泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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SS2より





星が瞬く闇夜の中でミサカ一〇〇三二号、あるいは、とある少年から御坂妹の名で親しまれている少女は怪訝な面持ちで周囲を見渡していた。
陸路最大の玄関口、物資の搬入が盛んな第一一学区。名物とも呼べるコンテナの山は今や無惨にも崩れ落ちゴミの溜まり場のように散乱していて、アスファルトはめくり上がり、ここであった戦いの激しさを物語っているかのように地面がぱっくり割れて崖のように盛り上がっている。酷い惨状だ、としか言いようのない光景が辺り一帯に広がっていた。
ミサカはつい先程ここで対峙していた男の事を思い返す。一体何をされたのかまるで分からなかった。理解の出来ない攻撃が次々とミサカ達を襲い、意識を途切れさせたのだ。ネットワークに保存していたあの時の情報を何度閲覧して見ても答えには到底辿りつけそうにもない不可思議な現象。まるで一方通行を相手にした時のようだ、とミサカは経験をなぞるように歴然と思う。
そんな折に。暗闇の中、ほんの遠く離れた場所で人影が動くのをミサカの目が捉える。しばらくの間人影はきょろきょろと辺りを見渡した後、こちらに気付いたようだ。そのまま歩いて真っ直ぐこちらへ近寄って来た。近付くにつれて深い闇の中では分からなかったその姿が明らかになっていく。元々、自分達に助力を促した上からの報告や学習装置から受けた情報によって、彼の事をあらかじめ知ってはいたが会うのは初めてである彼。
身体の所々が黒ずんでボロボロではあるが、白い学ランを背負い、中には旭日旗柄のシャツを着ている、病院に備え付けられていた漫画本からの知識が動員されて一体どこぞの番長だ、との印象を受ける風貌の男。お姉様と同じ、超能力者の第七位でありながら世界最大の原石。通称ナンバーセブン――削板軍覇。

「九つ子ちゃん達は大丈夫だったかよ?」
「九つ子……ですか?とミサカは疑問を呈します」
「む、確かお前入れて九人だったと記憶しているんだが違ったか」
「……」

うーん、うーんと汚れた顔で真剣に考え始める削板を見て、表情の変化は乏しくとも内心で戸惑い思案する。
同じ顔の人間が九人、という異常とも呼べる状況に削板は何の疑問も抱いていないようなのだ。

(九つ子。成る程、そう解釈しましたか。普通は驚くなりなんなりするものですが、予想以上の天然っぷり。ここは呆れるべきか感謝すべきなのかどちらなのでしょう、とミサカは割と本気で悩みます)

やがて口を開き、

「大丈夫ですよ。他のミサカ達は病院に運ばれましたが命に別状はない程度の負傷ですし、このミサカは比較的軽症だったので、とミサカは安心させるようにおもむろに説明します」
「ん。そうか。なら良い」
「……あなたが戦ったと思われる敵対者の情報が欲しいのですが」

無理矢理にでも本題に移行させる。
上からは、期待はしないが敵対者の情報を聞き出しておけ、と言われていた。ミサカ一人がここに残っていたのもその為だ。

「あいつの事か?」
「はい。戦闘スタイル、攻撃法、目的。どのような事でも良いのです、とミサカは補足説明をします」
「良いぜ」

意外にもあっさりとした返答。
オレも気付いたらコテンパンにやられたから分からなねえんだがよ、と一端区切って削板は説明出来るだけを詳しく説明し始める。説明の出来ない相手の力、相手の言う牽制や交渉。
相手の不可思議さはミサカ自身も経験していたので言われた通り期待はしていなかったが、しかし相手の目的を知れたのは大きいのかもしれない。少なくとも強大な力の持ち主は、各国で起きていたような原石達を私利私欲の為に使おうなどという輩ではなかったのだから。そこだけは安心していいのだろう。

