泣かない君へ

  1. Info
  2. Update
  3. Main
  4. Clap
  5. Memo
  6. Home
Last up...12/16 メイン追加
再会の才 / よろずりんく

Text



原作渚ルートの春原と渚が知り合いになってから付き合う前までの間。






放課後。教室を後にして目指す演劇部の部室。俺は、そこで既に廃部になってしまった演劇部の復活を目指す古河渚の手伝いをしている。
実際は暇潰しの意味合いも兼ねていたのだが、いつだったか本当に放っておけなくなってしまい今では積極的に関わるようにもなっていった。

文化系の部室が集まる旧校舎三階の奥にある演劇部の部室、いや正確に言えば少し前までは部室として使われていた空き教室というのが正しいか。とにかく、その教室の扉を開く。
ガラガラッ。
…………。

「あいつまだ来ていないのか……」

中には見事なまでに誰もいなかった。演劇部を復活させるにしても肝心の部長(まだ仮がついている状態ではある)がいなければどうしようもないだろう。
捜しに行くか、ここで待つか。
迷った末にとりあえず廊下の窓から中庭を見下ろしてみる事にした。すると丁度古河の背中を発見。

今日も掃除当番なのだろうか。クラスの奴と馴染めず一人で淋しい思いをしていた先日の光景と重なった。ただの杞憂だと良いんだが。
後ろ姿をじっと観察していると、やがて一人の男が近付いて来て古河に話しかけていた。
あいつに何の用だろう。
見た所、古河に話しかけた男は体育会系の優男という印象を受ける。頬を若干赤らめ慌てふためいた様子だ。
あいつはその男にどんなリアクションを見せているのだろうか。ここからでは表情が見えないのがもどかしい。

緊張している。微笑む。あの男と同じように頬を赤くする。
あの男にどんな顔を見せているのか想像すれば、胸がぎゅうと締め付けられるように苦しかった。自分ではどうしようもない不快感と深い苛立ちに襲われて、なんだかあの男が腹立たしく思えてくる。

(って、何で俺はあんなやつにムカついてんだっ)

この胸の中で渦巻く感情に名前を付けるとしたらそれは、……そう、嫉妬だ。
俺はあいつと一緒に喋っているあの男にきっと嫉妬しているのだ。
何故?そこから導き出される答えなんか一つしかない。

(俺は古河の事が好きなんだろうか……)


「なに、もしかして気になんの?」


このタイミングで横から一番来てほしくない奴の声が投げ込まれた。春原だ。

「……別に」
「ふーん」

こいつは一々面倒臭い方向へ変に話をこじらせる元凶なのでこの手の話しはできるだけ早く切り上げておきたい。

(というか俺を見ながらにやにやするな、気持ち悪いっ)

「ちなみにおまえも勘付いているだろうけど、あれは古河への愛の告白だよ。じつはさ、昼休みに僕見ちゃったんだよね。古河の下駄箱にあいつが手紙をいれてるとこ。内容は放課後中庭に来てくださいだってさ。2年の石田って奴」
「おまえ、手紙の中まで見たのかよ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんともとに戻しておいたからバレてないって」

(そういう問題じゃないだろ……)

「古河、どうするんだろうね」
「さぁ。俺には関係ない」
「俺には関係ない、ねぇ」
「……なんだよ」
「おまえ、あの子のこと何かと気にかけてるみたいだったからさ。ま、おまえがそう言うなら別に良いけどね」
「…………」

(そうだ。俺には関係ない、関係ないはずだ……)

俺は古河の恋人という訳ではないのだから、俺が古河の恋愛事情に立ち入る権利なんかないのだ。
それに、もしもここで古河が俺達以外の奴に心が許せたとして、そいつが拠り所になるのであれば、それは古河にとって良い事ではないか。
なのに。

(ああっ、くそ。イライラが止まらん)

「おまえが関係ないって言うなら古河は僕がもらっちゃおうかな。そしたらパン食べ放題っ!」
「安心しろ。30秒後に世界が一瞬にして滅ぶ事よりもそれは有り得ないからな」

