泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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それは、とあるカフェにて起こる。
恋人との甘い時間をじっくりと過ごし、やがてそろそろお開きにしようかという流れになった時、初春は意を決したように手前に座っている彼氏である垣根帝督を真剣な眼差しで見据えてこう言い放つ。

「あの、今日は私が払いますから」
「は?」

垣根は思いもよらない言葉を受けてか、ぽかんとした様子で目を丸くした。そして少しばかり何かを考えて無言になった後、次に今更何を言っているんだ、とでも言いたげな目で初春を見つめる。

「……、金の事なら気にするな。俺の財力知ってんだろ」

一見してひけらかしにも思えるその言葉は誇示でも嫌味でも何でもなく、歴然とした事実だ。
垣根は学園都市の頂点、超能力者なのだ。学園都市は強度別の奨学金制度を採用している為、低能力の初春とは比べ物にならないぐらいの額が毎月振り込まれている(それと初春の手前言わないが、過去に研究の協力をして得た報酬と、暗部時代に依頼をこなして得た報酬が未だ有り余る程残っている)
だから、垣根は金に困ってはいない。むしろ、使い道があるだけ感謝しているぐらいだった。

「今日は私の方が誘いましたし。それに、いくら垣根さんがレベル5(お金持ち)だからといって、これぐらいは自分で払えます。いつもいつも払わせてもらっちゃってますから」

白いテーブルの上に置かれた空の硝子の器とコーヒーカップを凝視して初春は言った。値段にして880円の苺パフェと、260円のコーヒー。どちらがどれを頼んだのかは言うまでもない。
垣根はいつもこうで、今日はまだ良い方だ。風紀委員の集まりが長引いて少し遅い昼食を取った時、もう食べたからと言いながら大したものを頼んでいなかったというのに全額払ってくれた。垣根の家にお邪魔する前にコンビニへ寄った時、つまめるようなお菓子を買おうとチョコレートの箱を手に取ったら買うのかと問われて、肯定したら当然のように奪われ彼のものと一緒に会計に直行された。二人でショッピングに行った時、可愛い洋服に目を奪われはしたもののお値段的にとても手が出せなかったので静かに戻そうとしていたら買ってやると言われた。断ったけれど、これを着たお前が見たい、似合っていると思う、絶対に可愛い、と反則技を使われて渋々折れた。
正直に言って、垣根がお金を払ってくれて助かっていない訳ではない。初春の少ない奨学金ではこのような贅沢など決して出来ないのだから。それに加えてあれも欲しいこれも欲しい沢山遊びたい、実際に叶えられるかどうかは別にして次々と欲求が膨らんでいくというのも、実際に叶えられるだけの力を持っているような、かのお嬢様学校生や超能力者みたいな例外でもない限りは普通だ。しかも、風紀委員としての活動がある為、初春はアルバイトによるお小遣い稼ぎが出来ない。嫌な言い方にはなるが、垣根が払ってくれる度にそれだけ代金が浮くのだ。その分、欲しいものへと手が伸びる事は確かだった。
でも。
だけど。

「訂正。こうする事に超能力者も金持ちなのも関係ねえんだから、お前は俺に大人しく奢られとけ」
「でも……」
「あのな、初春。男ってのは格好付けたい生き物なんだよ、特に好きな女の前ではな」

分かっている。
男は女に恥ずかしい所を見せたくない、格好付けたい、譲れないプライドがある。前に白井黒子がそう言っていたから。
その意味は分かるし、垣根が己の自尊心を満たす為だけでなく、本当に自分を想っているからこその行動なのだというのも理解している。
だけど、それでも、と初春は強く思うのだ。

「やっぱり、甘える事を当たり前にはしたくないです」

恋人として甘える、甘えられる、というような関係よりも、まるで小さな子供のように甘やかされているような感覚さえあった。
そんな感覚を当たり前にはしたくない。当たり前になってしまう事が何よりも恐い。
極端な例ではあるけれども、幼い頃から身の回りの世話を周囲がやってくれていた為に、自分の事が自分で出来なくなるというのはよくある話だ。食事という要素が一番分かりやすいだろうか。毎日のように温かい食事を作ってもらっていた人が親元から離れると、途端にコンビニ飯などお粗末なものに変わってしまうのだ。
甘やかされるのが当たり前になればそれだけ人は否応なく堕落していく。悪い方向へ変わっていく。人間的に駄目になってしまう。それは、それだけは許してはいけない。
初春飾利が思う初春飾利のままである為に。
だから、これは譲れない。
彼の為になんて綺麗な事を言うつもりはない。
垣根の為に、ではなく、自分の為に。

「ああ、そうだな。そういや、お前はそういう奴だった。根が真面目っつーか」
「果たして真面目、なんでしょうか。本当に真面目だったら一番最初の時点で断っていると思いますけど。私は私の為に言っているだけですよ」
「そこが真面目だって言うんだよ」

