泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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もしも最後の日というものを宣告されたとしたら、あなたなら何をするだろうか?


用があって駆け上がってもいつもは三階までしか行けない段差を今日は軽々と追い越す。誰の視線も注がれない踊り場、きっと誰が見ていたって私がやる事は変わらない。
しばらくすると、堅く閉ざされた行き止まりにぶち当たる。錠で人を阻むそれは、安全上の配慮という名目で子供達の夢や希望を奪い去った。
あんな場所で仲良くお弁当を食べたり、お昼寝をしたり、サボりに行ったり、青春を満喫できるのはマンガの世界だけだねって佐天さんと話したのはいつだったか、教室で喋ったのは覚えているのでそれ程前であるわけではないはずなのに、今ではもう遠い昔のようで寂しい。
場所が場所である為、扉は厳重に閉められている。ここは超能力の街。生徒が能力を使って安易に扉を破られないように対策がしてあり、開け閉めは端にある端末でカードキーを通し、指紋を認証する事によって行われるのだ。
思わず薄ら笑い。金属の、普通の錠前だったなら私はここで逃げ帰らなければならなかった。
確かに他の人にとってそこは破れない堅い鉄の扉かもしれない。けれど私にとってはどんなに分厚い鉄壁もアルミのような薄い障壁になり得る。
持ち寄った携帯端末を扉の端末に素早く接続。アナログな錠を前にしては無力な私でも、デジタルな方法なら、電子の海に潜り込みどんな高度なセキュリティーだってかいくぐって破っていける!
先生に見つかるようなヘマはやらかさないと私は私の力を確信しているし、例え見つかってももう関係がないとさえ思っているぐらい。だって、今日は『最後』なのだから。
ガチャ、とロックの外れた音がするまで、時間はかからなかった。
私は端末の接続を解除し、重いドアノブをゆっくり引いていく。ギィ、という音が響くのと同時に目の前に広がった光景は、私がずっと求めていたもの。
コンクリートの床が続く。でもそこに空間を遮る天井などは有りはしない。上を見上げれば朱く焦げた空がどこまでも続いていて、太陽の光が建物をオレンジ色に染め、フェンスの向こう側を見れば校庭や裏庭といった普段私達が歩む場所を一番高い所から見下ろせる。そよ風が通り抜けると、髪やスカートをゆるゆると揺らした。校庭から聞こえる木々が揺れる音。心の底から心地いいと思えた。
解放された空間は、縛られた生活を送る者にとって自由に映るに違いない。だって、私が今そう感じるから。ここでは勉強や能力とか、……風紀委員だとか、その全てが関係ないように思えた。負うべき全ての義務から逃れられるような気がして、密かに安堵している自分がいるのは紛れようもない事実。
だからこそ、ずっとこの場所に行きたいと思っていた。こんな自由を感じてみたいと思ってしまった。
これは、束の間の自由。最初で『最期』の自由。

