泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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平和な学園都市のファミレスにての後日談。
原作をかなりねじ曲げて都合良く解釈してます(※重要)







――ていとくは何をそんなに恐れているの?

少女の汚れなき無垢な瞳は、真っ直ぐ自分を射抜いている。
以前は同行者が他にいた事と食欲に夢中になっていたおかげで、感じる事のなかった違和感が容赦なく彼を襲っていた。
純粋すぎるのだ。少女の目が、微笑みが、心が、その全てが純粋で、とにかく暖かくて、慈悲深く、己の抱える闇すらも包み込む勢いで少女の光が自身に浸食していく。一歩間違えれば、この暖かさに身を委ねたくなりかねない程に。
その事実は彼をイライラさせる理由としては十分に価する。
まるで、今の自分は教会で懺悔をしているかのようで。

どうしてこうなったんだか、と垣根帝督は眉を潜めながら考える。

街中を歩いていたら、見覚えのありすぎる少女に話しかけられた。忘れ去ろうにも真っ白白な格好と食欲というインパクトで忘れさせてくれそうもないソレを、最初は他人のふりでかわそうと思ったものだが、そいつは完全記憶能力持ちだったらしくあっさり看破されて徒労に終わる。
仕方なく話を聞いてみると“とうま”を探して出歩いていると言った白い少女の話は、いつの間にか腹の具合に切り変わり、あろう事かぐーぐー鳴らしてこちらに飯をタカってくる始末。
真剣に取り合うのも面倒なので邪険に扱っても良かったのだが、それは周りの目が許さない。なんといってもこちらは他人に誉められるような人当たりのいい人相では決してなく、かつ相手は幼い少女。しかも現代科学社会において人目を引いてしまう目立ちすぎる格好の。
クソ野郎の外道を自称する垣根も流石に周囲の痛がる視線には我慢ならず、嫌々付き合う事に。幸いどこかのレベル0とは違って金なら腐る程余っているのだから、さっさと終わらせてお引き取りになってもらおう。そう考えて最寄りのファミリーレストランに入ったのだが、それが間違っていたと思い知らされる。
この一言によって。

「ありがとう、ご馳走様なんだよ。ていとくは顔に似合わず良い人だね!」

少女の屈折のない笑顔を見て垣根は顔を歪ませた。それを俊敏に感じ取ったインデックスが慌てて顔に似合わずは訂正かも!と付け加えたが、垣根は構わず顔を歪ませたままインデックスを見るのを止める。
食事を奢ってくれた恩人に何たる事か、インデックスはごめんなさいと小さく呟き落ち込み始めた。
見なくても分かるどんより沈んだ彼女の様子は、垣根を一層苛立たせていく。
……違う。
確かに突っ込みたいおかしな部分はあったものの、垣根にとってそちらはどうでも良かった。
只、不快だったのだ、何よりも。顔の事よりも。
垣根はそっぽを向いたまま言う。

「……一応言っておくが、俺はテメェが思ってる程善人なんかじゃねえぞ」
「そんな事ないよ。だっていっぱい食べさせてくれたもん」
「テメェにとって善人=飯奢る奴だろ、どうせ。どっかで騙されないよう気をつけるこったな。いや割とマジで」
「む、流石にそれは失礼かも! 私だって人を見抜く力ぐらいはあるんだから!」

どこがだ、と垣根は呆れた。
インデックスは垣根を良い人だと主張するが、それは違う。垣根が食事を与えたのは善を成そうとしたからでも同情すらでもなく、それが手っ取り早く少女を追い払える方法だったからだ。それを知らずに善人だと主張する少女は何と滑稽な事か。
そもそもの話だ。例え今垣根が正真正銘インデックスの為に行ったとしても、垣根を善人と称するのは難しいだろう。何故ならば、垣根帝督は暗部の中で生きてきた人間である。人を不幸にした事も、殺しも数え切れない程経験しているのだから。

「やっぱり、ていとくは良い人なんだよ。私の心配をしてくれるんだから」
「だから違えって言っているだろうが」
「そもそも、ていとくが何を言いたいのかイマイチ分からないかも。善人じゃないなら何? 善人じゃないから何だっていうの?」
「……俺、は――!!」