「……」

途中でミサカは何故彼がこんなコンテナ集合地帯などという普通ならば立ち寄らない場所に居たのだろうかという、ふとした疑問を飲み込んだ。
彼も超能力者の一人なのだ。何かしらの闇に浸かっていてもおかしくはない。だとするならば聞くだけ野暮であろう。どの程度の濃さで、どの程度の深さに居るのだとしても。きっとこの街の闇を知らずにいたお姉様が珍しいだけなのだ。
けれど、こうやって素直に答えてくれる見るからに馬鹿正直そうな彼が、同じ顔をした女の子を九人も見て九つ子だと言える無邪気にも似た天然さを合わせ持つ彼が、闇の中に潜り込んでいるという事実を思うと胸がざわつくように、モヤモヤするとでも言えば良いのか。よく分からない感情がミサカの心を揺さぶっていく。いったい、どうしてしまったのだろう。

「分かりました、とミサカは情報提供に感謝をします」
「じゃあオレはもう行くぞ。お前も気をつけて帰れな!」

これで与えられた任務は全て、無事とは言えない有り様ながらも完了した。あとはカエル顔の医者が待つ病院へ帰ってから報告をし、検査と調整を受けるだけだ。
にも関わらず。
なんとミサカは背中を向けていた削板の腕を掴み引き止めていた。

(……え?)

それに一番驚いたのは意外にもミサカだった。
不思議そうな顔をして振り返る削板を見つめ、どうせなら思いきってみようとミサカは口を開く。

「あの、あなたは、どうしてミサカ達を助けたのでしょう、とミサカはズバリ疑問を投げかけてみます」

誰も寄り付かないような場所で正体不明の男がいて、九人の女の子が倒れている異常な状況の中、削板はあえて踏み込んで来た。ミサカはその理由を知りたいと言う。
削板軍覇がこの場所へ赴いた理由。ミサカは知らないが、削板の携帯電話に正体不明の“女”から只一言だけのメッセージが入ってきた。一一学区には近付かない方が良い。でも削板はその警告を無視して、やってきた。そして、無惨な光景を目に焼き付けた上で助けに入った。打算も、何もなく、そこら中に倒れている傷だらけの女の子達を助けたいという真っ直ぐな気持ちだけで、削板は迷わず足を踏み出した。命を懸ける程の義理さえない人間の為に。削板軍覇とはそういう男、否、漢だった。

「なんだ、そんな事か」

だから、ミサカの意図を理解しながら何でもないような調子で平然と言ってのける。

「逆に聞くが、理由がないと助けちゃいけねえのか?」
「え、あ……?」
「まあオレの根性が燃え上がった、ただそれだけの話だ。根性ってのはちょっとやそっとの危機如きで折れるもんじゃねえからな。この通り見事にやられちまったが、根性が燃え続ける限りオレはまだ立てる。だからお前は気にしなくて良いぞ!」

削板は汚れた顔で満足げにニッと笑い、それから今度こそはとミサカに別れを告げ、背を向けて歩み出す。最後の最後は少しばかりよく分からなかったが、ミサカにもう引き止めようなどという考えは微塵もなかった。
求めていた答えが見つかったから。
ミサカの瞳の中で削板の顔が、とある少年の笑顔と重なった。ミサカを一人の人間として心から認めてくれた少年だ。彼はどんなに強大な敵でも、正体不明の敵だったとしても一歩も引かずに立ち向かって行った。傷付いた、たった一人のミサカを助ける為に。そう、同じだった。あの少年と削板軍覇はどことなく似ていた。
ざわつきの正体。どうやら知らずの内に削板をあの少年と重ねてしまっていたらしい。彼を見ながらにして別人を見ていた事を自覚し、削板には失礼な事をしてしまった、と申し訳なく思いながら、しかしミサカの表情はそれとは正反対に微笑みを浮かべている。
(削板軍覇。何だかよく分かりませんが面白い人でした、とミサカは小学生並の率直な感想を述べます)
機会があればどこかでまた、なんて淡い期待を胸に抱き、ミサカは踵を返してその場を後にした。


14.4.10
//曖昧な声と泳いだ目と掴んだ手と