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+後。
人助けというのは、必ずしも気持ちよく終わるものではない。
良かれと思ってやった事でも、相手にとっては余計なお世話だったなんて事もあるし、感謝の気持ちを返されないなんて事もざらだ。
例えば、電車でお年寄りに席を譲ろうとした時、「年寄り扱いするな」と怒る人がいる。
例えば、目の前で落ちた物を落とし主に返そうとした時、それが当然であるかのように引ったくり何も言わずに去って行く人がいる。
そういう時、植木ならどうするか。決まっている。何も言わずに平然とするのだ。
本当に心の底から傷付いていないという訳でもないというのに、その人を想って良かった良かったと植木は笑うのだ。
***
「悪ぃ、遅れた」
「別にいいわよ、いつもの事だしね。で、今日は何があったの?」
それは、二人の間で慣れたやり取りであった。
謝罪の意を表しているというのに顔はいつものように呑気なまま変わらない植木。対して溜息まじりにいつものように聞くのは森だった。
植木と森は遊びに行く約束をしたのだが、結果はこの通りだ。植木が到着したのは、約束の二時間以上の遅れという所だった。
一日百善を座右の銘に置いているぐらい、他人の為に行動するお人好しの正義バカ。それが植木であり、誰か困っている人がいれば無視できないのが植木の長所であり些か短所でもある。それでも、もう慣れた森は呆れはあれど決して怒る事はなかった。
「んー、迷子」
「迷子?」
「道端で小さい男の子が親とはぐれたみたいで泣いてたんだ」
「それでどうしたの」
「一緒に歩きまわった。まあ、途中からおぶっていったけれど。結果を言うと見つかったんだけど……」
思いのほか歯切れの悪い植木に、森は怪訝な面持ちで答えを急かす。
「あれは勘違いされてたなぁ」
植木は腕を組むと遠くを見るようにうーんと唸りながら目蓋を閉じて頷いた。
「勘違い?どういう?」
「母親がその男の子の名前を呼んで、その男の子が駆け寄った瞬間キッと睨まれたっていうか」
苦笑する植木はけれども平気で言う。
つまりは、こういう事らしい。母親から見れば、植木がその男の子を連れ回す(誘拐とも言う)元凶である不良──否、犯人であると。
「……、」
「……森?」
「……なによそれ」
母親から見れば、自分の子供が自分の目の届く所にいないというそれだけで必死だっただろう。文字通りの死にものぐるいだった筈だ。
でも植木が二時間も掛けて寄り添ってくれたのにも意味があった筈なのだ。不幸な事故や事件に巻き込まれずに済んだのは植木のおかげと言っても過言ではない、と森は思っている。それなのに、お礼すら言わないどころか誘拐犯と間違われるなんて。きっと、市からの防犯メールにでも不審者情報として載るのだろう。
せめて、その男の子の中で植木の存在が少しでもいいから残っていていますように、そんな風に祈る森であった。
逆に腑に落ちないでいる植木は難しい顔をして首を傾げる。
「なんで森が怒るんだ?」
「なんで……って、なんだか悔しいじゃない」
そう言われて森は眉を潜める。
過去に何度か似たようなやり取りをしたな、と森は複雑そうに息を吐いた。
植木がした事、植木が成した功績、それを誰かに認めてほしいと思っている自分がいる事に森はとっくに気が付いていたが、それに対して植木が無頓着な事も知っていたのでそれを伝えるの躊躇われた。でも言う。今日という日は言う。いつもの事ではあったが、もう我慢の限界だった。
「植木は頑張っているんだから、誰かに認められてほしいって思うのは当たり前の事でしょ」
罵声を返される、無視をされる、犯罪者と勘違いされる。
だって、そんなの哀しい。それで終わってしまうのが何よりとても哀しい。
他人を助けるのに身を削る在り方をよしとする植木。じゃあ、植木自身は誰が助けてくれるというのか。
フィジカルでもいい、メンタルでもいい、植木を誰でも良いから救ってあげる人がいてほしい。
見返りが欲しくてやった訳じゃない。植木はそう言うのだろうけど、それでも森は思ってしまうのだ。
誰かを救った分、誰かに救われてほしい。そうやって幸せにならないと嘘だって。
でも、
「森がいるだろ?」
「……え?」
「確かに誰にも認めて貰えないのはキツい事かもしれない。ケド、俺の事を分かってくれている人が、森がいる。それだけで良い。それだけで、俺は十分報われているよ」
言って、植木が心底満足げに微笑むものだから、森はとうとう何も言えなくなってしまう。
既に植木が救われている? 私がいるから?
やがて思いがけず高ぶった気持ちに我慢がきかなくて、じわりと目尻から涙が溢れた。
すると、植木は驚いたように目を見開く。涙の粒が頬を伝い落ちる頃には、植木が分かりやすく慌て始めたので、森は泣きながら内心で苦笑してしまった。
「なんで泣くんだよ」
「あんたが、泣き言すら言わないから、代わりに私が泣いているんじゃない」
鼻を啜って涙声で言う森に、植木は面食らったようだったが、直後ニッと笑った。
ほら、やっぱり森がいてくれて良かった。そう言ってくれる森が傍にいるからいつも笑っていられるんだ。
植木は笑ったまま、そんな風に想っては口を開く。
「そっか。ありがとな。森」
「……もう、ばか」
植木の想いを受け取った森は植木を罵倒する言葉を吐くが、悪意はなく、それはいわゆる照れ隠しに近かった。
ほら、行こうぜ。
迷いなく伸ばされる植木の手に恐る恐るといった様子で重なる森の手。
涙を流すのはもうおしまいだった。
22.5.12
//君がいればそれでいい