泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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その口付けは毒の味の続き。
垣根が出てくる話は大体が、『暗部抗争は史実通りあったけれど垣根が虐殺されなかったIF世界』を想定しています。








「……あ? 今なんつった」

なんてことはない。暗部組織、スクールのリーダーに電話越しで一方的に通告された言葉は至ってシンプルなものだった。ただし、その一言はシンプルであるが故に学園都市第二位の頭脳を誇る垣根帝督の思考を停止させる。
携帯電話を持つ手が僅かに震え、汗が滲む。身体全体に緊張が走り抜け、強張った。頭のてっぺんから足の爪先にかけてまで、まるで電気を通したかのよう。別の言い方をすれば、雷に打たれるが如き衝撃。近くに第三位がいたりしてな、といった冗談を考える余裕すら今は、ない。

(どういうつもりだ?)

それはにわかに信じがたく唐突で不可解な出来事であり、戸惑いや焦り、不審、疑心、意図、目的、様々な考えが溢れるように湧いて出ていく。次から次へ、ぐるぐると頭を巡る中、返って来る答えはやはり同じものだった。

(一体、なにが)


『暗部組織は今日をもって解散する』


連絡係の男は抑揚のない言葉で淡々と告げる。
今日からお前は自由だと。




****


暗部の解散を言い渡されてからというもの、垣根の生活は文字通り一変した。闇の中で動き回る殺伐とした生活から、過ぎ行く日々を持て余す、ニートよろしくな暇人生活へと。具体的に挙げるならば、適当にそこらへんをぶらついたり、適当に有り余っている金で娯楽に興じてみたりといったところか。
一般学生の生活とは少しかけ離れているものの、まさしくそれは平穏な日常そのものだ。
だが、垣根の心中が穏やかになる時はない。
自分をずっと縛っていたものが突然なくなったのだ。上層部が何か企んでいるのか、何か狙いがあるのか、独自に調べた所でその『何か』は出てこなかった。得られたのは、第一位が何やら取り引きをしたらしいという情報のみ。
薄く事情は掴めたが、重要なのはそこじゃない。
只、分からないと困惑した。
これはずっと求めていた自由の筈だ。闇から解放されたいという願いが叶った筈だ。なのに、留まり続けるわだかまりが常時垣根を付きまとっている。このまま平穏の中へ自分なんかが引きずりこまれてしまって良いのだろうか。
自分は超能力者の第二位で、アレイスターのプランにおけるスペアを担っている。立場上、この平穏が長く続くとは思えないが。
でも、だけれど……。


暗部から卒業して自由の身になったと言ってもその中で行っていた全てが晴れた訳でも、許された訳でもない。
垣根は上から依頼されたもの、邪魔する者、敵対する者を容赦なく圧倒的に叩き潰してきた実績を持っている。時には気紛れで逃してやった者もいたが、憎悪の念を抱く者が多いのは変わらない。
加えてこの学園都市で七人しかいない超能力者の第二位なのだ。憎悪に拍車をかけて、他者から決して好ましいとは言えない感情を抱かれる事も少なくなかった。
――外道のクソ野郎。
そんな暗部人生まっしぐらであった垣根が、光の当たる世界に慣れずにいるのは無理もない。慣れ親しんだ場所からいきなり外へ放り出されれば誰だって困惑はするだろう。今の垣根は引きこもり少年が外へ一歩踏み出した時のソレと似ていた。目に映る別世界に戸惑いを覚え、どう適応したら良いのかまるで分からないのだ。
学校にはまともに通っておらず、一応在籍している学校はあるもののクラスの中で勉学に勤しんだ記憶など無いに等しい。友人の存在などもってのほか。
学園都市はその名の通り学生の街だ。出歩く人間は当然の事ながら学生だらけだ。
まともな生活を送ってこなかったのは垣根もとっくに理解していた。それに対して今までどうも思わなかったのはまともではない生活が普通になり、慣れてしまっていたからであろう。目を反らしていたとも言えるだろうか。
垣根は時間を持て余す中で改めてはっきりと意識せざるを得なかった。自分という存在が浮き彫りになる環境。人並みの生活、自分はそこから外れた存在なのだと。



 

 



