泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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侍女とアーシェと







紅茶の良い香りもさることながら、味わい深くて美味しいわね。どこの茶葉を使っているの?
って、いつもと変わらないじゃない。あなた、最近入ってきた子よね。この腕前……、これからはずっとあなたに任せたいくらいだわ。
透き通る青い空、吹き抜ける心地よい風、それに誘われて揺れる木々……。それにしても、たまにはこうやって公務から解放されて、バルコニーで陽気を浴びながら紅茶を飲んで過ごす、というのもいいものね。
え、そんなに口元が緩んでいるかしら。そうね、久々の休みの日にこんなに美味しい紅茶を楽しんでいるっていうのもあるけれども、少し昔の事を思い出していたからかもしれないわ。
あなたも知っているでしょう。私が昔に旅をしていた事。あの頃は過酷な旅が早く終わって平和になれば、なんて思ったものだけど、今思い返せば彼らと過ごした時間はあっという間に過ぎていった掛け替えのない時間だった……。
聞きたい?
ええ、いいわ。なら話してあげる。あなたはどこまで知っているのかしら?
ふふ、彼らは良くも悪くも名が世界中に轟いているもの。なら今更説明はいらないわね。
それじゃあ、あの大空賊の話をしましょうか。最速の空賊の話も良いかもしれないけど、ベイルージュ空賊団のあの船長の話よ。
今や人々に憧れの的とされている大活躍中の彼だって、幼い時はあったのよ。やんちゃをしていた頃がね。……今も大概だけれど。いいえ、なんでもないわ。それじゃあ本題に入りましょうか。
それはいつの事だったか。あの旅をしていた頃だから、大分前の話よ。
ある日ある時、目的地へ向かう道中で歩いていると、後ろからの視線を感じるの。
ほんの小さな声でパンネロが幼なじみを窘めるのが聞こえたから視線の主はすぐに分かったわ。
その後も背中に向けられる視線が止まないものだから、不審に感じて思い切って後ろを向いたのよ。すると当然のごとく目が合った。
きっと、いきなり振り返るとは思わなかったんでしょうね。彼は慌てた様子で数秒遅れて視線を外し、何事もなかったかのようにそっぽを向いたままごまかす。
だから私も何事もなかったかのように済ましたのだけど、暫くするとまた視線が向けられていて。
これを何回か繰り返した後、いい加減にむず痒くなってきたので思い切って問い詰めてみたのよ。
そうしたら彼、何て言ったと思う?

「一体なんなの。言いたいことがあるならはっきり言って」
「……おまえとオレって、同じくらいだよな」
「おまえは止めてって言っているでしょう。それで、なんの話?」
「……背」

その時に初めて気が付いたわ。彼は私というよりも高さを見ていたのだと。自分の身長に悩んでいるのだとね。
確かに私達は遠目から見ればそう変わらない高さだった。それに加えて、ヴィエラであるフランは別格と見てもバルフレアみたいな大の男に囲まれている訳で、男として年相応の悩みを持っても無理はないのかもしれないと、少し微笑ましくなったものよ。

「あなた、今何センチ?」
「うーん。170……くらいかな」
「そう、私は165よ。私とあなたが差ほど変わらないように見えても、5センチも違うわ。それに私はブーツも履いているしあなたにはまだ可能性はあるのだから、あまり気にしなくても良いんじゃないかしら?」
「いや、なら180だ」
「え?」
「絶対に180になって見せる。今決めた」

