泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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風子トゥルーエンド後。





「もしよろしければ、風子と付き合ってください!」

突如俺にそう告げた下級生の女の子。差し出した手には木彫りのヒトデ。
2年前の入学式の日に不幸にも交通事故に遭ってしまい、最近やっと復学した子だという事は会ってすぐに分かった。そもそも俺達は初対面だったというのにだ。
木彫りのヒトデを持ちながら初対面でいきなり告白してくるそいつもおかしいが、初対面でそいつが何者か、持っているそれがただの星ではなくてヒトデだという事を把握している俺も相当おかしいと思う。
不思議だろう?でも分かったんだ。こいつがあの噂の女の子なんだって。
これまた不思議な事に、校内ではその子の話題で持ち切りだった時期があって、その女の子の存在を知らない生徒はいないというくらいにそいつは有名人だった。
学校中の皆がその子の事を噂し、学校中の皆がその子が学校に戻ってくるのをずっと待っていた。
勿論、俺もその一人だ。そいつといつか一緒に歩きたい。楽しい思いをさせてやりたい。ずっと思っていた事だった。ようやく叶えられる。叶えてやれる。

「ああ、よろしく」

俺は迷う事なくそう答えていた。






それから一ヶ月が経ったある日の学校の帰り道。夕焼けが建物だけでなく、俺達をも朱く染め上げている。
隣には俺の彼女である風子がいるのだが、考え事でも耽っているようでろくに前を見ないで下をじーっと見つめたまま黙っていた。学校を出てからというもの、ずっとこの調子だ。道の先を見ていない事から自分で進んでいるというよりは俺の進む方向を目指すために隣でくっついているだけに見える。
向かっているのはこいつの家だ。しかし、わざと方向を間違えても今の風子には気付きもしないんだろうな。試してみたい気もするが流石に今はやめておこう。

「風子、今日はおまえ変だぞ。何かあったのか」
「岡崎さん……。それは、その……、んと……でも……、んー」
「言いたい事があるんだったらはっきりと言え。何か悩みでもあるのか?俺には言えない事か?」
「わかりました。岡崎さんがそこまで言うのなら風子、ずばり聞きます」
「おう、どんとこい」
「風子と岡崎さんは恋人同士、なんですよね」

……………は。
こいつは今、なんて言った?

「ちょっと待て、よく聞こえなかったからもう一回言ってみてくれ」
「んもうっ。岡崎さん耳悪すぎです、ぷち最悪ですっ。では、もう一回言いますので、こんどは聞き逃さないでください」
「ああ」
「風子と岡崎さんは恋人同士、なんですよね」

『風子と岡崎さんは恋人同士、なんですよね』
恋人同士、なんですよね?
なんだ、この今更すぎる質問は。
俺にはこの質問の意図が分からなかった。
風子が付き合ってほしいと言ってきたから俺はそれを受け入れた。その時点で俺達の中で恋人という関係は成立したはずだ。なのに、何を言っているんだこの娘は。

「俺達は正真正銘の彼氏彼女だろ?それともなんだ、この一ヶ月間お友達としておまえに付き合っていたとでも思ってんのか?」
「ちがいますっ。そうじゃありませんっ」
「じゃあ、なんでそんな事聞くんだ」
「……風子達、恋人らしいことしていないと思いました」
「…………」

ああ、ここにきてやっと質問の意図を理解した。
と同時に、こいつの口からそんな言葉が出た事に大変驚く俺。
俺達は所謂普通の恋人っぽい事をした事はなかった。キスは勿論の事、良いムードになんかなった事すらない。そもそも風子は名前ですら呼んではくれないのだ。
俺自身、そういう恋人っぽい普通の事をしたくないと言ったら正直嘘になる。
少し前にデートはしたのだが、行きたい場所があると言って風子に連れていかれたのはどこにでもあるような近所の地味な公園で、恋人同士がデートで遊ぶような場所ではなかった。
本人に直接言うと光の速さで否定されるだろうが、なんというか要するに風子はまだまだ子供だった。俺と一緒にいて、公園に行って遊具で遊んでそれだけで満足してしまう子供。
そんなガキ臭い風子に呆れもしたが、楽しくはしゃいでいるあいつを見るだけで癒されたのでそれはそれで良いと思った。俺達は俺達の付き合い方をすれば良いのだと。
恋人っぽい振る舞いをしなくても、風子が俺を好きだという事は十分伝わってくるし、例え風子がガキ臭くても俺は有りのままの風子が好きなのだから。
つまりだ。今まで普通の恋人らしい事をしてこなかったのは、風子がそれを望んでいないように見えていたからなのである。

