泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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お馬鹿ヘタレ垣根とお馬鹿天然初春






「か、垣根さんの好みのタイプって何ですか?」


緊張した面持ちでほんのり頬を赤らめ、上目遣いでこちらを見つめながら、行き場を失い迷う手を落ち着きなく弄り、もじもじと恥じらう少女の問いかけ。垣根帝督は彼女の言葉に耳を傾け、神妙な顔付きで黙しながらもその実に反して心中では盛大にガッツポーズを取っていた。
どこかの無能力者のような鈍感野郎でもない限り、どこからどう見ても恋する乙女にしか見えないであろう少女の様子から分かる通りだ。彼女――初春飾利は垣根帝督の事が好きで、そして彼――垣根帝督も初春飾利の事が好きだった。
ならば二人は両想いで済む話じゃないか、と垣根としては言いたい所ではあったが、これはそう簡単な問題ではない。簡単な問題ならどんなに良かったか。
結論から言えば初春は鈍感なのである。いや、正確に言えば少し違うだろうか。鈍感というよりもある種の卑屈さが目立つとでも言えば良いのかもしれない。
初春にとって垣根帝督とは高みにいる存在だった。学園都市の頂点、超能力者の第二位。どこかでホストをやっていそうだと誰かしらによく言われる程度に整った容姿。中身も外見も上位のスペックを持つ垣根と平凡な自分はとても釣り合わないのではないか、初春の脳裏にそういった考えが焼き付いて離れないのだ。他に超能力者の第三位にして常盤台のエースが身近な存在としてあるものの、同性の友達と異性の想い人ではやはり対応も気の持ちようも全然違う訳で。
故に、垣根の想いは初春に届かない。
時に口説いてみたりもしたが、垣根が自分なんかに振り向いてくれる筈がない、だから自分はからかわれているに違いない、と思われて軽く受け流されてしまった。
『えっと、これも冗談なんですよね。私はちゃんと分かっていますから』
『もう冗談は止めてください。心臓に悪いです』
(実際、初春をからかうのが楽しいのは紛れようもない事実であり、尚且ついつもの軽薄な態度も災いしているのだが……)
だからこそ、これはチャンスだ。
いつも消極的な初春が何をそうさせたのかは分からない。しかし、佐天涙子に何か言われたのだろうと予想は付けられる。所謂恋バナというやつが大好きな女子中学生らしい一面を持つ佐天は、親友の恋を成就させようと溌剌とした笑顔でノリ良く動いてくるからだ。初春の鈍感っぷりに手を焼いていた垣根としては、こうしたアシストは大変有り難い。
初春がこちらを向いて話を聞く姿勢に入っている以上は、自分のこの気持ちが本物である事を叩きつけてやるまたとない絶好の機会なのだ。

「女の好み?」
「……は、はい。えっと、他意はないんです。単純な興味っていうか!」

頬を染めながら身振り手振り慌てて取り繕う初春の姿はなんとも微笑ましく、とても可愛らしい。胸が熱くなって、今にも愛おしさがあふれ出てしまいそうになる。出来る事なら今すぐにでも抱きしめたい気持ちに駆られるが、そういうのは恋人になるまで取っておく事にしていた。一応両想いとなっている以上可能性は低いと思うが嫌われたらまるで意味がない。
さてここでどう答えるべきか。
「お前だよ」と、さっさとと言ってしまうのは簡単ではあるけれども、どうも面白くないと思っている自分がいる。……というか正直に言うと照れ臭くて照れ臭くて仕方がなかったりする。
外も中も高スペックを自負する垣根は、実際今まで女に不自由した事がなかった。言い寄ってくる女は沢山いたし、言い寄って堕ちる女だって沢山いた。でも、女達が自分に求めるものは、顔や身体、金、力といったものばかり。垣根としてもただのごっこ遊びでしかなかったのでそっちの方が楽ではあったが。愛を囁くのも、相手に応えてやるのも全ては暇潰しのような遊びの為だったのだ。
でも、今は違う。これは遊びなんかじゃない。初春への想いはごっこで片付けられるような陳腐なものではない。能力ではなく、金でもなく、顔でも身体でもない『垣根帝督』を求めてくる彼女に垣根は生まれて初めて恋をした。
初めて胸に抱いた、眩しくてどこか暖かくて時に苦しくむず痒くなる純な想い。それを表に出すのが、本心を曝け出すのがこんなにも勇気がいる事だとは知らなかった。
まあ要するにただのヘタレでしかなく、初春に気持ちが届かない要因の内の一つだったりするのだが、垣根は都合良くそこに触れず言葉を探す事に意識を集中させる。
方針は決まった。インパクトを重視をさせよう。やがて意を決するように息を吸い、