『学園都市は滅亡する』
学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーは都市内全域に中継されたモニターからこう宣言した。そして語ったのだ。この学園都市は巨大な実験場であり、実験はもうすぐ完遂する。そうすればお前たちは用済みである、と。たった数日。それが私達に許された猶予。
理事長自らの言葉により戦々恐々とした人も確かにいたが、今まで姿を表に出していなかった事や妙ちきりんな格好、纏う異様な雰囲気もあり、大人から子供まで胡散臭いと信じない人が大多数を占めていた。
しかし狂気は感染するものだ。
学園都市が裏でやっていた事、その暗部、素養格付の存在、オカルトの実在、各地の異変、外部との連絡が一切遮断され、脱出を試みようにも外へ続くゲートは閉ざされロボットや無人攻撃ヘリが逃がすまいと狙ってくる事、命からがら逃げてきた人の証言、情報の錯綜、真実を隠し続けきた事への怒り、滅亡を恐れた人達の暴走、暴動、混乱。やがて滅亡は人々の手によって真実味を帯びていった。
フェンス越しから遠くを見遣ると、建物と建物の間から昇る黒い煙が見える。恐らく何かがあったのだと思うが、その何かを知るすべを私は持っていない。それは一つではなく辺りを見回せば、ぽつぽつと数カ所で煙が昇っているのが確認できた。
暴徒と化した人々は憂さを晴らすように各地で暴れまわっているという。各学校は緊急措置を取り、避難所として生徒を集め籠城、この状況がいつ終わるのかも分からず子供も大人も不安な時間を過ごしている。非常事態の為に備蓄していたおかげで食料の心配はいらないものの、集団生活にプライバシーなんてないも同然で苛立ちによる衝突も絶えない。多大なストレス負荷は並大抵のものじゃなく、あの佐天さんさえも耐えられずに倒れてしまった。
未だに滅亡なんてにわかに信じがたいし、どう滅亡するのかなんて想像もつかないけれど、でも、この現実を終末と呼ばないとするなら何と呼べばいいのだろう?
ぎゅうう、と両手で爪が皮膚に食い込むのも構わず命一杯握りしめる。
白井さんからは姿が見当たらない御坂さんを探しながら、暴動に巻き込まれている人がいないか見回ると伝えられた。危険だから必ず出歩くなという厳しい注意とともに、それはもう、すごい念の押しようで。
あんなに言わなくても分かっている。今回ばかりは私に出来ることが何もないという事。白井さん、ないんです。得意の情報を使って色々とやろうとはしたんですけど、本当参っちゃいますよ。
ガクンッと膝が折れ、急に足の力が抜け落ちていく。ああ今まで何が自分を支えていたのか分からない。地べたにだらしなく座り込んだ後、次は目の奥が熱くなって仕方がなくなった。このまま滅亡を待つしかないのだろうかって思うと悔しくて悔しくてたまらなくなって、胸が締め付けられるように苦しくなる。しまいにはずっと我慢していたはずの涙が目の端から零れ落ちていった。
これでもう、本当に終わりだというのですか?


ふと視界のすぐ端に白いものがよぎる。何かが落ちてきた……? なんだろう、と目をこらして見る。鳥の羽だ。汚れも混じりけもない純粋な白。僅かな空気の流れで毛の一本一本が揺れている様子は触るまでもなくよい毛並みなのだと思えた。まるで水辺をはばたく白鳥の翼を心に抱かせる羽が、コンクリートの床の上で留まり続けている。
ひらりひらり、と。一枚では終わらなかった。
訝しく思いながら顔を上げ羽の主を探してみるが、朱色と藍色が混ざったほの暗い空の中で数枚の純白が存在を主張しているのみで、

「手間かけさせやがって。やっと見つけたぞ、初春飾利」
「え……?」

目を見開き、どくっと心臓が飛び跳ねた。驚いたのだ。屋上にいる事を見つけられてしまったという事実も一つの要因だったけれど、背後から届いた声はよく聞き覚えのあるものだったから。何かの聞き間違いなんじゃないかと恐る恐る振り返るが、やはりと言うべきか私が想像していた通りの人物がそこにいる。
ホストと言えば納得してしまう程の目立つ顔立ちでこちらを真っ直ぐ見つめ、不敵に笑う彼――垣根さん、垣根帝督さんが。

「よう。驚いたか」
「え、えええええっっ」
「……えーっと、いや、それはちょっと驚きすぎじゃねえ?」

我ながら阿呆っぽい声を出してしまったと思う。だって、こんな場所にいるはずのない人だというのに。中学校の屋上にどうして彼が。セキュリティーを突破したというの。そもそも、私を探していたとはどういう事なのか。
様々な疑問がぐるぐると巡るがそれらについてを深く考えるよりも、涙で顔がぐしゃぐしゃになっているという、とても人に見せられるものではない今の惨状を思い出し、恥ずかしくなって咄嗟に隠すよう彼に背中を向けて伏せる。

