すと、彼は渋々部屋から出て行った。

「フン……」

小さな背中を静かに見送った私は、彼が居なくなった事を安堵すれば良いのか悲しめば良いのかよく分からなかった。
マールーシャはそんな私を蔑む目で見ている。きっと私たちのおままごとみたいなやり取りは、この人たちにとって馬鹿らしく見えているに違いない。

「随分と楽しんでいるようだな」
「わたしは……」
「喜べ、ナミネ。お前の勇者は大切なものを切り捨てる事で、お前を唯一の存在とする」
「え……。どういうこと、ですか……?」

マールーシャは私の問いに答えてくれず、不快な笑みを洩らすのみ。

「……」

彼にとって大切なものと言われて思い浮かべたのは二人だ。でも、その内の一人はもうソラの中で深い深い暗闇の底にいる。今頃何も知らない彼女は遠い場所で元気に過ごしているはず。でも、もう一人は……。
私、何となく気付いてた。彼に連なる者が、もう一人近くに居るんじゃないかって。

「まさか、リク……なの?! やっぱり、リクもこの城に……!!」
「記憶の繋がりが途絶えたソラは今や迷う事を止めたのだ、有りもしないお前との約束を果たす為にな。その意味、お前なら分かるだろう、ナミネよ」
「……!!」
「さて、キーブレードに選ばれし光の勇者と本物とはいえ一度は闇に堕ちたリク、勝つのはどちらかな……?」
「そんな……っ」

また、あの時みたいに繰り返さなくてはいけないの? どうして、二人は親友なのに……!!
(どうして? そんなの知ってるくせに)
ソラ、リク、カイリ。
ごめんね、ごめんなさい。謝っても、もうどうにもならないけれど、無力な私は謝り続ける事しか出来なかった。


13.4.22
//中毒の貴方と依存症の私