泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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「ちょっとトイレに行ってくる」
「あァ」
「行ってらっしゃい、とうま」

ごっはんごっはん、と斜め向かいの席で機嫌良く鼻歌を歌う少女を一方通行は溜め息を吐きながら見ていた。
真っ白な修道服を纏った銀髪碧眼の外国人少女、腹ペコシスターインデックス。
彼女の食い気を知っているからだろうか。けれども態度とは裏腹に彼の瞳に不快な色は存在しない。
一方通行自身、何時か経験したあの暴食っぷりに思いを馳せてこれから起きるであろう惨事に呆れつつも、少女の邪気のない笑顔を見るのは不思議と悪い気はしないな、と思っていた。
一方通行は今まで光が差す事のない影の世界で生きるのが当たり前だったような人間だ。光差す表の住人が織り成す暖かい空気は未だに慣れず、居心地が悪いとすら感じる事も多々ある。
でもこの日常溢れた空気は嫌いではない。むしろこんな時間が出来るだけずっと続いて欲しいとすら思っている。自ら参加するのはやはり遠慮したいが、眺めるのは割と好きだった。
要するに和んでいると言ってもいいかもしれない、今のこの光景に。

(こんなの俺の性分じゃないんだがなァ)

らしくないと内心で吐き捨てる。
影としての一方通行を知る者が見たら驚きのあまりに固まり、近しい者が見たら即刻からかいの対象になるであろう。
実はもう一つ。彼女を見ていると自分を慕う小さいあの少女を思い出すから、というのも理由としてあるのだが頑なに認めようとしない事は明白だ。

さて、この二人。珍しい組み合わせだと思いきや実はもう一人いたりする。インデックスの付き添いで、一方通行との間に決して小さくない因縁を持つ者。数秒程前にトイレで席を外したが。
経緯としては適当に腹でも満たそうかと思い至り近くのファミリーレストンに入ろうとした時に、同じく腹を満たしに来たそいつが声をかけて来たのがこうなった始まり。

「お待たせしました」

ここで頼んでおいた料理が運ばれて来た。ハンバーグステーキセットとオムライスビーフシチューの二品だ。インデックスは自分が頼んだオムライスビーフシチューを目の前にして目をきらきらと輝かせている。
一方で一方通行の頼んだ品は来ない。どうやらまだ待たないといけないらしい。
インデックスの方へ視線を及ばせると食べちゃダメかな、食べちゃって良いかな、食べて良いよね!と、目が輝きを増しながら訴えるので一方通行は食いたきゃ食えと面倒臭そうに許した。
するとインデックスはスプーンを片手に構え、待ちに待ったオムライスビーフシチューをいざ食べるぞ!と気合いを入れ始める。
と、そんな時に。

「よぉ、第一位」
「あァン? ……ッ!!」

声がした方向――一方通行から見て真横の通路側に顔を向けると一方通行の表情は一変、穏やかな顔は驚愕なものに塗りつぶされる。
髪は茶で長身、学生服にもスーツにも見える赤茶色いジャケットを羽織った、第一にホストのような軽い印象を持つ男。一方通行曰くチンピラだという、彼の反射を破った数少ない相手が。――垣根帝督が、不敵な笑みを浮かべて一方通行を見下ろしていたのだから驚くのも仕方のない事だった。

「……オマエ、何しにきた」
「何しにって、飯食いに来たに決まってんだろ」
「違ェよ。何ナチュラルに同じテーブルに座ってくンですかァって聞いてンだよ、阿呆が」
「見知った顔が見えるのにスルーってのも気持ち悪いだろうが、クソマヌケ」

垣根が指を差したのは一方通行達がいるテーブルとは少し離れた無人のテーブルだ。垣根はあそこに先ほどまで居たのだろう。言われてみれば一方通行から丸見えな場所だ。
言いたい事を理解してしまった一方通行は舌打ちをする。遅かれ早かれ垣根の存在は一方通行が気付いていた可能性が高い。するとどうだろう、双方が相手の存在に気付いていながら何のリアクションも起こさないという状況が出来上がる。
確かにあそこまで遠くでもなく近くでもない距離に見知った顔が、それもとても大きな因縁を持った相手が微妙な距離感の中に居るという状況(加えて互いが認識済み)は中々に気持ちが悪い。