「なんだよ」
「見ないでください」
「泣いているから?」
「っ、そうですよ悪いですかっ!」
「別に。あーでも、俺としちゃあ泣いている女の顔ってのは嫌いじゃないんだが。なんつうか、そそられて?」
「〜〜っ。ドS、変態、悪魔っ」
「Sや悪魔は否定しねえよ。でも変態は心外だ」

大袈裟に息を吐く音。悪魔がよくて変態は駄目って基準がよくわからないのは私だけですか?
というよりも彼はどうしてここまで来たのだろうか。この状況でこんなおふざけをやる為にわざわざ来たとは到底考えられない。
仮にもこの学園都市で七人しかいない超能力者、第二位の座に就いている実力者で学園都市の闇も知っていたはず。この状況だからこそ、来た意味があるに違いない、と願望じみた予測をして、私は涙に濡れた頬を拭いながら真意を問いかけた。

「貴方は何か知っているんですか」
「滅亡とは本当の話だ、ぐらいはな」
「それじゃあ、統括理事長が言ったことは」
「真実だ。ただし、今第一位や第三位が食い止める為に動いてはいる。ま、運が良かったら終わりはしねーんじゃねえの?」
「御坂さん達が?」

すると意外な名前が出てきた。御坂美琴さん。超能力者の第三位で私の大切な友達。弱い者が理不尽な理由で虐げられる事を良しとせず、見過ごす事の出来ない優しい人で何度も助けられてきたし、何度も誰かを助ける所を見てきた。彼女みたいな正義感のある人が、この街に渦巻く悪意に対して動いていないはずがないと思っていたぐらい。なので大して驚きはしない。必死に探しまわっている白井さん、簡単に見つかりはしないだろうな、と心の中で苦笑いはしたけれど。
でも、もう一人。学園都市の頂点の名前が出てきた事は少し驚いた。今もまだ覚えている、薄れゆく意識の中で聴いた悪魔のような救いの声。あの日私を命の危機から救い出してくれた人、確か一方通行と垣根さんは呼んでいたっけ。彼が第一位だと知ったのは随分後になってからだった。あの時はただただ必死で、本当にうっすらとしか思い出せないが私の今があるのはあの人のおかげと言っても良く、感謝してもしきれない。この事態にあの人も動いているという。
超能力者の第一位、第三位。強大な力を身に宿している学園都市の最強。そして、第二位の垣根さん。
そこまで考えて、彼と初めて会った時――私達の最悪の出会いが頭の中で鮮明に浮かんでいく。気安く話しかけてきた時の胡散臭さ、そして彼の力を身に受けた時の強烈なイメージ。今でこそ私達はこんな風に気軽に話せるようになったけれど、未だにあの瞬間の恐怖を思い出せば身震いする。以前聞いた話によると、彼は直後に第一位と戦ったのだと言っていた。それは熾烈な戦いであったと。
ゆっくり立ち上がると振り返って彼を見据えた。相も変わらずヘラヘラと笑っているようにしか見えず、どうしても私には理解ができない。

「どうして貴方は力があるのにそれを使おうとしないんですか? 私と違って貴方には人を助ける為の力があるのに、何故……?」
「人助け? くっ、ははははっ、俺には最も似合わねえな、ソレ。ま、言っちまえば俺にとっちゃ世界が滅亡しようが何だろうがどうでも良い」
「なっ」
「さあて初春。学園都市にいる連中は今日何をしてんだろうな。滅亡を嘘だと信じて虚勢を張っているのか、いるかも分からない神でも仏にでも祈ってんのか、恐怖して縮こまってんのか、それとも苛立ちを見境なくぶつけてんのか」

彼は悠々と語る。

「最後だからと、悔いのない今日を送ろうとしているのか。最後だからと、未練を一つでも減らそうとしているのか。普段は入れない鍵の掛かった屋上に折角だからと来てみたり、恋人でも家族でもいいから大切な人と過ごしてみるとか? 成し遂げられなかった目標に今日こそはと挑むのや、自分の想いを書き記そうと必死になったり、あえて日常を噛み締めながら普段通りに過ごす奴も、もしかしたらいるかもしれねえ」
「……」

