泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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普段の垣根帝督は姿形を最適化し、カブトムシのキーホルダーに扮する事でフレメア=セイヴェルンの学業を邪魔する事なく一番近くで彼女を見守っている。ならば、学校がない休日ではカブトムシの形態を取る必要性が薄くなるのは必然的と言えるだろう。
昆虫の姿で出来る事と、人間の姿で出来る事は大きく違う。人間が住まう社会に溶け込もうと人間の姿に変わる時だってある訳だ。
例えば、

「浜面のバカバカ! 浜面なんて大体バカ面だ! バカバカ、にゃあにゃあ!!」

休日の昼間から道のど真ん中で知り合いへの罵倒を続ける幼い少女の相手をする、とか。

「……仕方がないのでは? 彼もたまには二人きりで思いきり楽しみたいと思ったのでしょう」
「でも遊園地だぞ、遊園地!」

垣根とは別にもう一人、フレメアの保護者的立場を担う浜面仕上は休日の今日、アミューズメント施設が立ち並ぶ第六学区へ、より厳密にはそこにある遊園地へ恋人と共に遊びに行ったらしい。
世間ではこれをデートと呼ぶ。
普段の彼はフレメアの面倒をよく見ながら、生活面で仲間の少女達に囲まれた毎日を送っている。なので、数が多くない折角の恋人同士の楽しみを奪うのは野暮というものだろうと垣根は思うのだが、恋愛のれの字も知らない幼いフレメアは関係がないといった様子で自分だけが楽しい場所から除け者にされたと感じ、眉をつり上げ頬をぷっくり膨らませながら憤慨している。

(でもまあ、彼の落ち度もない訳ではないのですが……)

先日、ぼやっと休みの日に遊びに行こうか、と気前よくフレメアに言ったのは彼であり、フレメアに言った側から恋人とのデートを確約したのも彼であり(嫉妬深い癖に重要な所でぽややんとしている彼女とやっとの事でデートに漕ぎ着けたのだから同情の余地はあるが)、デートの行き先を興味津々に反応する子供にうっかり漏らしてしまったのも彼である。
そして、困った彼が申し訳程度にフレメアの相手を垣根に頼んだという経緯があったりする。
垣根は溜め息を吐いた。罵倒され続けている彼の名誉を守る為にも、不満を爆発させ続けているフレメアをなだめる為にも行動を起こす必要があるようだ。

「フレメア、見てください」
「にゃあ?」

フレメアの前に手のひらを差し出すと、何だ何だと注目する。しばらくすると大きな白い手のひらの上で新たな白がふわふわ舞い始めた。やがてそれは中心で収束し、一つの形に整われていく。
未元物質、この世に存在しない素粒子を操る能力。垣根にとって無限の創造性を得たそれで硝子細工のように何かを造る事は朝飯前だ。
艶やかな光沢と可愛らしい形。垣根は能力で造ったそれをフレメアからよく見えるように手を傾ける。
フレメアは小首を傾げて、

「お花……の飾り?」
「はい」
「かわいいし、きれいだ」
「あげますよ、あなたに」

取った行動は物で釣るという単純ではあるけれど、上手くいけば絶大な効果を望めるもの。
たまにフレメアは背伸びをして大人ぶる、子供だからこそ有りがちな振る舞いをするものの、こういう所ではやはり子供は子供でしかなく、本人は頑なに認めようとはしないが所謂お子様なのだった。

(しかし、そこはフレメア。何度も通用する手ではないでしょうし、あくまでも切り札、としておくべきでしょうね)

怒りなど忘れてしまったかのようにフレメアは珍しいものを見る時のキラキラとした瞳の輝きを向けている。対象へ興味が移ると、途端に他の事がどうでもよくなってしまった。子供特有の純粋さは時として厄介に思えるが、時として助かる事もある。
インスピレーションだけで作った、形だけならコスモスに似ている白い花を垣根はそっとフレメアの髪に飾り付けてやった。

「可愛いですよ」
「ほんとか?」
「ええ」

可愛いと言われて喜ばない年頃の女子は中々いないのではないだろうか。
フレメアは自分の状態が気になるのか近くで硝子張りのビルに近寄ってはまじまじと自分の姿を見つめ、うんと満足げに頷く。
何かワンポイント飾り付けるだけで女の子はいつもとは違う、特別な気分になるのだ。よくある話として、髪型を変えた事でちょっと浮かれる女子がいる。男子はいつもとはどこか違う女子に気付かず素通りし、女子は男子に気付かれなかった事を不満に思ってしまう。今回の場合、飾り付けたのは垣根なので気付く気付かないは問題ではないが、そういった浮かれてしまう女子の心理を知らない程垣根は鈍感ではない。
フレメアの機嫌が直ってくれたようで垣根は安心していた所だったが、

「大体、カブトムシの分は?」
「え?」
「かわいいのカブトムシも付けるのだ!」
「……及びません。私にはお構いなく」
「カブトムシも付けよう。お揃いがいいし。にゃあ」
「あの、いやしかし、」
「お揃いだ!」
「……」

突飛な発言が飛び出し、たじろぎながら渋っていた垣根だったが、ここでまた機嫌が悪くなったら花を造った意味がなくなるとの考えに至り、彼女が喜んでくれるならもうそれで良いんじゃないかと半ば諦めのような形でお揃いの花を造って胸ポケットに飾った。
人間の枠を超えているとはいえ、男としての羞恥心は備えてあるようで、直後に出たフレメアの提案を即座に却下。流石に頭に飾るのは勘弁してほしい。
フレメアが笑顔を弾ませて隣を歩く。やはり笑顔は良いものだ、と釣られるように頬を緩ませながら彼女を見守った。彼女の笑顔が垣根は好きだ。彼女が笑っていると胸が暖かくなって、何かが満たされていくのを感じるから。思う、これが慈愛、というものなのだろう。
時々、垣根は能力から生まれた自分の行く末を考える事がある。人間の枠を外れた存在である自分がどのように生きていくのか、そういう時にふと彼女の純粋な笑顔を見ると願わずにはいられなくなるのだ。

(見守っていきたい、これからも)


「では。遠出は流石に無理ですが今日は二人でどこかへ出かけちゃいましょうか」
「にゃあにゃあ。やった!」


余談だが、以後ランドセルに付けられたカブトムシのキーホルダーに、羽と一緒にお花が追加されているとかいないとか。


14.6.2
//隣に君の優しい笑顔