泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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目覚めると、そこには彼がいる。そんな夢のような朝が何よりも大好きで、大切だった──。

カーテンの隙間から漏れる光が訴える朝の訪れを感じながら、準備の為に起き上がる前に同じ布団にくるまる彼を見つめる。学園都市第二位の彼を知る人はきっと今の彼の姿を見れば驚くだろう。だって私の隣で規則的に寝息を立てる彼は、まるで幼い子供のように無防備なのだ。それは自分が信頼されている事の裏返しのように思えて、ちょっぴりくすぐったくなった。
ふんわりと柔らかそうな髪、閉じられた瞼に長い睫毛、筋の通った鼻、つややかな唇、全体的に整った顔は見惚れるのに十分だ。

(やっぱり格好良いんだよなぁ。こんな人が私の彼氏って信じられない……って、朝の支度しなくちゃ……)

寝ている彼をずっと見ていたい名残惜しい気持ちを押し殺して、私は起き上がりベッドから離れた。
顔を洗い、キッチンに向かうと、朝ご飯の支度に取り掛かる。熱したフライパンの上に生卵とベーコンを乗せベーコンエッグにして、生野菜を切り盛り付けて簡単にサラダにする。食パンをトースターにセットし、ドリップ式コーヒーメーカーにスイッチを入れる。
そうして私は寝室に戻る。気持ちよく眠っている彼にある種の罪悪感を覚えつつも心を鬼にして声をかけた。

「帝督さん」
「……ん、」
「朝ですよ」
「かざ、り」

身体をゆさゆさと揺らして、起こしにかかる。すると、ぱちりと開いた目と目が合った。瞬間、

「……えっ、きゃっ」

急に抱き寄せられて、ベッドに引きずりこまれた。
柔らかなベッドの肌触り。
しっかりとした腕の温もりと、胸板の感触は私とは違う男性というものを強調してくる。

「て、帝督さん……?」
「もうすこしだけ、こうさせてくれ」

こうやってくるまるように抱きしめられるのはこれが初めてではない筈なのに何だか妙にこそばゆく恥ずかしい。頭がぼーっとするような感覚を覚えると身体の芯が熱くなっていく。どくん、どくん、と心臓の音がやけにうるさい。でも、それは彼も同じ。胸板から伝わる鼓動は私をどうしようもなく嬉しくさせる。

「悪い……。朝食だったな」

やがて彼が起き上がると同時に密着が解かれる。離れていく人肌が恋しいと言ったら、彼はどんな顔をするんだろう?なんて思ったのは彼には内緒だ。



案の定、トーストはとっくのとうに出来上がっていた。鮮やかに焦げ目のついたパンをお皿に移すと、テーブルについた彼の前に出す。そしてコーヒーメーカーからポットを取り出し、お揃いのカップに注いだ。彼の分には何も入れず、私の分には砂糖三杯とミルクを多めに入れて食卓に出す。すると、彼はサンキューと言ってコーヒーを口に含んだ。

「可愛い彼女に朝起こされて、淹れたてのコーヒー貰って飯を食う。毎度の事ながら、ああ、俺って幸せだなって思うよ」
「もう、大げさですよ」
「嘘偽りないんだがな」
「ふふ、ありがとうございます」

パンを一口齧る。
すると、そんな時だった。テーブルの上に置いてあった彼の携帯電話から着信音が鳴ったのだ。
携帯を手に取った彼が画面をじっと見ると不機嫌そうに少しだけ顔を歪ます。

「お仕事ですか?」
「ああ、悪いな飯の途中で」
「いえ、いいんです。玄関まで送りましょうか」
「いや、いい。ここで構わない」

彼は立ち上がり、扉の方に向かう。
背中をこちらに向けて彼は言った。

「……なあ、飾利」
「はい、なんでしょう」
「お前はどこにも行かないよな」

私は首を傾げた。彼の質問の意図がよく分からなかった。どこにも行かないか。はて、彼はどうしてそんな事を聞くんだろう。
私は彼の傍にいなきゃいけないのに・・・・・・・・・・・・・・・・

だから言った。当然の事のように、彼を安心させるように。

「行きませんよ、どこにも」
「そうか」
「……帝督さん?」
「行ってくる」

彼がどんな表情をしていたのか、私には分からない。ただ、何となく悲しいなって思ってしまったのは何故なんだろう。底知れない不安が心を襲いながらも、私は見送るしかなかった。




光から暗闇へ──。

ドアを閉じると、肌を刺すような冷たさが広がった。まるで先程までの団欒が嘘のように全く違う。
そこには音がない。暖かさがない。明かりもなければ、何もかもがない。無だ。
まるで学園都市に根付いた暗闇そのもののようだ、と垣根帝督は自嘲気味に嗤う。光と闇の高低差、落差がそれらしいじゃないかと。
電気のない暗い廊下。長い暗闇の先を歩いていると、女が立っているのが見えた。覗きとは趣味が悪い、と吐き捨てたくなるのを我慢して垣根は薄ら笑いを顔面に張り付けた。
女は笑って言った。

「睨まないでよ。貴方達の邪魔した事は悪いと思っているの。でも、学園都市上層部が活発に動いているのは本当よ」
「……、」
「ねえ、満足?」
「……んなの、決まっているだろうが」
「そう? だって貴方、全然嬉しそうな顔していないもの。能力を使って測るまでもないわ」
「どう考えを巡らせようが、結局は同じ所に行き着く。あいつがここに居るのなら俺は構わない」
「そう。それが答えね」
「お前の手をまた・・借りるまでもねえよ。俺は満足だ。前を思えば、な」

赤いドレスを纏った女、心理定規。
その名が示す通り、女が持っている能力は──、

『貴方、は……』
『来ないでください!!』
『どうして、一体、何の目的で……っ!?』
『やめて!!』

最初にここに連れて来た時の事を思い出す。連れて来られた意味も分からず、恐怖でいっぱいになって、目尻に涙を溜めながら、心底怯えた表情で自身を見ていたあの頃を。
出会いは独立記念日のあの日。暴力で脅されても自分を曲げなかった、勇気ある一般人の少女に感心した所から始まった彼女への想いは、次第に膨れ上がっていった。感心から賛美へ、賛美から憧憬へ、憧憬から恋慕へ、恋慕から執着へ、執着から強欲へと。
手に入れる為なら何でもする。今までだってやってきた事だ。そう、倫理すら飛び越えて。殺人だって、想い人の心を操作するのだって垣根の中では同じなのだ。

「俺はあいつとの生活を守る為なら何でもする」

例えここで彼女との平穏な日々を願っても、学園都市第二位の地位はそれを否応なく阻害するのは分かっていた。
だから潰す。
だから壊す。
何としても、何を犠牲にしてでも、アレイスターとの直接交渉権を手に入れてやる。

「それじゃあ行きましょう?より深い闇のただ中へ」

女はくすりと笑って垣根帝督を更なる深淵に誘うのであった。


22.4.16
//甘い悪夢に酔いしれて