泣かない君へ

  1. Info
  2. Update
  3. Main
  4. Clap
  5. Memo
  6. Home
Last up...12/16 メイン追加
再会の才 / よろずりんく

Text


ガラガラガラと、灰色の鉄扉を開けば入り口から僅かに射した光の先で少女が転がっているのが見えた。
垣根帝督は初春飾利の姿を認めるとすぐさま駆け寄る。それから手早く、それでいて焦りを滲ませた手付きで容体を確かめながら、すぅ、という音を耳に聞き入れて胸を撫で下ろす。とりあえず生きている、らしい。
はあーっ、と緊張を解くように肺から空気を吐き出し、地べたにだらしなく座り込み、最悪の結末を免れたという事実をひたすら噛み締める。
もしも、もしも、少女が死んでいたとしたら。あのクソ野郎共をあと何一〇回、何一〇〇回とブチ殺すぐらいじゃ済まなかった。それどころか、何が起こってもおかしくなかったと垣根は怒りに身を焦がしながら、今でこそ冷静に分析していく。下手したら『自分だけの現実』が揺らぎ、怒りに身を任せてそこら一帯見境なく破壊を撒き散らしていたかもしれない。
果たして超能力者の第二位垣根帝督の交渉材料として、少女の価値が認められたのは幸か不幸なのか……。
こんなにも狂おしい怒りを抱くぐらいには自分はこの少女と過ごす時間が嫌いではなかった。ああ、いい加減認めよう。認めてやろう。少女には汚い言葉を口走りながらも、どうしようもなく居心地が良かったのだ。少女に明るい世界へ引っ張り出されるのが、くだらない退屈な日常とやらが。本来の立場を忘れて、長く続けば良いのに、と馬鹿な事すら願ってしまう程に。
その結果がこのザマだ。
命こそ失われていないものの、少女の細く白い肌には青や紫といった痕が複数残されていた。ボロボロとなった布地から覗く肌色も顔さえも例外ではなく、痛々しく腫れ上がっている箇所も中にはあった。この少女はどれだけの暴力に身を曝され、どれだけ耐えてきたのだろう。少女の気丈さを身をもって知っているだけに想像し難くなく、考えるだけで苛立ち、また奴らをブチ殺したくなってくる。
例えばの話。かつて一方通行がご高説を垂れたような一流の悪党とやらだったなら、誰かを傷付けずに済んだのか。……例えば。助けを求める誰かを颯爽と救えてしまえるヒーローであったなら、こうなる前にどうにか出来たのか。
そんな空想に意味などない。有り得ないIFに縋った所で目の前にある現実からは逃れられない。
責任は明白だった。自分はいつかこうなるのが分かっていながら共にいる事を望み、自身の暗闇に少女を巻き込み、その癖何も出来ずにズタズタにしたのだ。責られて当然だった。自分が少女と関わっていなければ、負う筈のなかった痛みだ。己の甘さが招いた光景。己の罪。そもそも、自分は少女と初めて出会った時に何をした?クソ野郎共に何か偉そうな事言えるタマなのか?簡単になかった事にしてしまえる程少女の傷は浅かったというのか?本当なら少女に罵られ、憎まれ、傷付けられるのが必至だったのに。
だと言うのに。

「……ぁ、垣根……さん……?」
「……っ」

垣根は静かに息を呑んだ。それから、心臓を鷲掴みにされたように一瞬息が出来なくなる。
目覚めた少女がふにゃりと柔らかく微笑む。まるで自分の存在を見つけられたのが嬉しいとでも言うかのように、とても安心しきったように目を細めて。身体中痛くてたまらないだろうに。痩せ我慢をして、目に涙を溜めながら。
垣根が何かを言おうと口を中途半端に開いたままあぐねいている間に、少女は続けて言った。

「来てくれるって……信じてました……」

今度は目頭が熱くて熱くてたまらなくなった。
なんで、なんで。戸惑いを隠せない。だってこれでは、期待してしまうではないか。自分は少女と共にいても良いのだと、少女との明日があっても良いのではないかと、あってはならない明るい未来を望んでしまうではないか。
所詮、闇の中で生きていた自分と少女は生きる世界が違ったのだと認識を改めて納得するべきなのに。起こってしまった事実は変えられなくとも、同じ事を繰り返さないよう正しく軌道修正してさっさと少女から離れるべきなのに。

「……馬鹿、言うなよ……。俺はヒーローなんかじゃねえんだぞ……」

震える唇が言葉を紡ぐには、それだけ言うので精一杯だった。
幼い頃の憧れを思い出したのはつい先ほどの事。助けを求める誰かの元へ颯爽と駆け付けて救えるヒーローになりたかった。……なんて、今更暗部の中で暴虐の限りを尽くしてきた外道が言うべきではないし、嘲笑われてしかるべき戯れ言だ。数ヶ月前までの自分自身だって指を指して馬鹿にしながら全否定していたであろう、血に塗れた自分が今更何をどうした所で結局外道のクソ野郎でしかないだろうが当てられてんじゃねえよバーカ。分かっている。そんなの分かっている!!
だとしても、有り得ない空想が頭について離れてくれない。少女を救い、最後には抱き締めて笑い合えるような存在になれたら、それはどんなに喜ばしい事なんだろう、と。
様々な感情が根こそぎ頭の中を駆け巡る。
駄目だ。何故?いい?許されない。触れたい。笑いかけてくれた?ただの外道の癖に。すき?一緒にいたい。いてもいい?クソ野郎。抱きしめたい。死ねよ。期待してる?ヒーロー。愛したい?悪党。愛されたい?違うッ!!
やがて一気に膨れあがって、爆発を起こす。ヤケクソで、八つ当たりであると分かっていても、垣根はぶちまけるように叫ぶ事を止められなかった。