あの時も驚いたけれど、後でもっと驚く事になった。まさか、あの唐突な宣言が本気だったなんて。
男女の理想の身長差が15センチ? ああ、そんな流行りもあったわね。私も知っているわ。え? まさか、彼に限ってそんな事あるはずがないわよ、それだけは言える。
(だって彼の隣には……)
……話を戻すわね。
男子の成長はあっという間だとはよく言ったもので、今は亡き母上も兄達を指してはよく仰っていた事を今も覚えているわ。
あの激動の日々から数年足らずでといったところかしら。僅かな数年。されど数年。
よちよち歩きでおぼつきのない赤ん坊が自分の足で立って物事を為せるようになったり、訓練で沢山の駄目出しを言い渡されていた騎士見習いが立派な団長に昇格していたりとか。
人が成長するのには十分な時間ね。
そう、彼の成長もまた、あっという間だったわ。まだまだ幼さを残していた彼の顔つきは瞬く間に引き締まり、鍛えられた身体はより一層洗練されて。近かった目線の高さは離され、私の頭は彼の顎辺りにまでになっている。まさか、本当にあそこまで伸びるとは思ってみなかったぐらい。
自慢気に話す彼を見て、適当にあしらいつつもほんの少しだけ悔しく思ったりもしたのは彼には秘密よ?

ああ、ごめんなさい。話はここまでみたい。
来たのよ、『彼』が。
あなたは初めてだったかしら。ほら、そこの木が不自然に揺れているでしょう。あと下から声もするわね。ついでに言えば、ここは三階。
気付いた? 察しの通り、これは初めてではないわ。
正式な謁見手続きを踏んでから来てほしいと何度も言っているのに。こっちの方が手っ取り早いとかでいつもこうなのよ、全く。どこをどうやっているのかは知らないけど、警備をかいくぐってくるのだから始末に負えないわね。
急務さえなければ優先順位を回すとまで言っているのにこれよ。こちらの立場も考えてほしいものだわ。来るのも去るのも、いつも突然なんだから……。
え、そう言いながら嬉しそうって? 分かってしまうかしら……。公務に追われているとね、案外これが楽しみになっていたりもするものなのよ。
あ、これは彼に会いたいとかそんなんじゃなくて! ……たまにしか会えない友人に会えるのが楽しみなだけよ……! 決して他意がある訳でも、ましてや庭木があるこの場所をわざわざ選んだ訳でもないわ!
もう、笑わなくてもいいじゃない。この私をからかうなんて良い度胸しているのね。
……嘘よ、こんな事であなたに暇をやるつもりはないわ。あなたのその器量は買っているのだから。たっぷりとこき使う事はあるかもしれないけれど。
ああっ、もう来てしまったでしょうっ!
え、ええ。あなたの淹れた紅茶、とても美味しかったわ。長話にも付き合ってくれてありがとう、また淹れてちょうだいね。
それじゃあ、また後で。






「……何笑ってるんだ」
「昔を思い出していたのよ」
「昔?」
「あなた、昔は気にしていたでしょう。自分の背のことを」
「……あー、あれか」
「そこまで気にすることだったの?」
「俺にとっては死活問題だったんだよ」
「バッシュやバルフレアに並べないことが?」
「いや、それじゃない」
「じゃあ何に対しての?」
「何に対してって、そりゃ、好きな女よりは頭一つ分飛び抜けていたいとか、見上げてほしいとか、胸に顔をうずめさせたいとか色々あるだろ」
「ちょっと待って、なんの、えっ?」
「あー、もういいか。そもそもさ、何の為に俺がいつもここに来ていると思ってる?」
「な、な、なななっ……?」
「全然気が付いてくれないんだもんなぁ。ん、そうだ、今では全部叶えられるな。なぁ、アーシェ?」





“俺と結婚してくれ”






その後、偶然立ち聞きしてしまった別の侍女経由で彼女達の間にちょっとした噂が広まってしまい、揉み消すのが少しばかり大変だったりとか、二人の婚姻式が密かに取り計らわれたりだとかはまた別のお話。





歴史の主人公はアーシェであるけれど、空賊となってその
名が世界中に轟いた時、関わりがあった事を民衆は気付いていれば良い。
例えヴァンアシェがくっ付いたとしても、公で一緒になる事は難しそうだ。


13.8.11
//君の世界に侵入成功