話に耳を傾けていて、段々分かってきた事がある。要するに末期の病を患った人と同じなのだろう。絶望するのか希望を見出そうとするのか。彼はやるべき事ではなくやりたい事を優先した、他の人と同じように。たったそれだけなのだ。だとするならば、その選択を否定する事など出来る訳がない。彼にだって進む道を選ぶ権利がある。他の人よりも強い力を持っている、ただそれだけの理由でヒーローのような振る舞いを求めるのはお門違いであろう。
そもそも逃げて来た私に責められる資格なんて、ない。最初から分かっていた、自分の無力を苛立ちとして勝手にぶつけているだけだと。問題は力があるかどうかじゃない、本当に誰かを救いたかったら力なんかなくとも救いに行く事を選択すべきだったのだ。なのに私は何をしていた? 明白だ。見えざる大きな恐怖と、目の前で起きている現実を前にして足がすくんでしまった私は。

「テメェは真面目だから、どうせ余計な事考えてんだろ?」
「私がしたのは逃げる事でしたから。……臆病者なんですよ、私」
「気にするな、それが普通だよ。自分の命を危険に晒してまで、誰とも知れねえ他人を助けようとするあいつらが珍しいだけだ」
「でも、私は……っ」
「あのなあ」

カツ、カツ、カツ、と足音がゆっくり近付いてくる。遠くの青紫の空には一番星が輝いていて綺麗だとぼんやり思う。
彼が目の前に辿り着いた時貼りついたような笑みはもうどこにもなく、真剣な顔で私を見下ろしていた。けれどその瞳は見た者を射殺す冷たいものではない。鋭い目つきの中に確かな暖かさが含まれている。

「垣根さん……?」

彼は長身で細身、それでいて顔は整っている方だ。目つきの悪さを除けば全体的に悪くないものだから、黙っていればすごく格好良いのにな、なんてよく思ったりする。そんな彼の瞳がずっと真っ直ぐ私を捉えたまま離してくれず、思わず胸の鼓動が速まった。こんな時に何を考えているんだろうか、私は。でもでも、誰だってじっと見つめられればドキドキするもの。よくよく考えてみれば格好良いと思える人と今二人きりな訳で。

「よく聞いとけよ。滅亡と聞いて俺がやりたくなった事はたったの一つだ」
「あっ、あの垣根さ、……きゃっ!?」
「初春飾利、お前に会いたかった」

信じられないものを見るかのように瞳が揺れている。一気に体温が上昇していき、鼓動が煩くて聞こえてしまうんじゃないかと心配になった。熱い。顔が上気してまともに彼を見れそうにない。こんなシチュエーション、佐天さんからよく借りる漫画の中だけだって思っていたのに。どうして、という大きな戸惑いと僅かな期待がないまぜになってどうにかなりそうだ。
そんな私の心の内を知ってか知らずか、彼は私の背に手をまわし抱き寄せたまま、追い打ちをかけるかのように耳元で甘く囁く。

「―――……」

身体が強張るなんて生易しいもので終わらない。その瞬間、苦悩や建て前、恐怖といった全ての壁が彼の前で崩れ落ちていくような音がした。壁さえ剥がれたらもう私を守るものはなく、絶え間ない優しさがストレートに心へ染みていく。全身で彼の体温を受け止めて、暖かい、と微笑んだ。止まっていた涙が再び頬を伝い始める。悲しいからでも、悔しいからでも、怖いからでもなく、
たった三文字の言葉は私にトドメを与えたも同然らしかった。

後になって私達は思いっきり大笑いしてやりました。皆が望む夜明けは何事もなく平然とやって来たなんて言うまでもないでしょう?

14.4.10
某GUMIさんの曲、世界寿命と最後の一日からイメージ。
//世界へのアンチテーゼ