何かを言い掛けて、反射的に向いてしまった。
目が合う。澄んだ碧色だ。少女の純粋な瞳は垣根帝督という汚れた人間には眩しすぎて酷くイラつかせたが、それを何も知らない少女にぶつけるのは何か後ろめたいような気がして押し黙った。

「ていとく?」
「……。とにかく、だ。感謝なんかいらねえよ」
「ねえ、ていとく。ていとくは何をそんなに恐れているの?」

考える。ああ、自分はどうしてこうまでして少女の言葉を否定にするのにこだわっているというのだろう。
当初の目的は達成しているのだ。ならばさっさと流して少女と別れれば良いだけなのに。たったそれだけで終わってしまうのに、それが出来ないのは、

「善意を向けられるのが、ううんもっと根本的な所。ていとくはもしかしたら……救いが恐いの?」
「救い、ねえ。はっ、そんなもん必要ないし、与えられて良い程人間が出来ている訳でもねえよ」

否定も肯定もしない、答えになっていないふざけた答え。けれども彼女は彼女なりに真剣に応えようとしているようだ。
イライラは募る。

「それは違うかも。救われたいと願う人間が救われちゃいけないなんていう道理はないんだよ。ていとくが願うのなら、」
「じゃあ答えてみろ。それが例え大罪人でもか」

人を殺しまくった俺でも?と垣根は暗に問い掛けた。
インデックスは驚いて一瞬目を丸くするが、直後にはフッと柔らかく微笑みこくっと頷く。
まるでその微笑みは迷える仔羊を導かんとしているかのように優しく、暖かく、神聖なものに見えて、垣根は苛立ちを隠そうともせずに顔を歪ませ奥歯を噛んだ。
(やめろ、聞きたくない。ふざけんな。これ以上踏み込むんじゃねえ。俺には救いなんか――)
心は叫ぶ。
けれど、望まぬはずの救いは呆気なくやってきた。

「罪を犯しても人はやり直せないことはないはずだから。行いを悔いて心の底から願うのならば神様は見ているはずだよ。……ていとくに何があったのかは知らないけど、悔いているからこそていとくは自らを罰しているのかも。違う?」
「――ッ」

言葉を失う。違う、とは言えなかった。言えたなら楽だったのにどうしてもその先は言えない。
垣根は最暗部に生きる者の中ではまだ人間味がある方とされ、格下ならば敵対する者を見逃してやる器量、一般人は極力殺さないよう心掛けるといったある程度の良識を持ち合わせる男だ。
それはつまりどういう事なのか。暗部に生きながらにして中途半端な倫理観を持っている男が、人を殺しているという事実に何を思うのか。自ら犯している罪に対して何も思わないというのか。
答えは、そんな事ない。
垣根は何よりも誰よりも己の罪を自覚している。殺してきたのは一様に自分と同じ、クソッたれな連中ばかりだったがそれでも変わらない。自分は汚れすぎた人間だと、クソ野郎の外道なのだと称して卑下しながら嘲笑ってやった。
そう許されざる者だと自覚しているからこそ、

「……ちがう。救いなんかあって良いはずがねえ。俺は、そんなもの求めない」

かつて垣根帝督が一方通行にぶつけた言葉を思い出せば自ずと見えてくる。
垣根は一方通行にこう言ったのだ。結局お前は俺と同じだと。誰も守れやしないと。
つまり、かつて垣根は一方通行のように守りたいと願った存在がいたのだろう。家族でも友達でも恋人でも良い、『誰か』がいた。でも彼(あるいは彼女)は失われてしまった。

『救いなんか求めてんじゃねえ!! へらへら笑って流されようとしてんじゃねえよ!! テメェみてえなクソ野郎にそんなもんが与えられる訳ねえだろうが!!』

かつての自分と同じ場所に立っていた一方通行への言葉は、だからこそそのまま自分に跳ね返ってくる。
クソ野郎の自分は救いなんかを求めてはいけない。へらへら笑って流されてはいけない。テメェみたいなクソ野郎にそんなものが与えられる訳がない。
それらが全てを集約していた。自分に救いは訪れない許されざる者だという事を。

