泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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「何だってコラ」
「嫌いです。貴方なんて」
「あ?」
「大嫌いです」

目には恐怖を滲ませて、身体を小刻みに震わせながらも、俺を鋭く睨み付けて離さない女、確か、名は初春飾利。
俺の知る限りで、一般人にしちゃあ度胸を据えた数少ない奴の一人。圧倒的な力を見せつけられても逃げなかった大した奴だ。この俺が超能力者の第二位と知った今でも、こうやって変わらず容赦ない言葉をぶつけてくるのだから流石の俺も驚く。
コイツは俺が嫌いなんだと。暗部に身を置いてきた以上、嫌悪なんか腐る程向けられ続けてきたのだから別にその事自体は今更どうでも良いんだが、こうもダイレクトに言われるのは珍しくて思わず笑っちまった。ああ、決してマゾとかじゃないぞ、一応な。
相も変わらず睨んでいる目。その感情は“正しい”
あんな真似されておきながら好きです、なんて愛嬌振りまかれた方が俺は引くぞコラ。
だから言った。
挑発するように、ヘラヘラとわざとムカつく笑いを形作って。

「知ってるよ」

でも、コイツは馬鹿だ。
正しいのに、正しさを知っているのに、正しさを貫き通しきれねえ生粋の馬鹿野郎だ。ん、いや、尼か。まあ、どうでも良い。
こんな糞野郎の外道なんか嫌って、恨んで、憎んで、憎悪の念を差し向けながら好き勝手罵っちまえば良いのに。それをする権利も、度胸もあるのに、コイツはあろう事かやろうとしねえ。
こういう被害者ってのは大抵、加害者を憎み、恨みの念を胸の内側で燃やし続けるか、胸の奥にしまい込んで思い出さないように務めるか、だ。
コイツはどちらでもなかった。

「でも、憎みきれないのも事実なんですよ」
「お前、馬鹿じゃねえの」
「構いませんよ。私は貴方を憎めない。本当はどうしようなく怖くて苦しいんです。傷付けられた右肩が、貴方を思い出す度に痛みが走る。理不尽な暴力に曝された、あの時に向けた貴方への感情が蘇る、それはもう嫌という程鮮明に。けれども、どうしようもなく貴方という人を私は知りたくなってしまう。怖い筈なのに、苦しい筈なのに。自分でも馬鹿だと思います。分からないんですよ、どうして、でしょうかね」
「……知るか。俺が聞きてえよ」

この通り、コイツは憎みもしない癖して、放っておくでもなく俺に関わろうとしてきやがる。言うに事欠いて、俺を知りたいだの、のたまう始末だ。見るからにろくでもねえ野郎なんかをだ。
胸糞悪いったらありゃしねえ。
正直に言うぜ。俺は今最大に戸惑っている。低能力程度の何の力も持たない一般人風情に、それもこんなにもひ弱な女相手に俺が狂わせられているなんざ、心理定規が見たら何て言うか。……止めた。一瞬考えただけでもムカついた。
恨みを買うのも、ぶつけられるのも慣れているさ。無謀にも俺に挑みたいなら止めはしないし、完膚無きまでに後悔させてやるのも日常茶飯事だ。
けれど、憎みきれないなどと言われたのは初めてだった。知りたいとの発言もそうだ。7人しかいない超能力者の第二位に就く俺に興味を持つ奴はわんさかいたが、それとはまるで違う意味を持っている事は分かる。だから俺は戸惑った。何故かって? 知らねえんだよ、こういう時どう対処したら良いかなんて。しかも、あの一件からしてコイツはいっちょ前に意志が頑なで梃子でも動かないタイプと見える。
ぶち殺しちまうのが一番手っ取り早く簡単なんだがな。だが、暗部に堕ちているとはいえ、生憎と俺は誰彼構わずぶち殺すなんざ野蛮にまでなるつもりはない。自分の敵には容赦しないが、敵対していない一般人まで手を出すつもりはない。気に入らない相手をぶち殺してまわる殺人狂、またはそれに近い存在、最下層の最底辺にまで堕ちるのはごめん被る。あくまでもやるなら穏便に、だ。
…………。
ああ、ちくしょう。ムカつく。学園都市第二位の頭脳を持つ俺が、たった一人の人間への対処法をひねり出せねえなんてよ。初春飾利、誇っていいぜ。テメェは俺が認める難敵だ、クソヤロウ。

「貴方と一緒にいれば、答えが分かるような気がします」
「俺はテメェを殺そうとした外道の糞野郎だぞ」
「承知の上です。言ったでしょう、貴方を知りたいんだって」
「テメェも物好きだな」
「初春、初春飾利です」
「そうかよ。初春、俺にも垣根帝督って名前があるんだ」