「おまえは恋人らしい事をしたいのか」
「はい」
「ちなみにデートは恋人らしい事にカウントされてないんだな」
「岡崎さん、風子と一緒に初めて公園に行った時、最初の方は苦笑いでした」
「そりゃあ、まぁ、デートで案内されるのが公園だと思っていなかったからな」
「風子はそれで楽しいです。ですが、それでは風子のたのしみに一方的に付き合わせているだけに見えます。風子はもっと岡崎さんといっしょに恋人らしいことをしたいんです」

成る程、こいつはこいつなりに俺を気遣ってくれているらしい。
俺は風子と一緒にいられるだけで良いんだけどな。
と言いたかったけど、まあ、せっかく風子がそう言ってくれたんだ。気持ちを無駄には出来ない。提案次第では好きにさせてやろう。

「今日は恋人らしい事をしましょう。オトナの階段を登るんです」
「具体的には?」
「今からやりますので目をつむってください」
「目を閉じれば良いのか?」
「はい」

風子に言われた通り瞳を閉じてみる。この状況で瞳を閉じろと言われたら普通ならキスしかない所だが、さてこいつはどう出る?
ドキドキドキドキ。
胸が高鳴る。別に期待などしていない。
ドキドキドキドキ。
ぎゅっ。
俺の手が握られるのを感じた。小さくてやわらかい風子の手。
………………。
…………。
………。
それだけだった。
何も起こらない、起こる気配すらない。
そもそも、期待した所で俺と風子の身長差からして届かないんだけどな。
ゆっくり瞳を開けてみると、風子はいた。目の前ではなく、先程と同じように俺の隣で立っていた。変わった所と言えばかたく繋がれている手だ。

「手を繋ぎたかったのか」
「はい。おねぇちゃんとユウスケさんは時々こうやって手を繋ぎながらでかけたりします。おねぇちゃんとユウスケさんはオトナの関係ですから風子達もこれでオトナへの階段を一歩登りました」
「一応聞いておくが、目をつむる必要性はどこにあったんだ」
「……なんとなくですっ!」

(だろうと思ったよ……)

手を繋ぐという事。確かに恋人同士がやる普通の行為だが、俺達の体格差から考えてどちらかと言えば恋人というよりも仲の良い兄妹に見えるんじゃないだろうか。こいつの身長が低すぎてい所謂恋人繋ぎというのも出来ないし。

「岡崎さんっ、岡崎さんっ」
「なんだ」
「んーっ、呼んでみただけですっ」

風子の方はかなり満足しているようだった。
こいつが犬だったら、しっぽを激しく振っているのだろうなと思ってしまうくらいに嬉しそうだ。
という事で犬耳と尻尾をつけた風子というのを想像してみる。想像の中の風子は真っ白な犬耳とふさふさの尻尾を揺らしながらわんと鳴いて俺にじゃれついてくるんだ。すりすり。わんっわんっ。
……ああっ、これはこれで良いかもしれない。こいつもとから動物っぽい所があるしなぁ。

「風子、わんって言ってみろ」
「なんで風子がそんな事言わなくちゃいけないんですか。わけがわからないです」

……風子犬化計画失敗。

それは置いといて、まるで玩具を与えられた子供のようなはしゃぎっぷりを見せる風子。時々おまえは本当高校生なのかと本気で疑いたくなる事がある。他人には小学生と言いはってもきっと通用するだろうな、こいつなら。
まあ良いか。
どこまでもガキっぽいけれど、めちゃくちゃ楽しそうだし、可愛いし。

