泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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それはとても儀式めいていた。


二人だけの時間と二人だけの空間、必要なモノは揃っている。ならば、する事はたった一つ。
垣根帝督は己の恋人である初春飾利の上着に手をかけて乱暴に脱がし始め、透き通った白い肌を露わにさせた。
気恥ずかしさのあまりに初春は俯く。合意の上とはいえ、男性の前でシャツだけの格好にさせられるのは未だに慣れる事はない。慣れても困るとも思うのだが。
彼の方はといえば、羞恥に彩られた彼女を見てもお構いなしだった。例えば、彼女がちょっとした抵抗を企もうとも、何の力も持たないか弱い少女が男性、それも暗部の中を潜り抜けてきた手練れ相手に抗いが通用するはずもなく、いつもなすがままにされてしまう。
だから彼女はずっと前に諦めた。そもそも、彼のその行為自体を拒否したい訳ではないのだからそれで良かった。
しかし、彼の前でワンピースを着れなくなった事だけはどうしても不満に思う。襟元が広がっているタイプのワンピースはずらされておしまいだが、他はそうもいかないのだ。流石に完全な下着姿になるのは我慢ならず、お店で可愛いワンピースを見つけても肝心の彼に見せる事は出来ないと内心でごちった。

彼がこれからしようとしている事、それは恋人同士、あるいは男と女の情欲にまみれた官能的な熱い行為、……ではなく。
彼女の腰を強引に引き寄せて、右肩に顔を埋める。彼の行動はたったそれだけでしかない、それ以上の事をする気配もない。そもそも、彼は彼女が本当に嫌がる事はしないのだ。
負担を減らそうと努めつつ彼女に体重がかかってはしまっているが、背後には壁があるので崩れる心配はなかった。
乱暴な振る舞いとは裏腹な思いやりが込められた行為。それは彼の優しさだったし、弱さだ。今の彼の姿は、恋人を愛撫するようにも、まるで小さな子供が母親に甘えるようにも見えていた。
学園都市の頂点に位置する超能力者の第二位も、かつて闇の中で生きていた暗部組織のリーダーすらもそこには存在しない。今の彼は能力も地位もプライドも何もない、初春飾利という恋人を目の前にして彼を守る外壁を全て剥ぎ取った垣根帝督というただ一人の脆くて弱い人間だ。
彼女は微笑みながら恋人を求めるようにも、母親が小さな子供をあやすようにも見える手付きで彼を優しく抱いた。

「初春」
「……ぁっ」

彼がぎゅっと手に力を込めて、その白い右肩に唇を這わせていく。その度にぞくりと、彼女の肩が疼くように刺激が走った。随分前に傷付けられた場所はもう治っているはずなのに、古傷が痛むように。
二人の中で忘れもしない、忘れる事が出来ないあの日。彼は己が目的の為に彼女を脅し、理不尽な理由で暴力を奮い、身体にも心にも大きな傷を負わせた。
――懺悔。
自らの罪の象徴を見つめ、自覚し、悔いる。そうやって彼は自分を責め立てる。

(私は、もうとっくに許しているんですけどね……)

けれども彼女は罪を否定する気はなかった。彼女は罪を犯した彼を許せる。でも、罪そのものを許容したのではない。それは彼女の風紀委員としての信条であり、彼女が彼女たる為に譲る訳にはいかない部分だった。
口には出さない。彼女の気持ちを彼は痛い程知っているし、彼の気持ちも彼女は痛い程感じているのだから。
彼は懺悔する。でも決して許しを乞うている訳ではなく、例え自分が許しても彼自身が許すつもりはない事も彼女は十分理解している。
言ってしまえばこれは一種の精神安定剤のようなもの。
こうして彼女に触れていなければ、彼は自身への怒りで自分を潰してしまう。闇の中で生きていた今までの自分が、ヘラヘラ笑って流されるなと、このままでいられるはずがないと、救いなんかを求めるなと、彼女と一緒に光を歩もうとする自分を阻害する。

「ははっ。ムシの良い話だ。独りよがりでしかない身勝手な懺悔にコイツを付き合わせてさ。罪を罪と自覚しているならこんなぬるま湯に浸ってちゃいけねえのに。……分かってんのに。それでもコイツを離したくねえんだ。クソだろ」

それは殆ど独り言で、自分への悪態が口をついて思わず漏れ出ただけだった。
断続的に生暖かい息が肩に吹きかけられて、くすぐったくなるのを我慢しながら彼女は返す。こうして独り言は会話として強く結ばれた。

「欲張りな垣根さんらしいじゃないですか。そもそも、離そうにも私が離させませんよ。例え貴方が私の傍にいる事で苦しんで傷付いていくのだとしても、離れないでください。それが、私が提示する私への罪滅ぼしです」
「……っ」

彼女はゆっくりと彼の頭を撫で上げる。幼い子供のように縮こまる彼が、弱々しくてちっぽけな彼が、ただただ愛おしくて、包んであげられていたら良いなと願いながら。
この少女にはかなわない。彼は僅かながらの微笑を浮かべていた。いつもこうやって自分を包んでくれる優しさがあったから、苦悩すらあれど自身を壊さないでいられたのだ。
ああ、どうして初春飾利という女はこんなにも強いのか、彼は不思議に思う。能力という区切りで考えれば彼にとって彼女なんてのは赤子のようなものだというのに。だが、実際今現在はどうだ。
あの時もそうだった。彼女は強い。肉体や能力という外面ではなく、内面が。
何となく、聞いてみた。

「なあ。あの時も、今も。どうしてお前は……、そんなに強くいられるんだ?」
「私は強くなんか、ないですよ。垣根さんと一緒で身勝手なだけなんですから」


13.10.9
//水槽に沈む私と君と