中庭に目を向けるのを止めて部室へ向かった。
中庭で話す二人を、頭の中に焼き付いた光景を掻き消すように。胸の中で渦巻く想いを振り払うように。

あいつが告白されている所なんか見たくはなかった。





あれから10分近くは経過したという所だ。俺は退屈すぎる時間に重くうなだれながら椅子に腰掛けて時間が過ぎていくのを待っていた。
何もやる事がないのだから退屈なのは当たり前。もし神様とやらがいるのならば、人間は何故退屈な時間が長く感じるように造ったのかを問いたい。

「なぁ岡崎」
「……」

まだ外を見続けていた筈の春原が廊下からひょっこり顔を出して呼んだかと思うと、こっちへ来いと手招いている。
最初は無視を決め込んだが長くは耐えられない。ただでさえ何もやる事がない退屈な時間。知らん顔で済まそうとするほど逆に意識してしまって気になって仕方がなくなってしまう。
溜息を零しながら重い腰を上げて春原のもとへ。

「……一体、何なんだよ」
「まあまあ、あれを見ろ」

春原が指を差した先に古河と石田って奴がまだそこにいた。10分も話しているとなると、二人の気が合っているという事か。

「で、あいつらがどうしたって?」
「よーく見てみろよ」

春原の言う通り、よーく目を凝らして見ると様子がおかしい事に俺はようやく気付く。
頻繁に髪を振り乱しては首を横に振る古河と、最初に見た時の優しそうな雰囲気から一変して険しい顔付きを見せている石田。
嫌な予感がした。

そして――――、

「「古河っ!!」」

ぷつん。
石田が古河の肩に掴み掛かっているのを見て、俺の中の何かがぶち切れた音がした。

「2年の石田……、僕とした事がすぐに気付かないなんて。今思い出したよ」
「どういう事だ……」
「陸上部で将来を期待されるほどの秀才。僕達とはまさに正反対にいる奴さ。表では良い人を気取る半面、裏では結構な事をやっているっていうのを風の噂で聞いた事がある。プライドが高くて自分をふった女には根に持つとも言われていたけど、本当だったのか。おい、古河がヤバイかもしれない。岡崎、僕達も行くぞ!……って既にいない!!?」








(古河……!!)

春原の話を聞く度に身体中に巡る血が沸騰したみたいに熱くなっていって、考えが脳へ及び渡る前に気付いた時にはもう走り出していた。
生徒達の俺を見る訝しげな目や教師の罵声だとかが聞こえた気がする。
だが、今そんなのはどうでも良い。
本当なら窓から飛んで、そのまま古河のもとへ駆け付けてやりたかったくらいだ。俺の頭の中にはもうあいつの事しかない。

(古河、古河、古河、古河、古河っ)

何度も何度も心の中で呼び続けた。

校舎から外に飛び出すと古河の背中を見つけて安堵する。しかし、その肩には変わらずやつの手が乗せられていて。瞬間的に我慢が出来なくなって。

「古河ーっ!!!」

気が付くとあいつの名を叫んでいた。

「岡崎さん……!」
「古河!」

直ぐさま古河を石田から引きはがして二人の間を割るように立ってやった。石田は驚きと焦りのようなものを滲ませながら俺を睨んだが、俺だって負けじと睨み返す。

「なんなんだ、あんたは。オレは古河渚と大事な話をしていただけだぞ」
「それは……、わたし……」

古河の言葉は続かない。
眉を下げて、斜め下を見つめてじっとしていた。
俺は知っている。不安になった時や泣きそうになった時なんかによく見せる表情だ。

「おかざきさん……っ」

今にも消えてしまいそうなくらいにか細い声で呼ばれた後、不意にブレザーの袖が古河によってくいっと引っ張られていた。こいつにとってそれが精一杯のSOSなんだと思う。控えめに袖をつまんでいるそれがとても古河らしい。

「こいつにもう近付くな」
「もしかしてあんたの女だったりした?」
「こいつにもう近付くなって言ってんだよっ!!」

周囲が何事かと俺達に注目し始めていた。次期に騒ぎを聞き付けた教師が飛んでくる事は確実だろう。そうなったら俺もそいつもただではすまないかもしれない。
俺はともかくとして、こいつはそれを避けたいはず。