これはそんなある日の出来事。自分のもとにとても愉快な招待状が届いたのを喜ぶべきか否か、垣根は迷っていた。
精神操作系の能力によって操られた見知らぬ女生徒経由で渡された手紙。指定の場所に来いという旨が記述されている事から分かる明らかな自分への挑戦状。
無謀にも挑んで来ようというのなら叩き潰してやろう。愚か者に現実を思い知らせてやるのは嫌いではないのだから、むしろ望む所でもある。けれど相手の要求に応える為、わざわざ指定場所へ向かうのは億劫だ。
なので握り潰して捨ててしまおうかと思ったのだが、直前に折り重なった二枚目に気付き『追伸:初春飾利は預かった』という文面まで目を通してしまう事で、不本意ながらその気は失せてしまう。
別に彼女が大事だから助けに行こうという訳ではない。むしろ鬱陶しい存在だと思っている奴だ。
初春飾利。最近、垣根を知りたいだのと理解不能な事を言いながら、会う度にうろちょろくっ付ついてくるようになった少女。
恐らく二人でいた時のそれを手紙を寄越した黒幕に見られたに違いなかった。二人は親しい間柄だと勘違いされてしまったのだろう。だから彼女は狙われたのだ。
はっきり言って自業自得だと垣根は吐き捨てるように思う。自分という存在がいかにして危険であるか、彼女はあらかじめ身をもって知っていた筈なのだから、関われば面倒な事になると予期できた筈だ。
しかし、だからといって彼女を見捨てようという気も早々になれないのも事実。ここで見捨てて翌朝死体発見ともなれば、流石に目覚めが悪くなる。
垣根は彼女と彼女の友人達が親しく話している光景を目撃した事がある。楽しそうに話したり、年相応にはしゃぐ彼女とその友人の姿。
当たり前の日々。それは自分になかったものであるが、反対に言えば自分にはなかったものが彼女にはあるという事だ。それをぶち壊すのは、ほんの少しだけ、本当に些細な程度に、忍びないと思ってしまった。
自業自得であろうが、直接の原因は裏の世界にいた自身にあるのだ。それに表の人間が巻き込まれてあの世逝きとは何て酷な事だろうか。

ここに垣根の過去を知る者、例えば元同僚の少女が居たならばこう言うかもしれない。『あら、貴方ならこういう時気にかけるなんてしないでしょうに。どういう心境の変化があったのかしら』と。
情はあっても厚い人間ではなかった垣根。敵対する者でも小物であれば逃がしていたし、味方を守ってやる事も多かった。
しかし、それは絶対ではない。
実際に味方を見捨てる事も、巻き込まれた一般人を知った事ではないと切り捨てた事もあった。
一般人を出来るだけ殺さない事を信条にしているが、それは殺さないというだけで何もわざわざ命を張ってまで助けてやろうという意味ではなかった。
垣根は自覚していた、あの頃と比べて自分の中の何かに変化が生じ始めている事を。
果たしてそれは彼女と接する内に生まれたものか、それとも元から自分が持っていたものなのか。答えは垣根自身にも分からない。



****



指定の場所である、第一七学区のとある廃工場で待ち受けていたのは無数の人、人、人であった。入り口近くにいる垣根を囲うように半楕円状の人の群れがある。そこを一階と呼ぶのなら、建物の内側を囲うようにして作られた足場、言い換えれば二階部分にまで人がぎっしりと立っていた。
その集団を一人一人見て分かるのは、スキルアウトをやっていそうな悪どい面構えのゴロ付きから、いかにも図書館で勉強していそうな眼鏡をかけて三つ編みをこしらえた人畜無害そうな少女まで、多種多様な学生が集められているという所か。
総じて共通する特徴があり、それは何も映さない虚ろな瞳と手の平に握られた拳銃を彼に向けている事。
そして――、

「まぁ、最初の精神操作<マインドコントロール>で何となく予想は付いていたけどよ……、この俺を舐めてやがる。なあ、初春?」

――目先にいる少女、初春飾利に垣根は投げかける。
周りの者と同じくその手には銃が握られて、彼を見ているというのに彼すら映していない虚ろで濁った瞳が窺える。彼女もまた精神操作を受けているらしく、当然返事はない。
見事なまでのマインドコントロール。この人数の掌握具合と様子からいって、相手は少なくともレベル4以上の高位の精神操作能力者だろうと推測出来る。
よって常盤台の女王、心理掌握の可能性も浮上、可能性の一つとして頭に留めておく事にした。

「はっ、そりゃそうだよな。直接俺とヤリ合ったって勝てる訳ねえよ。ならこうして、換えが効く玩具で遊ぶってか?」

やはり返事はない。元から期待すらしていなかったが。

「ここで初春飾利を置く事で精神的ダメージも負わせる算段だったのか。まあ、あの第三位と、かなり怪しいが第一位辺りなら揺さぶれたかもな。けどよ、残念だが、生憎と俺はそんなタマじゃねえ」