「俺はヒーローなんかじゃない……!! ただのクソ野郎なんだよ、そんな言葉をかけられて良い程の人間じゃねえんだよ……!! 一度ならず二度までも俺のせいでテメェはこうなったんだろうが!! 分かってるのか、あぁ?! なのになんでそこまで信じられる!!? どうして、……こんな、笑っていられるんだよ……?! 思い出せよ、俺が何をしたのか!! 突き放せよ!! じゃないと、俺は……ッ!!!!」

ヒーロー……、そう小さく呟いてから少女はゆっくりと身体を起こしていく。動かすと相当痛みが走るのか、顔を歪ませながらそれでも動きが止まる事はない。
顔と顔の距離が近付く。視線が複雑に絡み合って逃れられそうにもない。

「っ、分かってます、よ。でも良いんです。ヒーローなんかじゃ、なくても。だって……、私にとって垣根さんは……っ!!」

自分も、少女も、もう限界だった。ボロボロ、ポロポロ。涙が溢れては零れ落ちていく。止まらない、止まらない。

「私はヒーローなんか望まない。だって垣根さんは私の王子様だから……っ!! 囚われた私を、最後には助けに迎えに来てくれる……、私だけの王子様……っ。それじゃあ、いけませんか……?」

少女は言った。ヒーローなどいらない。誰かの為ではない、少女の為だけの王子様になってほしいと。最早笑うしかない。なんだそれ、王子様……?自分が?
ああでもなるほど。納得する。そこまで突き抜けていればもう悪人だとか善人だとかは関係なくなる訳だ。姫と結ばれる王子に必ずしも善性の象徴でなければならないなんて決まりはない。
例えば、シンデレラ。一般的にはアニメ映画のキラキラとしたイメージがあるが、グリム童話では灰かぶりが靴を落としたのは王子の下衆な策略があったから。例えば、白雪姫。同じくグリム童話では王子は姫が死んでいると知りながらその遺体を引き取っていった、死体愛好者であったというのは有名な解釈だ。アンデルセンの人魚姫では、時に王子は人魚であった彼女に甘い言葉を投げかけ期待させるだけ期待させておきながら、結局はあっさりと手のひらを返したように隣国の姫の元へ行く。
数々の童話の中にはそういった役割を持つ王子だって存在している。垣根は物語の中の彼らをこう評していた、欲に忠実な愚かな男。何て自分にピッタリなんだろう。
きっと少女が描いている輝かしいものと、自分が描いているものは違うだろうが。善も悪も関係ない。少女の為に、そして何より己の為にハッピーエンドを目指して行けば良い、そう考えれば胸につっかえていたものがストンと落ちていくような感覚がした。配役としては、少々臭すぎてむず痒くなる気もするけど。それだって少女とならば悪くないと思える。

「くく、なんだよそれ。俺も人の事言えねえが、お前もとんだメルヘンだな……?」
「……あはは。でも、似たもの同士。お似合いだとは思いません……?」
「ああ、最高にな」

涙を拭う事すら忘れて二人して笑い合った。
終わってみればなんてことのない、大団円。囚われの姫を王子が救った、だだそれだけの物語。本当に救われたのは王子の方だった、という注釈付きのハッピーエンド。
さて自分達はこれからまだまだ続いていくが、終わりを迎えたお伽話は閉じなければない。王子は王子として責任をもって物語を締める事にしよう。キラキラとした王子のイメージとは違うとしたものの、その、なんだ、今日ぐらいは特別で良いだろう?なんて、心の内で照れ隠しを含んだ苦笑を漏らす。
身体を気遣いながら腰と膝下に手をまわしそっと抱き上げると、途端に濡れたままの頬を赤らめて慌て始める少女。痛みは?と聞けば、素直に答えてくれるがやがて恥ずかしさのあまりに顔を俯けてしまう。でも名前を呼べば律儀に顔を上げてくれる少女の姿があまりにも可愛らしくて、愛しくて、思わず口付けを落としてみた。林檎が色付くように頬の赤らみが増したのは言うまでもなく、悪戯っぽい笑みを零しては、固まっている少女に追い打ちをかけるようにもう一度瞳を閉じた。

「好きだぜ、俺の姫」
「ぶっ」
「……流石に気持ちわりいな。封印するわ」
「……、す、好きですよ、私の王子様……っ」
「……もう一回」
「……封印します!!」

『こうしてお姫様と王子様は幸せに暮らしたとさ。めでたしめでたし。』

16.11.20
//世の中最後はわらえるようにできてる