「俺は……ッ」

ならば、逆説的にこうも言えるかもしれない。
許されざる者だから救いを求めないのではなく、求めたくとも救いがなかったからこそ許されざる者として生きようとしたとも。
垣根帝督はアレイスターとの直接交渉権を欲していた事がある。けれど前述と照らし合わせればそれは奇妙な事なのだ。
垣根が真に救いを求めていないのであれば、何故アレイスターとの直接交渉権なんてものを望んだのだろうか?
手段を選ばない悪党として暴力を尽くした垣根が実際どんな交渉を行おうとしていたのか、それは垣根自身にしか知り得ない。あの心理定規でさえ深い内容までは知らされていなかった。
しかし状況打開を求めて戦っていた事は確かなのだ。足掻いて足掻いて足掻き続けてきたのだ。
それは救いを求める事と同義ではないのか。

――垣根帝督は、本当に救いを求めていないのか?

「救いっていうのはね、色んな人々から身近に貰えるものなんだよ。家族、友達、恋人、見知らぬ他人からでも。何かをした時に笑顔でありがとうって言われるのもご飯を作って貰えるのも奢ってくれるのも、こうやって喋ったり誰かと一緒にいられるだけで救いは訪れる」

ならばこうして彼女と話していて自分は救われているのだろうか。垣根は呆然とそんな事を考えていた。
(ああ、認めたくないけどな)
考えるまでもない、そんな答えは最初から出ている。

「ていとく、救いを恐れないで。救われたいと願う人間が救わちゃいけないなんてことはないんだよ」

インデックスの言葉を受けて、垣根は静かに首を振った。

「いや、俺みたいなクソ野郎はやっぱり自分から救いを簡単に求めちゃいけねえんだと思うぜ。俺は大罪人だし俺は俺を含めた罪を犯したクソ野郎共を、んな生易しい理由で許すつもりもねえ」

もし自分の大切なものを奪った奴がぬくぬく救いを求めている姿を見つけたとしたら、垣根は迷わず相手をぶち殺そうと考えるだろう。一切許すつもりは微塵もない。
そしてそれは自分も同じだ。色んな奴の色んな大切なものを奪ってきたという自覚はある垣根は許される事はないと知っている。殺人も犯してきたのだ。例え殺し返されたって文句は言えない。
インデックスの口が開きかけるが、でもな、と区切って垣根はそれを制した。

「テメェの救いとやらは有り難く受け取ってやる」
「ていとく……」
「俺は救いなんざ求めないし必要ないと思っている。そこは変わらねえよ」

垣根は救いを求めない。
今まで嫌悪していた、クソ野郎の自分が善人から救いを得る事を。この嫌悪感は正しい事だと今も信じている。
でも、もう救いを恐れはしない。
善意や好意といったものを拒否する事を止める。それを許さないと言う奴がいるならそれで良い。それは正しい感情なのだから。自分がぶち殺そうと考えるように、相手から殺意を抱かれたって構わない。最も、只で殺されるつもりも毛頭ないが。
でも、だから救いを与える側を否定する事が正しいのかと言われたらYESとは言えなかった。八つ当たりのように、差し出された手を払いのける事で何も悪くない筈の善人が傷付くのを見るのはそれはそれで嫌だった。

「それじゃあ改めて、」
「だから礼なんざいらねえって言ってんだろ」
「さっきと言ってることが違うかも!? 有り難く受け取るって言ってたのに!!」
「そっちじゃねえ」
「?」

けれど。
ただ一つ思う。
救いに甘える事、それが当たり前になってしまうのだけは駄目なのだ。

「んじゃ白状する。どうせ飯奢ればテメェは満足してとっとと俺から離れてくれるだろ? 要するに厄介払いだったんだよ。分かったかコラ」
「……。そんなことないんだよ?」
「なんだその間は、図星か」
「むう〜っ」
「ほら満足したろ。とっとと店、出るぞ」
「え? わっ、待ってー!」

こうして珍しい邂逅の終わりを告げる。
垣根は会計を済ませながら後ろで律儀に控えている少女をチラリと見てフッと笑った。最初はどうなるかと思ったものの何だかんだで悪くなかったなと考えながら。


13.12.29
//さ迷う羊の未来地図