「金髪ロングで」

と告げた途端に初春の表情が曇った。
いきなり外れた……、という小さな嘆きの声を垣根はすかさずキャッチしながらも聞こえなかった振りして揚々と続ける。
掴みは上出来といった所か。

「年上で」

初春の表情は曇ったまま、それでいて厳しさを増していく。
やっぱり大人っぽい人の方が良いんですよね、という内側に向けた嘆きの声は今度は垣根に届かなかった。でも、何を思っているのかは何となく分かる。
追い討ちをかけろ。
休む暇を与えるな。

「背が高くて。体育会系で」

ぐ、ぐぐぐぐ……。
初春は歯を噛み締める。
どうしてこうもかみ合わない。何故かすりもしないのか! 滲んで揺れる瞳はそんな風に告げていた。
爆発しそうになっている感情をぐっと堪えているのを、垣根はニヤニヤと楽しそうに眺めている。
垣根は初春をからかうのも好きだ。好きな女の子にちょっかいだしたくなっちゃう思春期男子のアレそのものだ。本人が必死になっている前でどうしてこう分かりやすいのかなあとか、何故こんなにも可愛いんだろうなあコイツはとか、意地悪く考えていた。
さあ、トドメの一撃だ。

「あとボン・キュ・ボンな、女だ」

最後はもう半泣きだった。
その手の事で大変分かりやすい第三位程でないにしろ、年頃の女の子らしく初春は自分の体型を気にしているらしいのだ。ふざけてお子様体型を指摘すればムキになった果てに拗ねるし、水着選びで胸の大きさを気にする初春が垣根を遊びに誘っちゃう?と言われて真っ赤にしながら全力で拒否ったというのは佐天談である。
それなのに当の垣根にこう言われてしまえば絶望的になるのも無理はないかもしれない。瞳をうるうるとさせながら落ち込んでいる事を隠そうと(これでも本人は隠せていると思っているらしい)平然を装う初春は続ける。

「そう、ですか。そうですよね……。垣根さんってそういう人好きっぼい顔してますし」

どういう顔だよ、ってか俺やっぱりそんな風に見えてたの?という困惑と少しばかりのショックが含まれた突っ込みをどうにかこうにか飲み込む。服装もあいまってホストみたい、と誰かしらによく言われるし自分自身イケメンであると自負しているのでそういう目で見られている事は自覚していたが、想い人に言われるとやはり堪えるものがある。
だが、めげない。垣根はとっておきで渾身の一撃を暗く沈んでいる初春へと真っ直ぐに放った。
全てが完成する。

「なんてな。の、反対だ」
「……あの、今、なんて?」
「だから、今言った項目全部が反対な奴。どういう奴か想像してみろよ」

呆然と目を丸くする初春の返答を変わらないニヤけ顔で垣根は待つ。
さあ、次に初春はどうでる?
赤面するのか、慌てるのか、沈黙するのか、もう一度確認してみるのか、気付かずに流すのか、気付いて流すのか、冗談だと切り捨てるのか、喜ぶのか、笑うのか、泣くのか、流れに乗じて告白するのか。
例え気付こうが気付くまいが対応してそこから先に繋げる自信はある。なら最初から直球的に言っておけよ、という突っ込みは受け付けない。恥ずかしいものは恥ずかしい。
やがて、沈黙していた初春の口がゆっくりと開く。
ついに出た答えとは、

「垣根さんってそういう趣味の人だったんですね……」

(あれー?)

