泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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アーシェ&バルフレア&フラン→ヴァン&パンネロ&バッシュ
ドラクロア研究所後
少年Aと少女Bの恋のアーシェサイド(の予定でした)









ラスラの幻をヴァンも一緒に見ていたと知った時、アーシェは心の内で安堵していた。ラスラは透明な幻のようでいて、幻ではなかったから。ヴァンの存在は自分の願望が夢幻となって世界に映し出している訳ではない、という事の何よりの証明だったのだ。
それと同時に。ヴァンが吐露した感情、想いを全て聞いた事でアーシェにもたらしたのは安心感であった。帝国に愛する者を奪われ、帝国を憎み、己の無力を嘆く日々。そして、二人だけが見る事の出来た幻――。
アーシェはヴァンという、自分と重なる存在に安心を抱いていた。

だが、それもヴァンの言葉によって終わる。
『見えなかった』
極めて簡潔なたった一言は幾度となく反響し、心の深い奥底へ沈んでいく。アーシェは途端に不安になった。皆(みな)が見えていないのに、自分だけが見えている。幻のラスラは今尚自分に道を示してくれている。最初はそれを力強く思ったものだが、今は少し違う。ラスラの示す道の先に何があるのだろうか。アーシェの不安は付きまとうようにして晴れる事はなかった。



***



「見ろよパンネロ。海だぜ」
「はいはい、これで何回目? いくらこの旅で初めて見たからといって……」
「泳いでみたいって思わないか?」
「ヴァンってば子供なんだから。そんな暇はないでしょ」
「分かってるって。でもさ……」
「そうだな、海は冷たくて気持ちいいぞ」
「だろっ?」
「もう、バッシュ小父様までヴァンみたいなことを言って!」

港町バーフォンハイムの一角にて、はしゃぐ青年一人、ぼける中年一人、青年と中年をたしなめる少女一人。まるで、兄と父親を叱るしっかり者の姉というような家族を思い出させるその構図に、後方より見守るアーシェは胸が暖かくなり微笑んだ。
一方、同じく隣で見ていたバルフレアは顔をしかめて呆れの色を濃くし、レダス邸での緊張感はどこへ行ったのやら、とでも言いたげに肩をすくめて見せる。

「ったく。あいつら、脳天気だねぇ」
「それが彼等の良い所よ」

バルフレアはへぇと唸り声をあげると、まるでお宝への続く道を発見した時のような輝く視線を彼女に向け、唇の端を釣り上げた。

「なんですか」
「てっきり、あんたはあいつらの脳天気さに嫌気が差していたのとばかり思っていてね」
「……そう、ね。確かに最初は思っていたわ……」
「だろうな」

彼女の脳裏にあの頃が浮かぶ。砂漠の真ん中、それも大砂海を目の前にして幼子のようにはしゃぐヴァンとパンネロ(実際にはしゃいでいたのは、9割方ヴァンだけだったが)に頭痛がしたのを覚えている。子供の遠足じゃない、と何度思ったことか。
――私は最初から嫌いではなかったわ。二人と同じく隣で見ていたフランが口にすると、両名は彼女をまじまじと見つめ、驚きの声をあげた。フランいわく、王宮に侵入した時からそう思っていたらしい。流石の相棒もそれには呆れ顔である。
だが『見ていると飽きないでしょう?』この一言には二人して納得せざるを得ず、苦笑いをするしかなかった。

「何はともあれ、今の私たちにとって彼等は必要不可欠な存在です。そうでしょう?」

異を唱える者はいない。
凝り固まった空気でさえ、瞬時に柔らかく変えてしまう。そんな彼等にアーシェも、バルフレアも、フランも、呆れる時すらあれど少なからず救われてもいるのだ。バッシュも同じだろう。

