泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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「ただいまー」

学校帰りのその日、財布を忘れず、落としたりもせず、特売品が売りきれずに間に合い、犬に追いかけられずに袋が無事のまま、不良に絡まれずと、珍しく不幸な出来事がなく買い物から堂々と帰還を果たした上条は家にいるであろう居候に向けて言った。
しかし、いつものおかえりという返事がなかった。どこかに出かけているのだろうか。
怪訝に思った上条はリビングに向かう。白い後ろ姿を発見する上条は、なんだ居るじゃないのかと安心した。しかしそれもつかの間の事だった。

「……あー、とうま……?」

インデックスが振り返った瞬間、上条の動きが止まる。
毎日見ているからこそ感じた違和感。
やや遠くからでも見える赤く色付く頬に、とろんとイマイチ焦点の合わない目、飴玉を転がすように甘ったるい声色、とにかく普通ではない様子に気付いてしまったから。
息を飲む上条は汗を滲ませながら、しかし冷静に部屋を見渡していく。
インデックスの座る場所から近く、部屋の中央にあるテーブルに栄養ドリンクのような空き瓶が転がっていた。見覚えのあるソレ。
まさか、あれは、あれをインデックスは飲んだというのか。
『意中のあの子と中々進展できないカミやんにお勧めのコレ!! その名も媚薬だにゃー!!』
と土御門が言って面白半分で渡され……、もとい、半ば強制的に押し付けられたモノがソレだった。
使うかこんなモノと誰にも見つけられないように、奥の奥に隠して封印していた筈なのにどうしてインデックスがソレを見つけてしまったのか。美味しいものだと勘違いして飲んだのか、真相は最早分からないが、事態は既に起きてしまっている。
隠すんじゃなくて、得体の知れないものを流しに捨てる抵抗だとかを取っ払ってでも捨てるべきだったと今更後悔してももう遅い。不幸だ、という口癖すら言う余裕すらなかった。それぐらい内心で焦っていた。

「とうま、とうまだー」
「……あのう、インデックスさん」
「ふふ、なぁに、とうま」

買い物袋を置き、インデックスの前で正座した上条だが、そこで固まってしまう。
何をどうすれば良いのかまるで分からないのだ。正直にアナタは媚薬を飲んでおかしくなってますとでも言うのか?言った後は?どう対処しろというのだ。
そもそも媚薬、と一言でいっても効果が分からない。やはり、そういうアレなのか。
据え膳食わぬはなんとやらという言葉がある。こちらとしてはうるせえ、と言いたい。インデックスが悪い訳じゃない、決して違う。むしろ逆にインデックスとはそういう関係にいつかはなりたいと思っている事は確かだ。しかし、何事も段階というものがあるのだ。『カミやんやっちゃえやっちゃえやっちゃえフー!!』と煽るイマジナリー土御門が勝手に脳内で出てきて脳内で殴る。
決してヘタレとかじゃない。違うからな。
沈黙が支配する場で一石を投じたのはインデックスの方だった。

「とうま……あのね、なんだかからだがあついの……」

ずいっとインデックスの身体が上条の方へと乗り出す。小さな両手が上条の膝の上に乗った。ちょ、インデックスさん?!という抗議の声は聞こえていないようで無視だった。
顔と顔が、近づく。

「とうま」

インデックスの上気してりんごのように色付いた頬に、上目遣いをする潤んだ瞳、熱い吐息がかかる。妙に甘ったるい匂いがして頭がクラクラするのは気のせいだと思いたかったが、本当に気のせいなのか頭がまわらない。
段々と狭まっていく距離。
早まる鼓動。
つやのある桃色の唇が艶かしく、とにかく今のインデックスは色っぽかった。

「とうまぁ……」

インデックスの目蓋が閉じられる。眼前に広がる長いまつ毛が綺麗だなと思ってしまった。
近づいていく唇と唇。
このままキスする……?!
と、上条が思わず目を瞑った瞬間だった。
とん、と、インデックスの頭が横にズレて肩に乗った。
どきどき煩い鼓動がインデックスにも聞こえるかと思った。
そして。
そして。
そして。

「くー……くー……」
「…………ん???」

インデックスさん?
……あの、もしかしてもしかしなくても、この場面で寝ていらっしゃる??
予想外に規則的に寝息を立てるインデックスを抱えたまま、何がどうなってこうなっているのかが分からないでいる上条は、違う意味で心臓をばくばくさせて、もの凄く混乱していた。

「おい、人間。この瓶から酒の匂いがするぞ」

いつの間にか自分から離れていた15センチの小さな神がテーブルの上に転がっている自分よりやや小さな瓶に手をかけている。
そういえば、オティヌスが居た。あまりにも気が動転していたので、オティヌスに助けを求めるという選択肢を失念していた。おい、まさか私を忘れていたんじゃないだろうなという痛い視線を気まずく無言で受け流す。
いや、待て、捨て置けない事があった。
今なんて言った?

「ちょっと待て、酒……?媚薬、ってやつじゃないのか?」
「なにを勘違いしているのか知らないが、少なくとも匂いの上ではな」
「……甘い匂いがしたけど」
「ラム酒だろう。あれは菓子作りにも使われる程度には甘い香りが特徴的な酒だ」

何はともあれ、媚薬、という訳ではないらしい。
はぁ〜〜〜〜と盛大に息を吐いてインデックスが上に乗ったまま身体を脱力させる上条。変わらず息を立てて眠りに入っているインデックスは起きる気配がない。
まだ心臓がばくばくしていて言う事をきかないが、ひとまず安心した。本当に安心した。どうしようかと思った。
全身の体重を上条に預けているインデックスをそっと持ち上げベッドに寝かせてやると、とうま……という寝言が聞こえた。あれだけ自分の名前を呼んでいたのに夢の中でまで呼ぶのかとそれだけでとんでもなく嬉しくなってしまう。
そんな様子を見ていた小さな神がその重症さに呆れたように息を吐いた。
……というか、インデックスが酔うとあんな感じになるんだなと、自分を棚に上げて思う上条は、あれが酔った姿だと思うと艶やかで色っぽくて、とても可愛い所もあるものじゃないかと思ったりもなんかもする(酒で覚えているかは分からないが、本人に言ったら噛みつかれそうな気がするので決して言わないように誓う)が、まず第一に隣人に殴り込みに行くかと密かに決意するのであった。


22.5.12
//プラトニック・ホリック