「ちなみに俺、今はここのミラノ風ドリアにハマってんだ。店から出てく選択肢は存在しねえから」
「ねえ、この人誰?」

スプーンを持ったまま怪訝な顔で二人の様子を見ていたインデックスが口を挟む。

「俺は垣根帝督だ」
「私はインデックスって言うんだよ」

そして、どこをどうやってそうなったのか、インデックスは続けて言った。

「それで、ていとくはあくせられーたのお友達かな?」
「待て、どこをどォ見たら、」
「おお、そんなもんだ」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……うわ、気色悪ィ。本気で引いたわ」
「奇遇だな。俺も自分で言ってて吐き気がした」

食事を目の前にして吐き気という言葉が飛び出し、一方通行は顔をしかめ思わず向かいの少女をチラリと見たがどうやら杞憂のようだった。疑問が晴れてスッキリしたのか、それとも食事を目の前にしてもうどうでもよくなったのか彼女は早速食べる事に夢中になっていて気にしていない。
彼女は食事の事ならばいつだってマイペースなのだ。垣根が彼女の隣、つまりは本来居るべき者の席を陣取った事も綺麗にスルーである。哀れ、上条。
一方通行は主なきハンバーグステーキセットを手前端に寄せた。彼としては、垣根と仲良くお隣同士というのは全力をもって遠慮したいので結構有り難かったりする。
垣根はウェイトレスへの注文を終えて、

「まさかあの第一位がこんなイタイケなお嬢ちゃんと食事だとは、ね。ん? 飯に夢中になってるみてえだし遠慮はいらねえか。ま、このガキが一緒に居たからテメェに話しかけたんだけどな?」
「勘違いすンじゃねェ。言っておくがコイツの連れも同伴している。今は席を外しているが」
「最終信号といいコイツといい」
「話聞けよ。ってオイ、オマエ何考えて……っ」

にやりと垣根は気持ち悪い笑みを浮かべていた。
経験則と目の前の相手からいって嫌な予感しかしない。この男に最後まで言わせてはならないと一方通行の本能が告げる。
けれど、案の定彼の勢いが止まる事はなく、

「うんそうかそうか。別に俺は気にしねえよ。テメェの性癖なんざ興味ねえし」
「ハァ!?」
「ぷっ、例えテメエがロリ趣味のアクセロリータでもな。……ぶぶっ」

どうやらこういう事らしい。
ブチり、と一方通行の中で何かが切れた。
普段の彼ならばサラッと受け流して終わりだっただろうが、相手があの第二位なら話は違ってくる。第二位にコケにされ馬鹿にされ笑われた事。それが何よりも一方通行を熱くさせていく。

「あァ、そうかい。オマエは余程の自殺願望があるらしいなァ。バ垣根くンよォォォゥゥ?!」
「ば……っ?!」
「もう一度言ってやろうか、バ垣根帝督ン?」
「ああ、流石第一位だムカついた。上等だコラ。かかって来やがれアクセロリータァァァ!!」

煽ったのは自分の癖に煽り返されたらすぐキレるとは如何なものだろうか、というツッコミはいけない。彼に常識は通用しないのだ。
飛び散る火花、見えない殺気。今まさに、学園都市の頂点に位置する男二人がぶつかり合おうとしていた。
ちなみに垣根も第一位に馬鹿にされるのが何よりも許容出来ない男だったりする。皮肉にも二人は似た者同士なのである。

店員、周りの客までもが異常な空気を感じ取り息を呑んだ。気付けば店内は静けさに包まれていた。
一方通行と垣根帝督。二人は超能力というスキルに加えて、この学園都市の暗部を潜り抜けてきた正真正銘の強者だ。そんな彼らが表の世界に気遣い内に抱える闇を99%抑えていたとしても、たった1%でも触れてしまえば耐性のない表の住人はそれだけでたちまち緊張して動けなくなってしまう。
そんな中で周囲の者達は救いの手を求めるかのように同じテーブルに座っていた少女に注目するが、なんと、インデックスはこんな時でも黙々と食べ続ける手を緩めていなかった。呆れる他ない。
彼女にとって頂点同士の激突など食事の二の次らしい。もう一度言おう、彼女は食事の事ならばいつだってマイペースなのだ。
周囲の者達は思う。誰かこの状況を何とかしてくれと。周囲の者達は願う。この状況から逃れさせてくれと。

