泣かない君へ

  1. Info
  2. Update
  3. Main
  4. Clap
  5. Memo
  6. Home
Last up...12/16 メイン追加
再会の才 / よろずりんく

Text



これを書いたのが随分前の為、情報が古い。






うだるような夏の暑さに、垣根帝督は公園のベンチにだらしなく座って汗を滲ませながら辟易としていた。
何故こんな場所に居るかといえば、愛しの初春飾利と待ち合わせをしていたからであり、遅れると携帯にメッセージが入ったのはつい先程の事であった。
初春は風紀委員だ。それは、夏であろうと冬であろうと変わらない。
なんでも夏休みは夏休みなりの大変さがあるらしい。それもそうだ。普段は学業に勤しんでいた学生達の自由な時間が増えるのだから、比例するように発生する問題や負担も増えるのだろう。
飲み物でも買って一息いれるかと、垣根はベンチから立つ。目指すは自販機だ。すると、先客がいた。

「よぉ、第三位」
「……アンタ、」
「アンタはねえだろうが。歳上を敬って垣根さんと呼べ垣根さんと」
「私だって御坂美琴って名前があるんだけど。それで、なによ、……垣根」
「だから歳上を……ま、いいや。初春と待ち合わせしてんだよ。風紀委員の仕事で遅れるらしいけどな」
「ふーん」

御坂が自販機のボタン押すと、ガコンと音が響く。取り出されたのは、ヤシの実サイダーだった。御坂は垣根を促すように一歩引く。
実の所、垣根は御坂と話した事があまりない。同じ超能力者といえども、主に裏で生きていた垣根との接点はなかったのだ。だから、御坂とは恋人の友人という不思議な関係に落ち着いていた。
(ちなみに、裏側の事情含めて垣根が一方的に知っていたりもしたのは秘密である)


「ねぇ、」


そのままプルタブを開ける御坂は一口二口飲んでから、

「初春さんを大切にしているんでしょうね」
「おー、そりゃあな。愛しの初春ちゃんを愛し愛される毎日を送ってるよ」

垣根は自販機のラインナップを一通り見てげんなりする。ガラナ青汁に、カツサンドドリンク、いちごおでん等……どうやら学園都市名物、ヘンテコ(ゲテモノ)な商品ばかりが集められた自販機だったらしい。比較的マシだと思われるきなこ練乳などもあったが甘ったるいものを好まない垣根は、御坂と同じく無難にヤシの実サイダーを選ぼうとボタンに手を掛ける。



私はアンタ達の間に何があったのか・・・・・・・・・・・・・・・・知っている・・・・・、と言っても?」



ぴくり、と手が止まる。
和気藹々とした空気が一瞬にして変わったのは気のせいではないだろう。一歩引いた御坂から垣根の表情は見えない。それと同じように、垣根から御坂の表情を見る事はできなかった。

「初春さんが前に大怪我を負った時、彼女は誰にも何も言おうとはしなかったそうよ。だから私ね、気になってちょろっと調べてみたの。十月九日、独立記念日のあの日に何があったのか」

冷ややかで落ち着きのある声色とは裏腹に御坂の目はギラギラと輝いており、好戦的だった。バチバチ、と横髪を弄るように置かれた御坂の細い指から電気が走る。
調査とやらはまともな手段で行われたものではないのだろう。電気は凡庸にして汎用性の富んだ能力、ハッキングなんてのはお手の物なのだから。

「何が出てきたと思う?」
「さあな」
「超能力者序列第一位の一方通行と第二位の未元物質の戦闘記録。勝敗だけが記された簡潔なものだったけどね。流石の私もあの時にはそれしか掴めなかったわ」

でも、と区切る御坂。
御坂の方に振り向いてから垣根は間を置かずに割り込む形で付け足した。

「やがて俺が現れた。それも、初春飾利に寄り添う形で」
「偶然では片づけられなかったのよ。だから私は、非常に癪だけど一方通行本人に聞く事にした、初春さんを知らないかって。一方通行は決して答えてくれなかったけれど、打ち止めの方は覚えていたわ。それで、何となく分かっちゃった。アンタ達の間に何があったのかを」

瞳を閉じれば記憶は未だ鮮やかに蘇る。
決して忘れる事の出来ない、十月九日のあの日。
カフェにて最終信号と、最終信号を連れている初春飾利の存在を遠目で視認。
近付いてみれば、既に目的である最終信号は初春飾利の元から離れていた。
残された初春飾利に最終信号の所在を訊くが、期待した答えは得られず。
初春飾利のこめかみを殴りつけて。
倒れた拍子に初春飾利の右肩に足を落とし。
右肩に食い込む踵に力を入れて。
たった一つの退路を突きつけて。
尚も食い下がらない初春飾利の右肩から足を退かして。
頭に狙いを定めて。
別れを告げ。
命を奪う為。
空き缶をそうするように。
ぐちゃぐちゃに踏み潰そうと。
上げた足に力を込めて。
足を振り落とし──、



「もう一度訊くわよ。アンタ、初春さんを大切にしているんでしょうね」



今一度繰り返された言葉は思いのほか深く刺さった。
御坂の疑念は当然だ。今のこの状況は友人が悪党に利用されているとしか見えない筈だ。
実際にはここまで事細かに想定しているという事はないだろうが、しかし第一位と第二位の衝突、第一位の弱点になり得る存在、その存在と接触していた初春飾利。この三つの条件が合わされば血を見る想像は難しくない。
その上で答えを誤れば瞬時に破壊が撒き散らされ、この場所は力の渦の中心点となりかねない。第二位と第三位の力量差など関係なく、友人を守る為ならば御坂は本気にならざるを得なくなるのだ。
垣根は初春と再会した時の事を思い出す。圧倒的な暴力で踏み潰したというのに手を差し伸べてくれたのは初春だった。心底怯えていただろうに、微笑みを投げかけてくれたのも、相容れないと拒絶したのに諦めないでくれたのも初春だった。
初春と一緒にいると暗部の中で生きてきた馬鹿みたいなドン底人生が救われる気がした。もっと一緒にいたいと、そう思う事ができた。
だから、



「大切にしたい、とは思っているんだかな……」




ぽつり、と呟くような声があった。

「何よ、煮え切らない返答ねえ。まあ良いわ。及第点ってとこかしら」
「……及第点も貰えるのか?」
「ここでさっきみたいにへらへら平然と答えていたら殴っていたかもね」

いつの間にか重みのある空気が和らいでいる。
垣根は当初の予定通りにボタンを押すと、ガタンという音と共に御坂と同じ冷えたヤシの実サイダーを取り出して蓋を開けては一気に喉に流し込んで喉を潤す。
やがて携帯に着信が入る。初春からのメッセージだと分かると、垣根は意識せずに微笑んでいた。風紀委員の仕事が終わったらしい。
そんな垣根を見ていた御坂は、目を細めて息を吐くとビシッと人差し指を出す。

「初春さんを幸せにしなさい。泣かせたりなんかしたら絶対に許さないから」

言われるまでもなかった。
こちとら初春と一緒になると決めた時から、何がなんでも全力で幸せにしてやると誓ってしまっていたのだから。
初春に返事を返すと、垣根は初春の笑顔を思い浮かべて改めて微笑んだ。


22.4.16
//limited war