表の人間だろうが知った事ではない。邪魔する奴は全員敵だ。加減は出来るだけしてやるが、敵ならば排除するという姿勢は変わらない。暗部組織、スクールを束ねていた垣根帝督とはそういう男だった。
――そうだ、今までだってそうしてきたように。
彼女らの指が僅かに動く。無数の引き金が今にも引かれようとしている。
だが、その瞬間、垣根の背中より白い翼が現出し、ふわりと羽ばたいた。ひとひらの羽が初春達の目の前で揺らめき落ちていく。
垣根が能力を本気で行使し始めたのだ。演算は既に終了していた。自身の能力、未元物質によりこの世に存在しない物質を生み出し操作する。

「俺の前に立つ敵なら容赦なく潰す、それだけだ」

今までだってそうしてきたように。
彼の能力が周囲に猛威を奮う、――事はなかった。


ばたばたとあちこちで音が聞こえた。次々と倒れていく大勢の人達。僅か数秒後に立っていたのは、涼しげな顔で佇む垣根帝督ただ一人のみだった。
垣根の能力、未元物質。この世に存在しない物質はこの世では考えられない独自の法則に従って動き出し変化を示す。例えば、回折を利用して太陽を殺人光線に変えられるように、例えば、何の変哲もない酸素と合わさると一種の見えない催眠ガスのようなものに変化させられるように、例えば、自分の周りに撒いておくと毒物から身を守ってくれる中和剤の役割を果たしてくれるように。
「さてと」

翼を閉じた垣根は倒れこんだ初春飾利の前でしゃがみこみ、杞憂だと理解しながら念の為容態を確かめてみた。やはり問題は見つからない。呼吸も脈も正常そのもので、規則正しい寝息が聞こえた。
次に目に入ったのは、未だ握られていた黒光りする物。

「こんなもの、テメェにゃ似合わねえな」

そう言って彼女の手から銃を取り上げた。それはとても自然な手付きだった。垣根は能力が強大すぎて道具に頼る事は殆どないのだが、それでも冷たい凶器が手に深く馴染むのはあちら側に長らく居すぎたせいだろうか。
(これはお前のじゃない、こっちの領分なんだよ)
銃、人の命を奪う為の道具。
例え自らが殺されそうになろうとも人の命を救う為に動こうとした少女には一生縁のない物だろう。こんな冷たくて無機質な物なんかよりも、誰も振り向きやしないような殺人級(こう言うとおかしな話ではあるが、もちろん比喩表現だ)の不味さを誇るとびっきりのゲロマズゲテモノジュースをにこにこしながら持っていた方がまだ似合うと思う。
超電磁砲が自販機でキックをかまして、ツインテールの風紀委員が呆れ返り、何も知らずに戦利品を渡された初春がゲテモノジュース(いちごおでん)にありつこうとした矢先、友人その1にスカートめくりされて慌てるような、そんな馬鹿っぽい日常の風景が彼女にはとても似合っているはずなのだ。

だから彼女を巻き込んだ事、表で平和に過ごしていた彼女にこんな裏世界の物を持たせた事、全てにムカついた。
……屑がやるような行い、自分だってやっていた癖して。
ぶっ、と垣根はたまらなくなって思わず笑みを零した。苦笑にして嘲笑だった。随分と日和りすぎている。表の世界<こっち>の空気に当てられすぎたからだろうか?
以前の自分ならば、他人の為にわざわざ怒る事など決して有り得なかった。先程の事もそう。そもそも、こうやって誰一人傷付けずに終わる選択肢を選んでいたかさえ怪しかったかもしれない。身動きを取れなくさえすれば良かったし、重傷を負わない程度に翼で吹っ飛ばしても構わなかったのだ。
そうしてふと思い出すのは、あの日――十月九日の記憶、そして第一位の姿。誰とも知れない他人を庇いながら一方通行は自分と壮絶な戦いを繰り広げ、他人を巻き込む事に怒りを見せた。今なら、あいつが言った事を非常にムカつくが少しでも理解出来るかもしれない。
何にせよ、ゆっくり考えるのは後になるが。

「どこの誰だか知らねえが、この俺にちょっかいを出したらどうなるか思い知らせてやらねえとな?」

くつくつと腹の底から楽しそうに笑いながら、無謀にも超能力者の第二位に挑んだ愚か者へ相応の罰を与える為に横たわる初春達に背を向けて歩み出す。
後悔してももう遅い。もはや相手は敵対者などといったレベルはとうに超えて、獲物でしかなくなったのだから。射止めるまでやめてやらないし、逃げるのなら追いかけてやる。
強者による楽しい楽しい狩りの時間が今始まった。


14.4.10
//おやすみ、ベイビー