泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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戦は嫌いだ。
人が戦い、傷付き、死んで逝く。土と血の臭いが鼻を掠め、死人がごろごろ転がっている。まるで地獄のような光景が広がる、そんな戦場が嫌い。
そして、戦を起こすお侍が自分はもっと嫌いだった。
命の源である田畑を踏み荒らし、火で村や稲穂を焼くお侍なんか、嫌い。自ら戦を起こし、民を苦しめておきながら、働く事を要求するお侍なんか、大嫌いだ。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。

だから、一揆を起こしてやった。これは復讐だった。農民の事なんか、一寸も考えない侍に、何も力を持っていないと高を括られている農民である自分達が、侍を薙ぎ倒していく光景。ああ、なんて愉快な事だろう。

次から次へと侍を倒してやった。
次々と上がる悲鳴。断末魔。
"ひえぇえぇえッ!!"
"化け物だッ!化け物に違いねぇ!!"
"人間の子供の顔した鬼だッ!!!"


「…………っ、」



…でも、結局は何も変わりはしなかったんだ。
戦を仕掛けたら舐められた。力を見せつけてやったら命乞いをした。恐れもした。でも、最期の最期まで自分達農民を認める事はなかった。

だから、目の前に居るこいつもきっとそうなんだ。今までの奴等がそうだったように、農民だからといって油断しているんだ。ほら、今だって、総大将がこんな小さな童子だった事に驚きを隠せない表情をして、固まっている。その表情を、後悔と懺悔に塗り替えてやろうと思い、木槌を握りしめ構えた時だった。

こちら側を見る奴の視線が変わった…!
驚きに満ちた表情からは、迷いが一切消え、だからといってこちらを舐めてかかっているのではない。鋭い視線を走らせて、戦う意思を示している。真剣な眼差しで自分を見据えていた。
その視線に気圧されて一歩下がったものの、重圧から逃れられる事はできない。怖い、なんて感情を抱いたのは、あの魔王を相手にした時以来だ。でも、引くわけにはいかない!

「おらも覚悟は決めた。後悔はねえ」

「いざ、参る!」

こうして、農民である自分と侍であるあいつとの、引けない戦いが始まった。


戦っている時も、あいつは真剣そのものだった。一太刀、一太刀が全力だという事を身を以って感じさせる程の重い攻撃。
以前戦った青いお侍達は、自分が童女である事に、戸惑いがあった。そこを突いたからこそ、自分は楽に勝つ事が出来たし、他の侍だって農民だからといって高を括って絶望していった。けれど目の前に居る侍は、今まで戦った侍とどれも違った。小さい自分相手に全力を尽くしてくれている事がわかる。
それは、自分が農民でも童子でもなく、一人の人として、戦うに値すると認めてくれた瞬間でもあった。

…そして、言うまでもなく戦いの果てに自分は負けた。
所詮自分は農民。少し前までは普通の女子だった非力な存在。
傷だらけの体で、動ける状態ではない自分の首下には、槍の先が突き立てられていた。一瞬で自分の命が奪える距離。でも、目の前にいる侍はそれをしなかった。
まるで、言い残した事はないかと問われているかのよう。少なくとも、自分に余裕を与えてくれたのは確かだ。
それは慈悲なのか、はたまた内で嘲笑っているのか。今の自分には、それを理解する事も伺い知る事もできない。

こうなってしまったけれど、負けてしまったけれど、自分は後悔はしてなかった。この兄ちゃんは、自分を人として認め、全力でぶつかってきてくれたから。だから、この兄ちゃんになら………。


「おら達の、負けだ…」

「………」

「おらを認めてくれたのは、兄ちゃんが初めてだった。たかが農民相手に、本気でぶつかってくれたのは兄ちゃんが初めてだった。兄ちゃんになら、託せそうだ。…約束してけれ。おら達が安心して暮らせる、平和な世を作るって。だから……」

「無論。お館様が時期に天下をお取りになられる。お館様も、平和な世を望んでいる故。そして、某も。…そなたは、それを見届けるとよい」

「…………っ、」



兄ちゃんは自分達を殺さなかった。
こちら側が戦を仕掛けたというのに、殺されても仕方がなかったというのに、このお侍達は、城へ招いて自分達を介抱してくれた。自分達農民を認め、このような惨状になるまで放っておいた事に対して、謝罪までしてくれたんだ。

このお侍なら、良い世を築いてくれそうな気がした。このお侍になら、全部を任せても良いって思ったんだ。





そこで目が覚めた。

「………ぁ、あれ」

……ない。
肉を絶つ感触も、手にこびりついた血飛沫も、自身に降り懸かる痛みでさえ、今はなくなっている。

(あれは…、夢……?)

そうだ。確か自分は幸村の所に遊びに行ったんだ。幸村と久々に会った時、はしゃいじゃって、それから縁側でお日様に当たっていたら、うとうとしちゃって…。

ふと、お腹の方に赤い衣がかけてあるのに気付いた。赤い、なんてあいつしかいない。自分を起こすわけでもなく、だからといって風邪をひかないように心がけてくれたあいつ。

(…………、)


……あの後、自分が負けた後、戦乱の世は長く続いた。その間は辛く、苦しい生活を送る事は免れなかった。でも、終わりが見えなかったわけじゃない。光は見えていた。自分は幸村は信じた。
自分達を認めてくれた幸村達を、信じたんだ。


「いつき殿?」

「………あ、幸村」

「目が覚めたでござるか」

「んだ。昔の事、夢に見ただよ」

「昔の事……?」

幸村に全てを話した。
復讐に取り憑かれ、一揆に明け暮れていた日々。人を怨み、怨まれ初めて幸村と出会った時の事。
今までの軌跡を夢見た事を、幸村に。

「いつき…、殿…」

「おら、武田のおっちゃんが、幸村達が、天下取ってくれて本当に良かったと思ってるだよ」


今では、こんなにも安らかで平和だから。村では、皆が安心して暮らせている。そして自分も、こんなにも笑っていられる。
だから、ありがとう。
あの時、生かしてくれてありがとう。
おら、生きててよかった――。


title by 千歳の誓い

10.8.1
//緋色に染まる空に貴方を重ねた