初春は記憶を掘り返して困ったように微笑む。まだ二人が付き合ってもいなかった頃で一番最初に奢ってやると言われた時、初春はほんの少しばかりの遠慮を見せつつも素直に喜んでいたのだ。それも最終的にニコニコと、遠慮なく頂きますね超特大デラックススペシャルパフェを!!とか失礼な事を言っていた気がする。まあ、これは最悪の初対面の時に、パフェを潰された恨みが含まれていたのだが。

「今更ではありますけど、私は、きっと垣根さんが思っているような女の子なんかじゃないです」

初春は言う。自分はそこまで綺麗な人間ではないと。実際、初春は垣根の財布の中身について心配などしていないし、初春が許せないのは甘えるのが当たり前になる事であって、甘える事そのものではなかったりしている。だったらそれはもう自分勝手で狡い女でしかないのではないか。

「幻滅、しましたか」
「いんや、逆に惚れ直した」

自分勝手?狡い女? 可愛い女の間違いなんじゃねえのか、と垣根は率直に思う。そう、可愛いのだ。自分勝手になりきれない所、本当の狡猾さを知らない所。本当に自分勝手に振る舞う奴も他人を出し抜こうと狡猾な奴も、大勢見てきた垣根からしてみれば全てが愛おしくてたまらない。
そして、遠くを見るように垣根は最悪の初対面の方を思い出していた。二人の間で既に消化された出来事ではあったが、やはり垣根は何か思う所があるらしく時たま苦々しい記憶を呼び起こして眉をひそめる。
他に誰かを売ってしまえば自分は助かるという逃げ道を作ったというのに、あの時初春は選ばなかった。選択する事を放棄したのではなく、選択する事で何が起きるのかを理解していながら垣根の用意した逃げ道をはねのけた。怖かったはずだ。苦しかったはずだ。震えたはずだ。痛みで涙がボロボロと溢れていたはずだ。けれど、それは初春を形作る上で欠かす事の出来ない信念だったのだ。決して譲れない部分だったのだ。結局、垣根は初春の信念を折り曲げる事なんて出来なかった。
だから、垣根はそうした初春の芯の強さを既に知っている。誰かを守れる強さ。これでも尊敬さえしている。惚れた弱味というのも含めて、自分はそれに敵わない事も分かっている。
即ち。初春が信念を以て提案してきた以上、垣根が取り下げさせるなど最早不可能に近い。

「分かった分かった、今回はお前に譲る。お前の言う通り何でもかんでもってのも止める。ただ、格好付かねえから自分のコーヒー代ぐらいは出させてくれ」
「あ、はいっ」

引き下がってくれた事が意外だったのか、初春は少し驚いてしまう。それを見て垣根は苦笑した。今まで、何だかんだと言いくるめて来たのだから当たり前の反応なのかもしれないと言い聞かせて、

「自分の為に、か。駄目だな、これじゃフェアじゃねえ」
「垣根さん?」
「つー事で、お前も一つ勘違いしているみてえだから正しておくぞ。良いか、俺だって全部自分の為にやっているって事を覚えておけ。それは何も見栄やプライドだけの話じゃねえ。お前の喜ぶ顔が見たいから、お前と色んな事をしたいから。お前の為じゃなく、俺がそんな光景を見たいから、俺の為に勝手にやっているまでだ」

パフェを奢るのは、大好物を頬張り幸せそうに微笑む初春を眺めてこちらも幸せな気分に浸りたかったから。
チョコレートを奢るのは、あわよくば甘いキスを交わせたら良いなと思っていたから。
洋服やアクセサリーを贈るのは、着飾った可愛い初春をずっと見つめていたいから。

「ちなみにさ、一番最初に奢ってやるっつったのも初春に近付きたかったからだって言ったらどうする?」

今度は初春が目を丸くする番だった。
垣根も初春の事を少し勘違いしていたように、初春も垣根の事を少し勘違いしていた。初春は、垣根が自分の事を想っているからこうしてくれていたのだと思っていた。それは事実として間違ってはいない。ただ、そこに初春の想像していない下心があった。垣根は善意だけでは動けない人間だ。闇から足を洗ったとしても、闇の中で動き回っていた時に染み付いた生き方まで簡単には拭えない。こうした方が自分にとって上手くいく、何かを得られる、全てはそうやって打算的に思考した結果の行動だったのだ。
では、逆の側面から見たらどうなのか。
幸せな気分になりたい。
キスしたい。
ずっと見つめていたい。
そして、近付きたい。
それらは全て初春飾利に強く結び付いている。垣根が打算的になればなる程、目的が増えれば増える程、縛りが強くなって身動きが取れなくなっていくように。


「初春。幻滅、したか?」


垣根は自分こそが勝手で狡い人間ではないか、と、卑しさを隠す事なく唇の端を吊り上げた。だって、答えが分かっていながら言葉にさせようと問うのだから。


15.5.16
//恋愛重奏ゲーム