泣かない君へ

  1. Info
  2. Update
  3. Main
  4. Clap
  5. Memo
  6. Home
Last up...12/16 メイン追加
再会の才 / よろずりんく

Text



風紀委員の仕事を終えて暗がりの街を歩く。溜まっていた情報処理の仕事を片付けて少し遅い帰路についている、そんな時だった。
どさっと、何かが落ちるような、倒れるような音がした。
私は音がした方向──路地裏の向こう側に目を向けると、無意識に右肩を抑えつける。あれから半年が経ち、治っている筈の古傷がじくりと傷んだ気がした。
どうするか、否か。
いつもの私なら、特に佐天さんがこの場いれば止めておくべきだと言っていた立場だろう。すぐさま、周りに助けを求める声も届かないのならば、危険な事はするな。何か起きてからでは遅いのだと。それは正しい意見の筈だ。
けれども、風紀委員である自分が正しい自分を抑えつけているのもまた事実だった。困っている人がいたらどうする? それこそ、何か起きてからでは遅いかもしれない。
だから、私は自分の正義を優先する事にした。
勇気を振り絞って、暗闇の向こう側に踏み込む。

「…………、」

息を呑んだ。
暗がりの中で誰かが壁を背にして倒れ込んでいるが見えたからだ。
急いで近寄ると、その全容が露になる。
その人は男だった、高校生か大学生ぐらいの。その男の格好は小豆色の学生服にも似たジャケットを着込んでいた。男の瞳は閉じられている。どこか苦悶の表情をしていた。
身体が硬直する。
その男に見覚えがあった。だって、彼はあの時の……、

「ぁ……、」

思わず小さな声が漏れてしまう。
瞬間、ぱちりと閉じられた瞳が開いていく。

……これが、私と彼の二度目の出会いだった。










「垣根さーん、今日もいい天気ですねー!!」

病室に入り込んで、元気よく挨拶してみる。対して背を上げたベッドで読書をしていたであろう垣根さんは、これ見よがしに溜息をつくと、既に何冊か積み上がっているテーブルの上へ雑に置いてから私を睨んだ。

「なんでしょう、ノックはしたじゃないですか」
「入っていいとは一言も言ってないんだが」
「それにしても私が差し入れた本、読んでくれているんですねー」
「露骨に話題を逸らすな。ま、やる事がないんでな。つまらない内容だが、暇潰しにはなる」

和むやり取り(少なくとも私にとっては)をしつつ、不思議な気分になる。正直あの最悪の初対面をしたとは思えないぐらいに私達は普通に話している。それというのも、二度目の出会いがあってからだ。

「今日はお花持ってきたんです。変えちゃいますね」

端的に言えば、あの時、倒れていた垣根さんを放っておく事が出来ずに、通報した。そう、通報である。問答無用で、容赦なく、無慈悲にだ。目覚めた垣根さんが携帯を取り出した私を見て、掠れた声で止めろと言ったのもお構い無しにだ(ついでに言うと、この時の彼は朦朧としていて私に気付いていなかったらしい。病院に着いてから大変驚かれた)
後からお医者さんや看護師さんから聞いた話だが、垣根さんは独立記念日のあの日の傷が原因で約半年間眠っていて、目覚めたのはごく最近の事らしい。なんでも半年間のブランクで運動機能が弱っているにも関わらずリハビリもロクにしない。加えて何度も病院を抜け出しては倒れて私の時のように通報されたり連れ戻したりするので手を焼いているのだとか。
そんなこんなで話を聞いていく内に、本当に放っておけなくなってしまったというか、なんというか……。ちょくちょくお見舞いに通うようになり、不思議な関係に落ち着いているのだ。
手を付けていないであろう萎れかかっているお花から、元気なお花に取り替えつつ、

「テメェも懲りねえな」
「脱走繰り返している垣根さんにだけは言われたくないです」

あ、でも、と私は何かを思いついたような勢いで口を開く。最近は偉いじゃないですか、と。
そういえばここの所は居てくれるのよねーと言っていたのは看護師さんだった。どうしてかしらねぇと私を見ながらニコニコしていたのが印象に残っている。
まあ、気持ちは分からないでもない。私もちょっとにやけが止まらなくなる。横から気持ち悪ぃという声が聞こえてもにやけ顔が止まる事はなかった。

「どうして、でしょうねー」
「ばっか、テメェに目付けられている中で抜け出したりなんかしたら、学園都市中の防犯カメラにハッキングして何がなんでも居場所を突き止めてきそうだろうが」
「ふふふー」
「頼むから否定してくれ……」

そんなやり取りをしながら、私は、こんなに元気があるならリハビリに少しぐらい精を出してくれても良いのにな、なんて思う。外に出たがる割には彼は無気力なのが困りものだ。
垣根さん曰く『人が眠っている間にアレイスターのクソ野郎が統括理事長から退いて、第一位がその座に就いているらしいと聞かされた時は正気を疑った。暗部は既に壊滅していて、肝心の第一位様はトップに就きながらムショ暮らし? こんなんじゃ下克上しようにも、何しようにもやる気が上がらないったらありゃしねえ……』との事だった。

「何度も言うが、なんで俺なんかに構おうとするんだか」
「垣根さんにはパフェを奢ってもらわないと困りますから」
「……──、」

私がそう言うと垣根さんは僅かに顔をしかめる。取るに足らない僅かな動き。けれど、私はそれを見逃せなかった。
いつもそうなのだ。彼は、私が彼自身に歩み寄ろうするとする度に、そういった動きをする。ハッキリと線を引かれている感覚。何故だろう、と考えると私は胸が苦しくなる。
彼が男で、私が女だから? 彼がオトナで私がコドモだから? 彼が超能力者で私が低能力者だから? 彼が暗い闇の底にいて、私が届かない場所にいるから?
よく分からない。もしかしたら、その全部かもしれない。それとも、私が想像出来ない事で彼をそうさせているのかもしれない。
分からない事を悲しいと思うし、彼をもっと知りたいとも思った。例え、今は無理でも。

「絶対に行きましょうね、有名店のデザート食べ放題!!」
「…………パフェだけじゃねえのかよ」

いつかで良い。ああ、そういう未来も悪くない──そう思って貰えたら良いな、なんて私は思うのです。


22.4.16
//砂上の花