泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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魔物女神前提。










あたしはあやしい方のクルーク──古の時代に人間によって本に封印されたという魔物さんの事が好きだった。
何か明確なキッカケがあった訳じゃない。友人の身体を乗っ取る騒動を起こして以降、彼は時々友人の身体を借りてはあたし達の前に現れるようになった。それはなんて事のない日常の場面であったり、それはトラブルに見舞われた時であったり。なんて事のない会話をしたり、ピンチを助けてもらったり、そんなふうに日々を重ねていくにあたり、視線を追っていくようになった。そして、そうやってしている内に好意を自覚していくのは自然な事だったと思う。
不思議だね、キミのことまだ本当の名前すら知らないのに。

「ねえ。あたし、キミのことが好きだよ」

そう伝えると彼は一瞬目を丸くしてあたしの方を見た後、何か遠くを見るように目を細めた。
その意味があたしには理解できなくて、ドキドキして、返事を待つ。

「……お前、その意味が分かって言っているのか」

やがて示された答えはイエスでもノーでもなく、ただただ困惑の色があった。
彼はあたしを子供扱いして話す事がたまにある。彼の実際の年齢がよく分からないので何とも言えないが、何となくそれはとても悔しい気持ちにさせる。今回もそうなのだろう。本気にされていないと思ったあたしはここぞとばかりに畳み掛けていく。

「うん、分かっているよ。あたしはキミのことが好き。大好き。他の誰よりもず〜っと好きなの!」

はっきりと、言った。言えた。これで理解して貰える筈だ。
多分、きっと、あたしの顔は真っ赤に染まっているだろう。顔がとんでもなく熱いのだ。身体が熱を持ったかのようにぽかぽかする。
けれど、そんなあたしとは対照的に彼は冷静なままだ。

「言うに事欠いて、私の事を好きだと。……それはお前自身の本当の感情から出た口か?」

あたしは、そこで思わず首を傾げてしまう。彼が何を言っているのかを理解できなくて、何となくそれは理解したくないようで、あたしは困惑したまま言葉に詰まった。

「分からないか?ならハッキリ言ってやろう。それは勘違いではないか、と言っているのだ」
「あたし本当の本当にキミの事が好きだもん!!」

それを聞いた瞬間あたしは、なんだか無性に腹が立ってきちゃって激情に駆られて大声を出してしまった。
好意に対して拒絶するのは悔しいけどまだいい。あたしだって好きでもない人に好きと言われれば返答に困っちゃうから。だから拒絶するのはまだ分かる。でもそれは、まるであたしの気持ちまるごと否定されたような気がしたから。
そんなあたしを見ても彼は変わらない。真っ直ぐと、あたしを射抜くように見ている。

「夢と同じだ。夢の中で好物をたらふく食った所で実際に腹が満たされる訳ではあるまい」

なんでそんな事を言うのかあたしにはやっぱりよく分からないよ。
嫌いなら嫌いって言ってくれた方がまだよかった。突き放すようでいて諭すような響きを持ったそれはどこか優しさを帯びているような気がして、
ねえ、どうして?


「そんなものはただの錯覚だよ」


どうしてそんな哀しそうにわらうの。
浮かんだ言葉を口にする事はついぞ出来なかった。


22.4.16
//僕らに昨日なんてない