「あなたも混ざってくれば」
「えっ?」
「自分で気付いてない? 混ざりたいって顔をしているわ」

アーシェは咄嗟に手を頬に当てる。からかわれたと気付いたのはフランがくすりと笑った時だった。

「図星ね」
「なっ。どんな、」
「違う?」

どんな顔だ、というアーシェの抗議をフランが受け入れるつもりは毛頭ないらしい。戸惑い、言葉を失うアーシェ。あの天下の王女様がなす術もなくからかわれているという不思議な状況に耐えられないバルフレアは、本人を目の前にして笑い出す。アーシェは不快に思いつつ爆発しそうになる憤りを理性で何とか抑えつけ、彼にも抗議を始めた。

「そんな、私はっ」
「そりゃあ良い。あんたも年頃の女の"子"なんだ。はしゃいで来たらどうだ?」
「い、いいえ。私はそのような子供では……。それに、私はここで良いのよ。ここで彼等を見ているだけで……」

(だって、私と彼等は違うから……)

幻を見なくなったと言った日から、アーシェは暫くヴァンを見ていてある事に気が付いた。自分の想いを吐露した頃のような弱いままのヴァン。そんな彼はとうにいなくなっているという事を。
愛する者を失った悲しみを引きずり、帝国を恨み、己の無力を嘆く。そう、自分と同じだった筈だ。しかし、今のヴァンは絶対的に違う。

(今のヴァンは心から笑っているわね……)

幼なじみのパンネロも、ヴァンを見守っているバッシュも、自分よりも付き合いが長いバルフレアとフランも、皆が口を揃えて言う。ヴァンは変わった――と。憑き物が落ちたかのようなヴァンの晴れやかな表情は皆をそう思わすのに十分だ。
アーシェはヴァンが何を思い、成長させたのかまでは計り知れない。だが、自身の中で何らかの決着がついたのだろうという所だけ分かればそれだけで良かった。ヴァンは過去を断ち切り、己の手で自由を掴んだのだ。
なら自分はどうなのだろう。アーシェはヴァンと自分が同じだと考えた事を恥じた。自分がヴァンに、だからではない。ヴァンが自分に似ていると思った事を恥ずかしいと思った。ヴァンと自分は違う。自分は未だに、過去に囚われ、力を求め、復讐の道を切り捨てられずにいる。

そして、パンネロとバッシュもヴァンと同じだ。過去に何かしらを失ったというのに、囚われる事もなく現在を生き、未来を見ている。アーシェにとって彼等はとても眩しかった。過去の楔から解き放たれ、心の自由を得ている彼等が眩しすぎた。自分では、とても彼等のようにはなれないだろう。

(だから、私は彼と彼等を遠くで見ているだけで良い。心から笑っているのを見て、安らかな時間を感じられる。それだけで……)

「壊したくないのよ。あの空間を」

瞳を閉じれば、まだ国と家族が平穏であった頃が蘇る。それを懐かしく思ったのは事実だ。
だが、混ざりたいとは思わなかった。只、混ざってはいけないとだけ思ったのだ。純白の羽を持つ美しい鳩の群れに漆黒の羽を持った烏が一羽紛れれば、それだけで外観を損なうのと同じこと。
自分が踏み越えてはいけない、一種の境界線。

「それはあなたも同じでしょう? 壊したくないから彼等と混ざらない」
「ガキの戯れなんざごめんなだけさ」
「素直じゃないわね。あの空賊バルフレアが素直な方が逆に怖いけれど」

一枚上手なフランにたじたじなバルフレアの横で、アーシェは再び後方へと目を向ける。

「ならいつかさ、戦争が終わったら……。またみんなで来ようぜ。そしたら泳げる」
「うん、いいかも。わたしもまた来たいな……」
「ああ、また来るといい」

楽しそうに笑う三人。そして、周囲を見渡せば街で生活している様々な人の表情が伺える。笑っている人、汗水たらして仕事をしている人、何かに怒っている人、幸せに満ち満ちている人。未来を見ているのはきっとヴァン達だけではないのだ。ダルマスカの人々もきっと……。
せめてこれ以上、沢山の笑顔が失われないように、決意を胸に秘めながらアーシェは一歩を踏み出した。


13.6.8
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