「岡崎さん、岡崎さん」
「また呼んでみただけか」
「ちがいますっ。風子はそんな子供っぽいことはしないです」
「さっきやっただろうが」
「風子が言っているのは、同じことを二度もしないという意味です」
「わかったよ。で、なんだ」
「さっきから気になっていたのですが、頭にゴミついてますよ」
「気付いた時にすぐ言えっ!」
「頭のてっぺんです」

ぱっぱっ。
適当に手で頭上を掃ってから取れたのか聞いてみると、もう少し右でしたと風子は言った。
ぱっぱっ。
次はもう少し上ですと言った。
ぱっぱっ。
惜しいもう少し右です。
ぱっぱっ。
いきすぎですもう少し下でした。
ぱっぱっ。
違います左です。
ぱっぱっぱっぱっぱっぱっ……。

「だーっ!!全然取れないじゃないか!」
「岡崎さんが風子の言う通りに動かないからです」
「俺にはおまえの指示に問題があるようにしか思えんのだが。もう面倒臭ぇ、おまえが取れ。その方が早い」

最初からこうすれば良かったんだ。
風子が手を伸ばせるように、俺は中腰の姿勢を取って一時停止をする。風子に頭を突き出した状態だ。これなら頭についたゴミを取れるはず。
しかし。

「風子……?」

一向に頭に触れられる気配がない事に不信を覚えた俺は顔をゆっくり上げていく。すると、風子の大きな瞳が文字通り目前に迫っている最中で。

(……―――っ!!)

ああ、やられた。そう思った時には既に唇に柔らかい感触が伝わっていた。
考えてみればすぐ分かる事だ。風子の身長を考慮すれば、俺の頭の上に乗っているゴミを覗く事は出来ない。つまり今までのは恐らく風子の演技。俺はまんまとこいつの策にハメられたというわけだ。
ならばと、せっかくなので鼻先をくすぐる風子の香りと唇の感触を十分に堪能していく。
その過程で妙に懐かしいと感じるのはどうしてだろうか。分からない。でもこの感覚、初めてではないような気がする。

「……んっ」

少ししてから互いに離れると、風子が勝ち誇ったようににんまりと笑っていた。

「風子、これでまた一歩オトナの階段を登ってしまいました」
「それじゃあ俺がもっと大人にしてやろうか」
「なんだか魅惑的な響きですが、遠慮しておきます。階段は自分の足で登らなければ意味がありません。それに岡崎さん、なんだかえっちです。なにかたくらんでる顔です。風子はそんなのには釣られませんっ」

(ちっ、バレたか)

「そいつは残念だ」
「それよりも今日も風子をお家まで送ってくれてありがとうございました」

俺達はいつの間にか伊吹家の見える所まで来ていたようだ。
……って、ちょっと待て。俺達は人様の家の前で堂々とキスをしていたっていう事なのか。公子さんに見られてはいないだろうか。もし見られていたとしたら、俺は恥ずかしくてもう一生あの人の前で平気な顔をしていられないような気がするんだが。

「それではまた明日ということで、風子は退散しますっ。さようならっ」
「あっ、ちょっと待て風子!」

流石は風の子。俺の制止も聞かず、逃げるようにササッと走り去っていく風子はあっという間に玄関にたどり着いていた。
多分、風子も恥ずかしかったんだろうなと思う。頬の赤みが増していたのは多分夕日のせいだけじゃないだろう。

「キスしたかったのなら最初から言えよな……」

(ったく。覚えてろよ、風子)

明日学校で盛大に仕返しをしてやろう、なんて大人げない事を考える。
あいつのペースに巻き込まれっぱなしのまま逃げられたというのがなんだか少しだけ悔しかった。
さて、どんなふうにイジってやろうか。ヒトデコンボを使ってイジり倒してやろうか。明日の事を考えるだけでいつも以上に胸が踊った。


12.3.23
//Second kiss