「ちっ、わかったよ。そいつにはもう近付かない。それで良いだろ。じゃあな」
「…………」

捨て台詞を吐いた後に去っていく石田。
誰がこんな女なんかに近付くかよ。ちょっとからかってやっただけだっつーの。
去り際にぼそっと呟いた、本当に小さくて微かな声を聞き漏らす事は出来なかった。あるいは当てつけの為にわざとだったのかは分からない。
あいつを一発ぶん殴ってやりたくなったけど、短絡的な衝動を必死に理性で抑えつけた。そんな事を古河は望まない。ただ俺が満足するだけだ。

「古河」
「はい」
「今の声聞こえたか」
「声、ですか?」
「いやなんでもない」

良かった、こいつには聞こえていなかったのは幸いだった。
自分の事だけで精一杯の癖に、いつも他人を気遣って、信じて、そして傷付いていく古河の悲しみに歪む顔はもうこれ以上見たくない。

「大丈夫だったか」
「はい、だいじょうぶです。ごめんなさい、また岡崎さんにはご迷惑をおかけしてしまいました」
「迷惑だなんて言うなよ。俺が助けたいって思ったんだから」
「はい……」
「あいつに何かされなかったか?」
「それはないです。でも」
「でも?」
「わたし石田さんに告白をされてしまったんです。石田さんは素敵な方で、最初に少しお話をしてわかったんです。こんなわたしなんかよりもいい人がいるってそう思ったんです。だからお断りしました。何度も何度もお断りしました。そしたら石田さんおこってしまわれたみたいで、……正直とてもこわかったです。岡崎さんがきてくれて助かりました」
「そうか」
「石田さんには悪いことをしてしまった気がします」
「そんな事ないぞ。気にするな」
「はい……」

古河の話を聞けば聞く程石田には怒りが湧いてくる。今度古河に何かしたら例え古河が止めようともただじゃ済まさないぞ。

周囲を見渡すと、騒ぎで集まりかけていた野次馬達は興味をなくしたのかもう殆ど解散している。

「そろそろ部室に行くか?」
「はい。あ、岡崎さん」
「なんだ」
「岡崎さんはすごいです。なにか不思議な力を持っていらっしゃるんでしょうか?」
「は、不思議な力?」
「さっき心の中で岡崎さんを何度も何度も呼んだんです。岡崎さん、岡崎さんって。そしたら本当にきてくれました。びっくりですっ」

(俺の方がびっくりだよ……)

古河が俺を呼んでくれていた。こんな俺を必要としてくれていた事が嬉しかった。
俺は思う。こいつの傍に居たい。こいつが許す限りは俺はこれからもこいつを支え続けてやりたい。
ああ、やっぱり俺は古河渚が好きなんだ。

「そりゃあ……、呼んだらかけつけるって言ったからな」
「はい。とてもうれしかったですっ。えへへ」

ぽふっ。
古河の小さな頭に手を乗せて笑った。何故だか妙に照れ臭くて仕方がない。こいつの事が好きだと自覚したからだろうか。
こいつの全てが愛おしいと感じた。

「それじゃあ行くか」
「はいっ」


『明日、朝起きたらさ……、俺達が恋人同士になっていたら面白いと思わないか』

知っての通り、俺達が恋人という関係になるまでそう時間はかからないんだけどな。





おまけ。

「おーおー、お熱いですねぇお二人さん」
「ぉうわっ、春原!……おまえの存在を200%忘れてた」
「100%どころか、200%ってどういう意味っすかねぇ!こっちはあんたが廊下を全速力で走ってくれたおかげで生活指導に呼び止められて散々だったんですけど」
「春原さんにもご迷惑をおかけしてしまって、ごめんなさい」
「古河は悪くないんだから謝らないでよ」
「そうだ、おまえは謝らなくていいぞ。どうせ、こいつも廊下を走ってたから捕まったんだしな」
「うっ」
「ほらな」
「おまえの分まで説教されたのは本当だからなっ」
「岡崎さん、春原さん、わたしのために来てくれたのはありがたいです。でも廊下を走ってはだめですっ」
「「はい」」
「では部室へ行きましょう」
「って、あれ。なんで僕また説教されてんの……?」


12.3.23
//恋愛自覚症状