もう、面倒臭え……。

「かき――、んっ」

途切れた言の葉。それもその筈だ。紡いでいる唇をせき止めたのは、この俺なんだから。こうすりゃ、手を出さなくたって黙らせる事が出来るだろ?
唇を唇で塞ぐ、たったそれだけの行為を終えて離れると、アイツは口をパクパク動かしながら茹でダコのように真っ赤な顔で目を真ん丸くしていた。
それを見て俺は手応えを感じて思わず笑う。所詮餓鬼は餓鬼、女は女。コイツの扱い方、ようやく理解した。

「か、か、か、垣根さん?!」
「はっはっはっ、流石中学生。その反応、初めてか」
「ははは、初めてって。ななななな、何で!?!?」
「言ったろ、俺は外道の糞野郎ってな。いいか、今後こういう事されたくなかったら俺に関わらないよう務めるこった。俺のナニからナニまで知りたいってのなら別に止めはしねえけどよ」
「〜〜っ」
「ん、じゃあな。“お嬢さん”?」

硬い意志が込められていた目が、今や動揺と羞恥に塗り替えられているという状況に腹を抱えて笑っちまいたかったが、ここはクールに気障ったらしくを気取りながら、そのまま歩を進めた。後に続く気配はない。予想以上に決まったようだ。
あの不慣れな反応、何も知らない夢見るお子様には相当ショックな筈だろう。こんな糞野郎に初めてを奪われちまったんだからな。それで、次にこういう真似をされたくなかったら、と釘を差しておく。これで関わって来なくなったら万々歳だ。来たら来たで、あー……、好き勝手に弄り倒してやる? おっと、俺にしちゃあかなり穏便に出来てんじゃねえのか?
ちょろいぜ、ガキンチョ。あそこまで綺麗に決まるとは流石に俺も予想していなかった。心理定規みたいな女を相手にする事が多かったもんで、少し新鮮だ。
にしても、あの柔らかい唇の感触、感覚、反応。悪くなかったかもな、なんて。
……いやいやいや、ねえな。何考えてやがる何を動揺しているんだ俺は。んな事、改めて考えるまでもなくねえだろ。ガキになんざ、どっかの糞第一位様じゃあるまいし。


「ばーか、絶対にねえったらねえよ……」





****



“頼むぜ、お嬢さん。この俺にお前を殺させるんじゃねえ”
今もまだ覚えている。理不尽な暴力に晒された時に感じた痛み、苦しみ、悔しさ。そして、彼が言い放った言葉を。
彼は確かに悪人だけれど、心の中でずっとどこかが引っ掛かっていた。どうしようもない違和感。それは彼と再会を果たす事で大きく膨らんでいく。
確かめたかった。彼という人を。
彼が只の悪党だったら良かったのに。そうしたら、只彼を憎んで終わりだったのに。どうして。


それは彼の誤算としか言いようがなかった。


「垣根さんの、バカ……」


頭の中で、あのワンシーンがリフレインされて胸の内側を熱くさせる。
今もまだ思い出せる。柔らかな唇の感触。離れる時にかかった吐息。早まる胸の鼓動と全身に回る熱。感覚と記憶が脳裏に刻み突いて、いつまでも離れてくれない。
ああ、認めたくない、認めたくない。確かに彼を憎みきれない自分がいて、彼を純粋に知りたいと思った自分もいた。でも、この感情は認めたくない。
どくん、どくんって、鳴り止まない鼓動の音が私を追い立てる。
……外道の糞野郎の垣根さん。
貴方はもう自分に関わってくるなと釘を刺したつもりなんでしょうけど、はっきり言って目論見外れとしか良いようがないですよ。
あの時とは違う、暴言でもなく、暴力でもない彼の行為。もしかしたら私を気遣ってくれたのかもしれない、なんて考えるのは驕りでしょうか。でも、もしそうだとしたならば、貴方が優しさを込めた行為は、私にとって最も残酷な仕打ちになるかもしれない。
どうしてくれるんですか、あんな事されたら……、私は貴方の事、もっと知りたくなっちゃうじゃないですか。追いかけたくなっちゃうじゃないですか。
貴方という人は外道で、糞野郎で、最低最悪の男だ。
今まで考えた事もなかったけれど、もう意識せざるを得ない。すっと伸びた長身に、黙っていればどこかのホストにも見える風貌。顔は格好良くて……。

「垣根さんのばか……」

一呼吸してから、彼が去った跡を見つめる。私のやりたい事は決まった。
私は貴方という人をもっと知りたい。貴方がどんな人なのかもっと、もっと知りたい。

「垣根さん。私は貴方に恋しちゃったみたいですよ?」

最初に抱いた好奇心はもうなかった。あるのは、心の中でたった数分前に芽を出した小さな想い。
自分でも認めたくなかったんですよ。言っておきますけど、全部貴方のせいですからね。


13.8.30
//その口付けは毒の味