そして――この切迫した状況に困惑の眼差しを向けている男が一人。


「あのう……これは一体どういう状況なんでせうか?」


そう、この惨状を何とかしてくれるかもしれない、店員や客達にとっての最後の希望<上条当麻>が今舞い降りる。



「あん?」
「おォ、やっと来たかよ」
「テメェは。上条当麻、か?」

垣根の口から漏れ出た言葉を聞いて一方通行は目を細めた。確かまだ名前は言っていなかった筈だ。
上条はてっきり知り合いっぽい一方通行から聞いたのかと思ったが、肝心の一方通行の反応と垣根のニュアンスからして違うらしい。
上条はとある事情により記憶喪失を経験している。ならば記憶を失う前の自分と会った事があるのだろうか、という考えがよぎったものの上条は即座に否定した。彼は親しげに話しかけるでもなく自分が上条当麻なのかを確認してきたのだ。するとおかしな事になる。

「オマエ……」
「どうして俺の名前を……?」
「何せ一方通行を倒した男なんだろ?」

それだけ言えば十分で、二人は納得したようだ。特に一方通行は垣根が暗部に居た事も知っている。ならばそういう情報を持っていてもおかしくはないとの考えに行き着くのは自然である。
本当はアレイスターのプランを片っ端からぶっ潰そうと考えていた時に知ったのだが、垣根はそれを敢えて伝えない事にした。

「アナタは一体何者で?」
「俺は垣根帝督だ。超能力者の第二位やってるんで、ヨロシク」
「だ、第二位!?!?」

ジリジリした空気が一人の少年によって和らぐと、店員や客達は安心したように戻っていく。
何だったんだ、と怪訝に思いながらも七人しかいない超能力者、それも第二位という事実を知らされて上条は驚愕する。これで超能力者のトップスリーと顔見知りになった事になる。

「オマエ、ガキと手前のがイイだろ。奥の方に座れ」
「あ、ああ。悪いな」

だがしかし次の瞬間、それらは最早どうでも良い些細な事に変わってしまった。何故って、テーブルの上に置かれた鉄板プレートの皿に釘付けにされた故に。
凝視してみた、空だった。冷静にもう一度見てみる、空。三度目、変わらぬ姿のまま空っぽ。本来そこにあるべきはずのハンバーグもホクホクポテトフライも添えてある野菜一つすら、見当たらない。
つまり。

「うあーっ!! 上条さんが頼んでおいたハンバーグステーキセットがぁぁぁ!!!」
「さ、冷めちゃうといけないからね。美味しい料理になってくれたお肉が私に早く食べてって言っていたんだよ」
「インデックスさん?!」
「あ、う……。つい我慢できなかったんだよ」
「ううう、いざ食べるぞって楽しみにしてたんだぞ!!」

どこからか落胆の声が漏れる。無理もない。上条の出現によって、あの一触即発を治める空気が作られつつあったのは確かなのだが、あろう事か今度は上条本人が騒ぎ始めたのだ。一難去ってまた一難とはこの事だろう。
つい先程まで花火を散らしていた一方通行と垣根の両名はそのままぶつかり合うという訳でもなく、呑気に傍観していた。理由として第一に巻き込まれるのが面倒だったからで、第二に血が昇っていた頭が冷えてきたから。人間は他人が傍で騒いでいると、見ている側は案外逆に冷静になれたりもするのだ。

「……くっだらねェ。もォどうでもイイ」
「ああ、ムカつくがテメェに同意するぜ。つーかあれ、いつ食べやがったんだ。気付いたらなくなってたぞ……」
「面倒だ。もう一度頼めよ……。どォせ追加注文するのは確実だったんだしよ」

1分後店長が直々に注意しに来て(内二人は怒られはしなかったものの、無言故の圧力と一緒に何とも言えない嫌な視線のオプション付きで)全員で猛反省する事になるのだが、他人ごとのように振る舞う彼らはその確定的事実をまだ知らない。

「ふ、不幸だ〜!!」


13.10.9
//平和な学園都市のファミレスにて