様々な反応を想定して様々対応を頭の中で並べていた垣根だったが、予想外の言葉に面食らった。
何かが、おかしかった。
両者の間にはとてつもない認識のズレがあるような。それでいて、とんでもない勘違いをされているような。
その認識の食い違いを正す為に初春からどう勘違いされたのか聞かなければならない。ならないと思っているのに、躊躇ってしまう。ぞわぞわと、寒気のような嫌な予感が垣根の体中を駆け巡った。
だが、いつまでも目を逸らし続けている訳にもいかず、垣根は喉を鳴らし、勇気を振り絞って目の前にある現実と対峙する。

「……どうしてそうなった?」
「え? だって全部が反対だって」
「……」

つまり、こういう事らしい。
金髪ロングで→黒髪ショートで。
年上で→年下で。
背が高くて→背が低くて。
体育会系で→文化系で。
ボン・キュ・ボンな→平らな、
女→男。
なんと、垣根帝督は運動が苦手な黒髪年下少年が好きだと。初春の中で某座標移動さんの仲間入りを果たすという、とんでもない事になっていた!

「あっ、ごめんなさい。垣根さんは私を信頼してカミングアウトしてくれたんでしょうに、失礼な事を言って」
「ちょっと待て、ちょっと待ってくれ、ちょっと待ってくださいの三段活用!?」
「あの、それ、パクってません?」
「そんな事はどうだって良い。お前は盛大に何かを勘違いしている」
「性的指向がどうであれ、垣根さんは垣根さんですもんね。確かに最初はびっくりしちゃいましたけど大丈夫です。り、理解していきます。ただ、法律の範囲内で留めておいてくださいよ。流石に犯罪を犯しそうになったら全力で止めなきゃいけないので」
「テメェ話を聞けよコラ!!」

話が通じない。
ダラダラと、嫌な汗が体中から湧き出して気持ちが悪くなった。目の前の現実をどうしても理解出来ない。いや、理解なんかしたくなかった。
どんなに必死に弁解しようとも初春の中では、折角カミングアウトしたのにドン引きされたから茶化して誤魔化そうしている、なんて場面に何故か自動変換されているらしく、どうしてか生暖かく諭される。
どういう事だ。こんなの違う。断じて違うだろう。こんな筈じゃなかっただろうが。どうなってやがる、クソッ、と今更吐き捨てた所で時既に遅し。
これぞ身から出た錆ってやつだろう。分かっている。だが、そんな事実になんかに構ってはいられなかった。ここで初春の誤解を解き、何とか納めなければとんでもない事になる。具体的に言えば初春からの信頼、ほのかな恋慕を失うだけに飽きたらず、佐天や白井経由である事ない事周囲に広がりまくる。それだけは絶対に避けなければならない。

(考えろ、何か手は……!)

この場を収めるのに適切な解法を導き出すべく、学園都市第二位の脳を無駄にフル回転させる。
一方の初春は、

(あうう……。次から垣根さんとどんな風に顔を合わせたら良いのか分かりません……。どうすれば、どうすれば、どうすれば!?)

実の所、初春も自分で何を喋っているのかよく分からなくなっていた。ただ、帰ったら思いっきり泣こうとだけは心に決めていた。
そして。
そして。
そして。
垣根の方はと言えば、脳をフル回転させて必死に収めようと考えている間にも初春の訳分からない言葉が飛んでくるものだから段々とやり場のないこの状況にイラつき始めていた。


「……だから、俺が好きなのはお前だって言ってんだろうが!!」
「……へ?」
「……あ」


手っ取り早く誤解を解く方法をどうして思い付かなかったのかとか思う前に。図らずも誤解を解く事と、自分の気持ちを伝える事、2つを同時にこなせた垣根帝督は、今度は別の意味で慌てるハメになったのは言うまでもない。

15.5.16
//1から100まで君と踊る